彼女は本物で俺は……
午前9時30分。
その時間は俺が外出する前に見た時計の時刻だ。
ゴールデンウィークになったというのに、なぜ外出しなければならないのか。
それは簡単。勝ち組からのお誘いがあったからである。サボったらタダじゃすまされない。俺はそんな経験があるからこそ、外出し村川 ゆいと会わなければならない。
分かってはいるがこれはデートではない。
きっと、罠だ。俺を貶めようとしているんだ。だから、期待するな。相手に求めるな。
どうせすぐにそんなものは消えてしまうんだから。
(それよりも今は何時だ?)
俺は既に目的の場所に到着していた。そこにはまだ村川の姿はなく、公園の前にポツンと俺がただ一人突っ立っている。
静美川高校の近くの公園といえば、ここで合っているはず。公園と言って良いかは分からない。公園というより平地だ。もうちょっと公園っぽくできなかったのか。ここ平地だぞ。平地。
だが公園の立札には静美川公園と明記されているので平地ではないのだろう。無法地帯だな。おい。
(公園に時計はないものか)
と俺は探してみる。
あったにはあった。でも秒針が動いておらず、時計が止まっている。
ここの公園名を放置公園にした方が妥当だろう。
「ごめーん。遅れたー」
村川が来たらしい。村川らしき声が俺の耳へと届く。目の前にはもしかしなくても村川がいた。勝ち組臭がする。
ヒーローは遅れてやってくるもんだ。気にするな。
「ど、どうかな?」
村川は恥じらいながら、一周ぐるりと回る。
肩を見せる白色のトップスを着ており、青色のショートパンツを穿いている。5月といえど暑くなっているせいか薄着だ。特に今日は昼からさらに気温が上がると天気予報のおっさんが言っていたので、俺も薄着を見繕ってきた。
「それより他の人は?」
「え?いないよ」
俺の質問に村川は迷いなく答える。その顔色には嘘をついているとは思えず、
「そうか」
とだけ俺は答えといた。
「じゃあ、行こっか。10時過ぎちゃったけど時間は全然あるし」
村川は微笑んで俺の手を強引に引っ張る。俺は不意をつかれて、足がもつれかけながらもなんとか体勢を立て直す。
「待て。行くってどこに」
俺がそう聞くと、村川は少し考えてから、
「それじゃ、ゲーセン?」
なんで疑問形なんだよ。
俺は村川の計画性のなさに呆れながらついていく。彼女は他にも何か言いたいことがあるようで俺の目を見つめてくる。
そんなに見つめても何もでないぞ。
「聞きそびれたけど、感想は?」
かんそうとは?乾燥?完走?
この状況でどういう意味が当てはまるのだろうか。
「私が着てる服装の感想!」
村川は強調するように大きな声で言った。
唾がかかるだろ。それに俺相手に声を張り上げてはカロリーの無駄遣いといえる。
反応しなくては余計にややこしくなるのは焼きそばパンの件でもう懲りた。まだ気にしてるのかって。そりゃするだろ。食べ物の恨みは恐ろしいって国語の授業で習ったからな。いずれの形で返させてもらう。
「アー、ソウダナ。ニアッテルヨ」
「なにその棒読み!?」
そんなこと言われてもな。これは友達と遊びに行くでも何でもないからな。そもそも、友達と遊びに行った記憶ないし。
お前は勝ち組。俺は負け組。立場お分かり?
「もームカつくー。もういいよ。ゲーセン行く」
そうしろそうしろ。一人で行って来い。
あれ?おかしいな。
俺の手が引っ張られるぞ。なんでだ、おい。
「ボサッとしてないで自分の足で歩いてよ」
「……」
俺も行くのかよ。
静美川公園からゲーセンまで距離は遠くない。
大体徒歩10分程度。
だから、クラスメイトの一人はすれ違うんじゃないかと思ったがそれは杞憂に終わる。
違うな。俺がクラスメイトだということを認識されてないんじゃないか。だって、俺もクラスメイトが誰か分からないし。
「着いたね。何しようか」
ゲーセンの前に到着。無邪気な笑みで村川は問いかける。
「そうだな。じゃあ、家に帰るか」
俺は回れ右をして進む。
服を掴まれる。はなせ。
「そういうのいいからさっさと行くよ」
俺の案はバッサリと切られて、ゲーセンの中へと入る。
けたたましい機械音とノリにのれないテンションマックスのBGMが俺を迎えてくれた。正直マジうるさい。
ゲーセンに行くなんて小学生以来だ。勿論、一人で行ってたが。
なかなか懐かしいなと思いつつ、俺は全体的にゲーセン内を見渡す。クレーンゲーム、メダルゲームなどの配置は昔と変わっていなかった。
「ここは全然変わってないな。小学生の頃一人で来た以来そのまんまだ」
「えっ?ゲーセンって一人で来るものなの?」
えっ、違うの?
