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区間恋愛  作者: 三文士
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とある少年の心中


とある通勤快速電車の一画。



朝の一場面。



混み合う車内でひとり、少年は物思いに耽る。



以下、悩める少年の心中。



「僕は今、とっても幸せな気分だ。」



「もしかしたらこの感情は一過性のものに過ぎないかもしれない。」



「ありがちな思春期の、好奇心なのかもしれない。」



「もし一歩でも前に踏み出せば、今後全く違う人生を歩む事になるかもしれない。」



「もしそうなってしまったら、どうなってしまうのか。」



「楽しみであると同時に反面、とても怖い。」



「母は悲しむだろうか。」



「姉はどう思うだろうか。」



「父はきっと、怒るだろうな。」



「学校の先生や同級生たちにこの事が知れたらどうなるだろう。」



「みなは騒ぎ立てるだろうか。」



『信じられない。何故アイツはそんな事を?』



『始めからどうも変わったヤツだと思っていたんだ。近づかなくて正解さ。』



「などと言われるか。」



「いや待てよ。」



「そもそも彼らが、そんなに僕に興味をもってくれているだろうか。」



「先生や同級生たち、そして悲しい事に家族がどれほどのものなのか。」



「ひいてはこの世界が、一体どれほど僕に興味を持っていてくれているんだろう。」



「僕がどんな生き方を選んだとて、世界は無関心に首を振る。」



「現に今だって、僕はこうして電車の中で毎朝本を読んでいるのだけれど。」



「正確には本を読んでいるのではなく、本の形をした白紙のメモ帳を思慮深そうに捲っているだけなのだ。」



「それでも誰一人としてそれに気付く人はいない。」



「かれこれ一年間も。」



「僕は世界から認識されていない。」



「だから僕は、僕にだけ僕を認識できる方法を考えた。」



「僕は誰かを愛する事にした。」



「僕は誰かを一方的に愛する事によって、僕がこの世界に存在する事を認識する。」



『人を愛するという事はつまり、それだけでも人が存在する理由に事足りる。』



「と、何かの本に書いてあった。」



「僕はこの言葉に非常に感銘を受けた。」



「そうして僕はさっそく実行に移すことにしたのだが。」



「困った事に人の愛し方が解らない。」



「誰かに教えて貰えることでもない。」



「しかしいざ『じゃあこの人でも愛してみようかな』という具合に選べる筈もなく。」



「危うく僕の計画は頓挫して、途方に暮れてしまいそうになった。」



「しかし僕も、こうと決めたら諦めの悪い方なので。」



「もうこうなったら運命に選択を委ねてしまえという事になった。」



「いつもの朝の通勤電車。」



「この毎日変わらない風景を見渡して、その日一番最初に目が合った人を愛そうと決めた。」



「そしてその日、一瞬だったけど確かに目が合った人がいた。」



「最初は『そんなまさか!?』とか『よりによってこんな。』とか『もう一度やり直すべきでは?』などとグズグズとした自問自答をしていた。」



「しかし一度決めたことを覆しては、運命に選択を委ねた意味がない。」



「ここで言い逃れをすれば僕の存在理由は遠ざかっていくだろう。」



「僕は心を決め、運命が選んだ相手を愛することにした。」



「不思議なことに、そう決意した途端に僕の心は運命の選択を受け入れ始めた。」



「毎日電車の中で見るその人の仕草一挙一動が、日を追うごとに愛おしく思えてきたのだ。」



「そしてある日、僕は気付く。」



「僕は本当に、彼を愛してしまったのだ。」



「あの若いくたびれたサラリーマンを。」



「僕は本気で愛してしまったのだ。」



「僕は男で彼も男だがそれは今、どうでもいいと思っている。」



「問題なのは彼に対する想いが日に日に大きくなり過ぎて、もう僕の中では抑え難くなってきていること。」



「それが辛くて、僕は今悩んでいる。」



「この気持ちを彼に伝えるべきか。」



「もしそうなったら、彼はどんな反応するだろうか。」



「気持ちの悪いヤツだと、嫌われるだろうか。」



「はたまた意外にもすんなり受け入れてくれるかも。」



「仕事で浅黒く陽に焼けた彼の肌。」



「月曜日だってのに、だらしなく伸びた無精ヒゲ。」



「スーツの上からでも解る、少しだけ出はじめた下っ腹。」



「その全てが、僕にとってはすごく愛おしい。」



「毎日僕は、彼を見かけると」




『あの人と僕が唇と合わせる時、きっと僕の方が小さいから背伸びをしなきゃいけないな。』



「なぞと妄想して時折フッと我にかえり、赤面して俯たりしている。」



「全てはあの本の言葉通りになった。」



「毎日とても苦しく辛く、そして楽しい。」



「色々な感情に苛まれ悩まされ振り回されている。」



「そしてその全ては、あの人への気持ちに帰結する。」



「僕は今、確かに僕がこの世界に存在すると認識している。」



「しかし同時に、もう一歩前へ踏み出すべきなのか迷っている。」



「彼にこの想いを伝えたい。」



「しかしここにきて、どうしても勇気が出ない。」



「なにかきっかけが欲しい。」



「だから僕はまた、運命に委ねてみることにした。」


「彼は毎日同じ電車に乗りほぼほぼ同じ席に座っている。」



「眠っている時もあればスマホをいじってる時もあるが大体ぼおっとしている。」



「一年近く、ほぼ毎日観察していたが彼は一定の行動以外をする気配がまるでない。」



「月曜から金曜まで、まるでマニュアルでもあるかのように決まった行動をとっている。」



「月曜は辛そうな表情で微動だにせず。」



「火曜は週刊誌のマンガを読む。」



「水曜はスマホをいじくっている。」



「木曜は首を忙しそうに上下させて眠っている。」



「そして金曜はたいがい『好かれる人になる5つの方法!?』みたいな自己啓発本を読んでいるか、ギラついた眼差しで何処か一点を見つめている。」



「小さい動きはあるが春夏秋冬と通して大体これの繰り返しだった。」



「もしも彼が何かいつもと違う事をすれば、それこそ晴天の霹靂だ。」



「そして僕は、その晴天の霹靂に賭けてみる事にした。」



「彼がこれからの一年間で、もしも何かいつもと違う行動をとったら僕は彼に思いの丈をぶつける。」



「その時その場で。」



「しかし逆に、もし彼がこれまでの一年とほとんど変わらない日常で来春を迎えたら。」



「その時はきっぱりと、この気持ちを永遠に封印するつもりだ。」



「それからというもの、前にも増してよくよく彼を観察している。」



「いつかその日はやってくるのだろうか。」



「月曜の彼は今日も辛そうな表情している。」



「僕も変わらずに、本を読むフリをしつつ彼を目で追っている。」



「少しの変化も見逃さない様に。」



「僕は今とっても幸せな気分だ。」



「唯一、気になる事と言えば。」



「僕と彼のちょうど真ん中くらいにいつも一人の女の人がいる。」



「その人のせいで彼がよく見えない時がある。」



「申し訳ないが非常に邪魔だ。」



「あの人が何処かに少しでもズレてくれればと思うのだが。」



「まあ贅沢は言うまい。」



「嗚呼。」



「何度でも言おう。」



「僕は今、とっても幸せな気分だ。」



最終話になります。最後までお付合いいただきましてありがとうございました。

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