彼女の日常、俺の……
今日は少し長めです。
ゴールデンウィークが迫ってきている。
今日と明日を普通に過ごせば、素晴らしき休日が待っているのだ。まだ気が早いかもしれないが、そわそわしてしまうのだからしょうがない。
そんな気持ちで今日も俺は学校に登校する。
教室に入っても、誰からも挨拶されることはないが、そんなのはもう慣れた。今はそんなことよりゴールデンウィークをどう過ごすか。これが重要だ。
去年は一日中だらだらして、家から一歩も出なかった。これこそ負け組なりの最大級な楽しみ方だ。
「和樹はゴールデンウィークどうすんの?」
「僕は部活の練習かな」
「そっかー。俺はバイトだわー。そろそろ金がやばいことになってきたし」
「藤本君はいつも金欠状態だからね。ここらへんで稼いどかないとね」
「おうよ。モチのロンよ!」
教室内の後ろで勝ち組達が屯している。
その中でさらにクラスの中心人物である三人が話している。
霧生 和樹はクラスのまとめ役。イケメンで性格も良いと評判だ。さらにクラスの委員長も任され、成績も優秀。その上、モテる。はいはいこれがいわゆるリア充ってやつです。真の勝ち組ですよ。
藤本 光秀はクラスのムードメーカー的存在。こいつもイケメンで……もう以下略。一言で言えばこいつも真の勝ち組。
そして、村川 ゆい。特に明記することはなし。だって、昨日話したから大体察した。愛想よく、クラスの誰とでも仲良くできる人気者。
この三人こそ勝ち組の中の勝ち組である。
というわけで俺はこいつらが嫌いである。
その理屈はおかしいか。いや、おかしくない。おかしいのはこのようなスペックの差を与えたこの世界の創造神だ。
(それよりも昼飯だ。昼飯)
授業はとっくに終わりの鐘がなっていて、今は昼だ。俺は優奈の手作り弁当を手にするために鞄を弄っているのだが。
ない。弁当がない。
非常に俺は焦っていた。いくら俺が帰宅部の男子高校生といえど昼飯抜きはきつすぎる。午後の授業に悪影響が出るじゃないか。毎日、授業は寝てるけれども。
(おかしいな。俺が家に出るときはちゃんと確認したんだが、なぜないんだ?)
と俺はある紙切れを見つける。俺の鞄にゴミ入れたのはどこのどいつだよ。
俺は半ばキレ気味で紙切れを捨てようとするが、何か書いてある。
気にはなるので、一応確認。
お兄ちゃんへ。
ごめんね。友達にお弁当を作る約束してたこと忘れてたよ。だから、お兄ちゃんの弁当を頂きました。これで万事解決問題な~し。
(問題大ありだよ。この妹は兄を餓死させたいのか)
よく見ると、小さくまだ何か書かれている。
追伸、もしお腹がすいたら有希さんと食べるのがいいんじゃないかな。
(優奈め。とんでもないことを仕組んでいやがる)
要は深城と飯を食えと?あほか。そんな事するわけないだろ。
優奈の追伸を無視して、俺は素直に学食でパンを買うことにしよう。そして、屋上で一人で食べよう。一人で。
紙切れの中身を一応確認しといて良かったと安堵する。紙切れよ、ゴミ扱いしてすまなかった。
俺は紙切れをそっとポケットに入れ、食堂に向かう。
俺の高校は静美川高校。食品関係の会社がこの学校を設立したこともあり、飯はとても美味い。
しかし、だからこそ人が多い。そういう理由があって俺は食堂を使う機会がなかった。
(あんまり人が多いのは嫌だな)
俺は憂鬱の気分で食堂に向かうが、周りの人も増えてきた。案の定、食堂の人は多くなるなと俺でも予測がついた。人が増えていく周りで歩いていると、人酔いを起こしそうになる。
突然、肩を叩かれる。どうせ、人違いだろ。
「上井草」
俺の名字が呼ばれる。聞き慣れた声のトーンが俺の耳に響く。俺は声の主の予想がつき、振り返る。
「よう、深城。昨日ぶりだな」
俺に声をかけてきたのはやはりというか深城だった。俺に声をかける時点で大概は深城だがな。それ以外は人違いだ。はっきりしてていいじゃないか。
「なんか用か?」
「あなたの妹さんから連絡があって、兄がお弁当を忘れたので助けてあげてというメールをもらったから探していたの」
優奈め。ここまで準備が良いなんてお兄ちゃんは聞いていないぞ。それにしても、深城は律儀な奴だな。断ればいいのに。
「私もまだ食べてないけど、一緒に食べる?」
深城の表情には恥じらいもからかっている様子もなく、ただ一緒に食べるかどうするかと聞いてくる。深城、お前正気か。
「一緒に食べる友達はいないのか」
「いるわ」
いるのかよ。じゃあ、尚の事駄目だよ。一人で食べてる俺に対してなんていう罰ゲームを提案してくるんだ。新手のいじめか。
当然のことながら俺は首を横に振る。
「なら、やめとく。深城は深城のグループで仲良くやってくれ」
グループというものはそういうものだ。いきなり、どこから来たかわからない外来種がグループとして受け入れるはずがない。俺は人に警戒されたまま飯を食べるなんて真っ平御免だぞ。
「そう。そういえば、あなたはそういう人だったものね」
深城は少し微笑む。なにがおかしいんだ。
「昨日、久しぶりにあなたの妹さんと話したわ」
と深城は真っ直ぐな視線で俺の目を見る。俺は黙って彼女の話を聞く。
「そこで全部話したわ。私が話せること全部」
深城の言う『全部』が何を指すのかどういった事を妹に話したのかは分からない。
とにかく『全部』なのだろう。俺では確かめる術はないし、たとえあったとしても俺は確かめるつもりもない。
「これ渡しとくわ」
深城が俺にくれたのは食堂に売ってるパン。しかも、なかなか人気があるとされている焼きそばパンではないか。
「あげるわ。元々、渡すつもりで声をかけたわけだから」
「すまん。ありがとう」
と俺は感謝の言葉を言う。深城は軽く手を振って答えるとそのまま振り向かず去っていった。
(さて、屋上でも行くか)
俺は気を取り直して、いつものシークレットプレイスに向かう。間違っても昨日みたいに村川 ゆいと会わないようにしなくてはいけない。
これこそ、俺の安息の地を守る使命。
最悪、陣とられても俺にはトイレの個室がある。それか俺のサードプレイスである体育館の裏。でも、あそこ虫が多すぎて嫌なんだよな。
(よし、着いたぞ)
俺は謎の緊張感で包まれる。くっ。無事であれ。
ハリガネを取り出し、開錠。
おそるおそるドアを開く。誰もいない。
(よっしゃあああああああああああ。誰もいないぜええええええ)
俺がテンションマックスになった矢先だった。
「あれ?開いてる。……何で?あっ、上井草君」
俺が開いた瞬間、数秒もせずに誰か来た。その人物は言わずもがな村川 ゆいだった。既に俺の存在は感づかれたようで、こちらに駆け寄る。
「こんにちは。上井草君」
「………………」
「無視された!?」
こんなのあんまりだ。いったい誰がこんな事を仕組んだんだ。俺は一人で食べたいんだ。邪魔するな。
俺の日常は今日に限っていうと非日常のようで。
俺はゴールデンウィークよ早くやって来いと思いつつ、焼きそばパンの封を切った。
楽しんでいただけたら幸いです。