「私は昨日友達と来たばっかだけど結構変わってると思うよ。景品とか」
そりゃ、景品は変わるだろ。
一年中同じ景品だけとか誰も行かねえよ。時代の流れを掴めよ、そのゲーセン。
俺が変わってないって言ったのはそうではなくてだな。
「あのさ……」
「あっ、あれやろう。これこれ」
村川は目の前のクレーンゲームに夢中のようで目が輝いている。
俺はこれ以上言っても耳に入らないなと判断し、村川の方に向かう。
「どうした。何かあったのか」
(こくこくこくこく!)
村川は興味津々らしく勢いよく頷く。
お前は首振り人形かよ。
俺は村川が見ていたクレーンゲームの景品を一緒になって見てみた。
大きなクマのぬいぐるみ。当然ながら、リアルのクマのぬいぐるみではなく、いかにも女性が好きそうな愛くるしい顔のぬいぐるみだ。
これは無理だろ。デカすぎ。持ち上げることもできないだろう。
俺はそう確信したが村川は期待の目でこちらを見てくる。
「あんま期待すんなよ」
俺は財布を取り出し、200円投入。
クマのぬいぐるみめがけて狙いを定める。見事、うまい具合に頭に引っかけたが、大きな巨体だけあって微動だにしなかった。
「ダメだこりゃ」
思わず呟いてしまう。
「も、もう一回」
村川は諦めきれないようで俺に再チャレンジを求めてくる。
無理言うなよな。今の見たろ。全く話にならないぞ。ほら、あのクマの顔を見てみろって。「僕の為にお金を使ってくれてありがとう。でも残念だったね~」的なドヤ顔かましてるから。これ以上はお金の浪費だ。
「ホントもう一回!もう一回だけだから」
「……わかった。次失敗したら村川の金でやれよ」
俺は200円投入し、再挑戦。
全集中を一点に狙い、ここだと俺のクレーンゲーム歴0年の勘がそういってた。
結果。
まあ、無理だった。当たり前だ。
「あ~。もうちょいなのに」
不満顔を見せる村川。
ちゃんと眼球入ってんのか。クマのぬいぐるみが1ミリも動いていなかったように思えたのは俺だけか。
「よーし。今度は私が。次は取れるぞー」
俺だけらしい。
以降、村川の戦いが続いたが、お世辞にも良い成果にはならなかった。村川が3回目をやろうとしたあたりからもう放っておき、俺は別のクレーンゲームで遊んでいた。村川は欲しがってたクマのぬいぐるみの大きさスモールバージョンのクレーンゲームをやり、一個取る。
思ったより楽しいじゃん。クレーンゲーム。
次はメダルに換金してメダルゲームで遊び、黙々と一人ゲーセンを楽しむ。やはり、ゲーセンは一人で来るのが一番良いかもしれない。
最後には自販機でお茶を買って、一服。
(そろそろかな)
俺は頃合いを見て、例のクレーンゲームへと戻る。
まだ村川は闘っている。クマのぬいぐるみと。
「おい村川」
「話しかけないで今集中してるから!」
そーですか。
数分もしないうちに村川の息の根が止まる。主にお金的な意味で。ご利用は計画的に。
「気が済んだか」
「ううー。悔しいよ」
ま、努力だけは認めてやるよ。
俺は先程取ってきたクレーンゲームの景品を村川に投げる。
「わわっ!?っと」
俺が投げたのはクマのぬいぐるみ。そのぬいぐるみは村川が欲しかったものとは違う一際小さいもの。
それを手がおぼつかせながらもキャッチする。
「これは?」
村川は何の事だか分からなかったようなので、
「それやるよ」
と俺は答える。ゲーセンも飽きてきたので、さっさと出ることにしよう。
村川に背を向けて歩き出す。
「ちょっと待ってよ。上井草君」
村川は小声で、
「……ありがとう」
と感謝の礼を言った。俺は返すことなく、ゲーセンの出口へと向かう。
彼女の好意はクマのぬいぐるみ一個分ぐらい期待してもいいかなと思いつつ、俺達二人は次の場所に向かうのだった。
というか、ホント次どこいくの?