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5ドルの価値

作者: バクガワ

 こんな夢を見た。

 あるスキー場はその景観から夏の間もリフトを動かし、観光客を呼んでいる。その中腹あたりに池があり、そこでリフトは分岐している。池のほとりには小屋が建っており、山男もいる。

 ある初老の大学教授がリフトの賃金を払おうと5ドル札を財布から出したのだが風が吹いて池に落ちてしまった。

 教授の専攻は経済学で、日ごろ、金の価値について説いていた。

 その日は夏休みの最後の日曜日で奥さんと一緒に頂上からの景観を楽しみに来ていた。

 教授は毎年夏の最後にこの山からの景観を楽しみにしている。その話に触発されたのか、他にこの地方では見るものがないのか、彼の学生たちも多数ここにきている。

 奥さんが池の中に沈んでいく5ドル札を見ている。教授は、飛び込んで探そう、沈んだ場所は見ているし、まぁ、大丈夫と思ってイメージの中でためしに池に飛び込んだ。

 すぐに5ドル札はあったが、あまりの水温の冷たさと、この後の道中を考えると気が重く、奥さんの視線と、もしかしたら会うかもしれない学生たちの視線を考えて教授は大きく息を吐いた。たまたま遊びに来ていて、その様子を後ろから見ていた私が

 「行くんですか?」と聞いた。

 教授は

 「いや、やめるよ」と言い、私の顔と全身を見て続けた。「もしよろしければ50ドルで拾ってきてくれないかあなたは私よりも若く体力もありそうだ、別に拾えなくても恨みはしません」

 教授の奥さんは「やめなさいよ、この方だって忙しいでしょうから、それに5ドルのために50ドル払うなんてばかげているわ」

 「いいかい、ハニー、あのお金はこの国の推移を結集して作ったものなんだ、その価値において5ドルも50ドルも変わらないんだ、どうだい君やってはくれないだろうか」

 この変な老人のために一肌脱いでやってもいいが、私も後のことを考えると気がひけた。 ちょうど山男がリフトに乗る客の世話をしていて、この話を聞いていたので、私は山男に近づき、

 「よかったら、パンツの替えをくれないか、成功したら10ドルあげるよ」

 「いいよ、おれのでよければね、10ドルくれるならタオルだって用意しておくよ」

 これで決心がついた。 


 私はパンツ一丁になり、池の中に入った。

 水温はそれほど低くはないのだが水質は汚れていて気持ちのいいものではなかった。教授の指示する場所を足で探すのだがあるのは枯葉ばかりで、探れば探るほど池の水は濁った。

 私が動いたので水流ができてしまい、どこかに流れていってしまったのかもしれない、と思っているとぞろぞろと教授の学生という若者たちがふもとからリフトに乗ってやってきた。皆一様に池の中の私を見る。なんとも恥ずかしくやりきれなさを感じた。

 彼らは教授に話を聞くと服を脱ぎだし、ざぶざぶと池に入ってくるのだった。学生たちは日ごろ教授にお金の大事さをおしえられているので、と迷いがなかった。全員で隊形まで組んで探すのに、5ドルは見つからなかった。

 景観を楽しみにしてきただけだったはずだ。

 そう思いながら足で枯葉をすくっては池の外に放り投げてた。

 日は傾き始めていた。

 教授の奥さんは、学生と私に払うお金を銀行からおろしに山を降りるといい始めた。

 すると学生の一人が

 「いいですよ、教授にはいつもお世話になっているのだから、なぁ皆!」と言うと、「そうよ」「そうだ」「もちろんだ」と声が上がり、私だけもらうのが忍びなくなってきた。

 「よくいった、君にはA+をあげよう」と言った教授の顔が変わり始めていた。

 空がオレンジに染まっても見つからない。

 池の中の誰かがため息や疲れた表情を見せるたびに教授は

 「あの5ドル紙幣はこの国の推移を結集したものなんだ、たのむ」

 「あの5ドルこそこの国そのものだ、君たちはこの国をあきらめるのか」

 「見捨てるのもよかろう、だが君たちはこの国を見捨てどこに行くんだ」

 などと、こぶしを振り上げながら言うのだった。

 誰かが池から上がろうとするたびに事態は悪くなるばかり。

 気を利かせたのか山男が冬場スキー場を照らすライトを池に向けた。

 ついには池の水をかき出す者まで出てきたのだが5ドル札は一向に出てくる気配はない。

 皆帰りたいのに帰れず疲れはピークに達しようとしていた。


 そこに地元のTVのカメラクルーが私たちの様子を珍しいと撮影しに来た。

 そのうちに野次馬で池の周りはごった返した。

 後から聞いた話ではそれは金の亡者と報じられた。

 月が空高く上がった頃、全国TVからもカメラがやってきた。

 心配した学生の親もいたが教授や周りの野次馬に説得され、ただ見守るほかなかった。


 一人の学生がキレて教授に飛び掛りそれを野次馬が教授を守るという名目で、池に学生を放り投げたのを皮切りにその場にいる全員が狂気と化していった。

 体がぶよぶよで体力のない私たちは野次馬にされるがままに池から上がろうとすれば、蹴落とされ、必死であがっても突き飛ばされ、また池に戻ってきた。

 野次馬が日ごろの金の恨みを叫びながら若者を池に突き飛ばす光景はTVを見ている視聴者から受け、受けていることを知ったTVクルーの悪ふざけは進行していった。

 月に雲がかかり、霧のような雨が降ってきた。

 誰かが石を投げて池を照らすライトを壊した。

 池の若者たちと私は震える体で岸に上がり、丸く円になり体を寄せ合って野次馬に対抗したのだがTVの悪ふざけで用意された熱湯をリポーターがひしゃくでかけたり近くに寄るだけで肌が焦げ付くようなストーブが所狭しと並べられ

 その熱気で、再び池に飛び込む者もいる。

 動きにキレがなくなり面白さが半減したのだろう、食事が与えられ事態は急変していく。

 脱走者が出たのだ。

 裸のまま山を降りた学生がコンビニで助けを求めTVを見て笑っていた警察もようやく大変なことになったと教授と奥さんを取り囲みFBIまで来るしまつ。

 警察が事情聴取のため教授を連れて行き

 TVクルーもそれについていった。

 野次馬もばらばらに山を降りて行った。

 残った学生とその親も涙を流して

 「がんばった」、「よくやった」などと声を掛け合って山を降りて行った。


 山男が私の方にやってきて

 「シャワー入るか?」と、小屋を指していうので借りることにした。

 シャワー室から出て用意してもらった下着に着替え小屋から出ると誰もいない池のほとりに山男が立っていた。

 ふいに山男は池に飛び込んだ。

 すぐに池から上がってくると池の水面が徐々に下がり始めた。

 唖然としている私に

 「栓を抜いてきたんだ」と笑うのだった。

 プールなのかと聞くとそうだと答えた。

 俺は激昂した。

 「お前は黙って見てたのか!何も言わずに!」

 「だっておれはパンツの替えはあるか、としか聞かれなかったからな」

 と、山男はぶっきらぼうに答え、すでにくぼ地と化している池に入って行った。

 山男は迷わず、水が吸い込まれていったところに行き

 「あったぜ、5ドル」

 と言うので行ってみると確かに枯葉に隠れて5ドル札が落ちていた。

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