狂った男と呼ばれても………
男、神田豪は病院のベッドで自分の人生について考えていた。この男、年齢はまだ26歳であり、人生について考えるにはまだ早い年齢である、では何故この男はそのような事を考え出したのか、それはこの男の職業による影響がでか過ぎたのだ。
神田豪の経歴を説明すると、そこそこいい高校に入り、まあまあいい国立大学に入り、平凡ではあるが波乱のない日々が約束された様なものではあるが、神田豪はこれが気に入らなかったのだ。
ええい!
もっと楽しくて愉快で刺激的な出来事は無いものか、そう思い立ち、神田豪は思い切って大学卒業後自衛隊に入った。大卒が自衛隊なんて、と親は反対したが、今の所他の企業に就職し、サラリーマン人生を送ることなど全く想像つかず、それならばと入った自衛隊だが、これはこれで彼の性分には合わなかった。日々むさい男たちに囲まれ、教官に扱かれまくる毎日に神田豪は、部隊配属まであと数日の所で自衛隊を除隊してしまった。
「何をやっているんだ!」
両親は怒り心頭、それもそうだ、自分で安定した勝ち組人生を蹴って自衛隊に入ったくせに、それを除隊してしまったのだから。しかし神田豪はこのことを全く後悔してはいなかった。彼は自分自身に新しい可能性を感じていたからだ。そのどこから沸くのか解らない可能性を信じ、彼は何故か傭兵会社に入社してしまったのだ。
自衛隊を続けられない神田豪が傭兵なんて、と両親、知人の誰もが思った訳ではあるが、結果的にこれは神田豪の天職であったのである。理由は単純明快、傭兵は戦場に投下されたら逃げ道などないからである。神田豪はいろんな世界を回っていった。中東、アフリカ、北欧、極秘作戦では南極まで………………彼は望まなくても広い世界を見て回り、時には銃弾の雨を浴び、銃弾が身体を切り裂いて痛い思いするのも一度や二度では済まず、彼は世界の戦場を這いずり回るように、のたうち回るように生き抜き、神田豪は楽しく愉快な人生かは解らないが、少なくとも退屈な人生では無くなったわけである。
そんな生活を送ること二年、神田豪は傭兵を一時的に引退し、日本に帰ってきた。二年間に傭兵業で貯めた貯金はかなり溜まったので、神田豪は当分働かなくても暫くは生活が出来るほど余裕が出来ていた。これで両親を喜ばそう、そう思って神田豪は帰路を急ぎ、実家の玄関を叩いた。すぐに足音が聞こえて玄関の扉が開き、母が神田豪の顔をじろっと見つめ、呆気に取られたような言葉を零した。
「………どなたですか?」
この言葉に神田豪は驚かしてやろうと思っていたのに、逆に驚かされてしまった。後々母は神田豪だと言う事に気づいてくれはしたが、神田豪は息子の顔を忘れるとは何事か、と内心ふつふつとしていたが、洗面台の鏡で自分の顔を見た時にその気持ちはすっと消えてしまった。何故なら、その顔は傷だらけで、少なくともこの日本でこんな顔付きの男がいたら通報されそう、そんな顔をしていたのだ。
余りにも自分の人相が悪過ぎるので、神田豪は悩みだすが、久しぶりに会った友人知人達は今まで通りに接してくれたので、顔の悩みもどうでも良くなり、平和な日本をゆっくりと楽しむ事に専念することができた。
さて、そんな日常を送る神田豪に、突然春がやってこようとしていた。神田豪に言い寄る女性が出て来たのだ。その女性は神田豪の幼馴染みであり、名前は笹の葉さやかと言う名前で、世に言う才色兼備、純情可憐と言うこと無し文句なしな人物で、この2年間のうちに結婚でもしているんじゃないかと考えていた神田豪ではあるが、その予想を反して誰とも付き合っておらず、しかも自分を思っていたと言う正に棚からぼたもちである。
