俺は兄で彼女は……
俺は深城と別れた後、他にやることもないので自宅へと帰る。
普通の高校生なら放課後に部活をやったり、何処かに寄り道をして時間を潰すのだが、俺は自宅に直通で帰る。
俺は負け組なんだ。負け組は負け組らしく負け組じみたことを負け組のように負け組として演じる義務がある。
そう、演じる義務があるのだ。大事なことだから二回言ったよ。二回言ったからな!
そうこうしている間に家に着いた。学校まで徒歩5分。近いっていいわー。
「ただいまー」
俺は鍵を取り出し、ドアを開ける。玄関で靴を脱いでいると、
「お兄ちゃんおかえりー」
俺の妹である上井草 優奈がわざわざ玄関まで来てくれる。俺と似ても似つかない可愛らしい童顔。目はぱっちりとした大きな瞳。背丈は俺の頭二個分はなれて低い。現在、中学1年生。俺と同じドキドキの一年生である。
俺の場合、ドキドキじゃなくてイライラだけどな。勝ち組に対してのイライラ一年生だよ。
「今日も早かったねー」
なんか言い方にトゲがあるよ。なんで「も」を強調させたの?
ここは兄としての威厳を出すべきだな。
「はっ!俺には家族とともに一日を過ごしたいだけなのさ。決して、友達がいないとかそういう理由じゃなくて」
「お兄ちゃんが友達がいないから早く帰ってきても私は気にしないよ」
駄目だ。全部、妹に見透かされている。
ああ、妹よ。そんな純粋な目はやめて。俺は泣きそうだよ。
「むしろ、嬉しいな。お兄ちゃんと一緒にいられる時間が増えるからね」
なん……だと……?
こんな妹存在するのか。俺の脳内妹がついに現実化したか。いくら、世間で3Dが流行っているとはいえこれは痛すぎる。
「ぷぷ……ぷぷぷ……なんてね」
優奈は数秒笑いを堪えていたが、ついには笑いだす。
だ、騙された。
さてと、もう少し俺の脳内妹を演じてほしかったというのは心の中にしまっとくとして、
そんなに俺を騙すのが面白かったのかまだ妹は笑っている。
「おい、笑いすぎだぞ」
そして、俺のメンタルはもう限界だぞ。
「あはははははは。ごめんごめん。つい、出来心で」
小悪魔のように微笑むので全く誠意が感じられない。舌をチロリとだし、てへぺろのポーズ。妹じゃなかったら殴ってるよこれ。
でも俺はいつもの妹だと安心する。うざいけど憎めない。家族ってそんなものだ。
「でもさ。お兄ちゃんにしては今日は遅い方だったよね。何かあったの?」
優奈は勘が良いのはいつもの事だ。そういえば、俺が幼稚園や小学生、中学生時代で最初にいじめの事を感づいていたのも優奈だったな。
こいつなりに俺の事を心配してくれてるんだろう。そう思うと、申し訳なくなる。
「別になんもねえよ」
「本当にぃ?」
どんだけ信じられてないんだ俺は。
まあ、嘘ついてるけど。
「嘘。お兄ちゃん。嘘つくとき、耳が赤くなるもん」
「嘘!?マジで!?」
と俺は耳を触るがにんまりと優奈は笑顔になる。
「嘘だよーん。お兄ちゃんに鎌かけちゃいました」
「はあ!?」
マジかよ。とんでもない妹だな。
「お兄ちゃん。なんか言うことは」
むーと怒った仕草をみせる。手を腰にあて、俺を睨みつける。俺はそれが優奈の演技だと分かっていた。
過去に一度優奈が本気で怒ったところを見たことがあるが、あれは怖かった。口元は笑ってないけど、目が笑ってないんだもんな。
「すまん」
俺は素直に謝ると優奈があははと笑顔で返す。
「冗談冗談。怒ってないよ」
優奈は俺に背を向けて歩き出し、「ここで突っ立てるのもなんだし」と言いリビングに向かう。俺は玄関で靴を脱ぎ、優奈の後を追う。
朝よりリビングは綺麗になっていた。きっと、優奈が掃除をしてくれたのだ。
この家に住んでいるのは俺と優奈の二人しかいない。俺の両親は海外で仕事をしているため、長い休みがない限り帰ってこない。なら、俺ら二人が海外に住めば家族と一緒に暮らせるのではと考えるかもしれないが、 生憎俺は祖国を捨てるつもりはない。第一、俺は日本語しか話せないし。英語とか未知だし。言語とかやってられないし。
言葉が分からないだけで頑なに断った俺を両親は見兼ねて妹の優奈が残った。それから家事全般の担当は全部優奈。
つまるところ、俺は優奈に頭が上がらないのだ。
「それでお兄ちゃん。何かあったの?」
優奈はリビングにあるソファーに腰を掛ける。
俺は先程のコーヒーで口が不味くなっているので水でも飲もうと思い、キッチンへ。
「なんか飲むか?」
俺が優奈にそう聞くと、
「じゃあ、水がいい」
奇遇だな。俺も水だ。俺はコップを二つ取り出す。
「実はな、さっき深城に会ったんだ。それで遅くなった」
俺は勿体ぶるつもりはなく、正直に結論から言った。
優奈は目を丸くする。
「えっ?有希さんってお兄ちゃんと同じ高校だったんだ。知らなかったよ」
知らなくて当然。話してないからな。
ちなみに優奈と深城は面識はある。俺がいじめを受けているのがバレてからすぐ後の付き合いらしい。俺もよく知らないけど。
「有希さんがいるならもう大丈夫だね。お兄ちゃん」
「なにが大丈夫なんだよ」
「だって―、だってさ―」
俺の視力が悪くなったのかもしれない。それとも、気のせいだったかもしれない。
けれど、俺の目に映る優奈の表情は今日一番の笑顔だった。
「今度は一人じゃないんだよ」