しかし、そんな誰もが羨むような幼馴染みに好意を向けられている神田豪ではあるが、長い傭兵業のせいで笹の葉さやかの言う事が信用出来なく、なかなか付き合う気にはなれなかったのだ。では、なぜ笹の葉さやかのどこが信用できないのかと言うと、笹の葉さやかが純潔だとはとても思えないのだ。神田豪は別に処女厨などではない、しかし傭兵時代、これまた美人な娼婦が、神田豪やその同僚を客引きをしようと近づいてきた時があったのだが、神田豪や同僚は決して美人な娼婦には手を出さず、寧ろブスな娼婦とよく寝たのである。理由は簡単、美人は性病持ちと相場が決まっていたからである。
以下の理由で神田豪は笹の葉さやかと付き合う気持ちにはなれなかった。まさか美人は性病持ちだと相場が決まっているから付き合いたくない、など言えない。なのでこのままズルズルと引き伸ばしてなあなあで自然消滅すればいい、そう神田豪は考えていたが、この笹の葉さやか、そんな簡単には諦めない強い子であり、ある日は肌の露出度が高い服で神田豪の欲情を誘い、またある時は神田豪に手料理を振舞うことによって自らの良妻ぶりをアピールをしたりと、あの手この手で少しでも神田豪から関心を向けてもらおうと涙がでるほどの献身的だ。
そんな献身的な笹の葉さやかに神田豪もさすがに陥落、二人は付き合い出すわけであるが、これが神田豪にとって最大の失敗となる。付き合ってまだ間もないある日のこと、神田豪は自分の通帳が消えてしまったのである。
「おかしいな?」
神田豪は、傭兵時代に身につけた物を隠す癖のおかげで、銀行に金銭関係は預けず通帳は作るが通帳だけ分かり易い所に隠して囮にしたら、気持ちいいくらいに引っかかってくれた、現金は無事だが通帳は盗まれた、だとすると一体誰が?
そんなことを考えているとスマホが震えだし、画面を見てみると見覚えのない番号、出てみるも向こうから返事は一切なし。なんだか気分が悪いので切ろうとした時、後頭部を硬い鈍器で殴られるような衝撃が走り、神田豪は蹲って痛みを堪える。
「金出せよ、持ってるんだろ?」
聞いたことのない男の声、頭を抑えながら振り返ると、神田豪よりも人相の悪い、顔中ピアスを開け、如何にも頭の悪そうなチンピラがハンマー片手にガン飛ばしていた。
だが、そんなことはどうでもよかった。それよりもわからなかったのは、なぜこのチンピラの隣に笹の葉さやかがいる?
「早くお金出してよ、死にたいの?」
お前も脅すんかい、神田豪は頭が痛む中、何故か冷静に突っ込んでいる自分に吹きそうになってしまい、直ぐに口を噤む。なんでこのチンピラの隣に笹の葉さやかがいるのかは全く解らないが、取り敢えず今自分の命が危機に晒されているのは理解できる、此処は素直に、現金を渡そう。
「そこの床の板を剥がせば出るぞ」
チンピラは神田豪の指示に従い、床の板を剥がす。するとコンビニ袋に包まれた現金300万円が現れ、チンピラは乱暴に300万円を持参したリュックに詰め、笹の葉さやかを連れて部屋を出ていき、そこから意識は途切れた。
さて、ここから振り出しに戻るわけではあるが、神田豪は病院のベッドから窓を覗き、さて、と神田豪は立ち上がる。
「あいつらもう気づいたかなぁ、発信機」
神田豪はスマホを取り出し、画面を覗きこむ、実はあの300万円のうち、20万円分くらいをくり抜き、そこに発信機を仕込んでいたのであった。
「ほほう、アフリカに逃げたかぁ、懐かしいな」
まさかホームグラウンドに逃げるとは、これは好都合。さて、追いかけますかね、神田豪は仕事道具を持って追いかけることにした。今回の仕事の報酬はなさそうだ。




