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お前は勝ち組and俺は負け組  作者: 日光さんDX
1章
3/26

彼女は強くて俺は……

 帰りのHRが終わる。クラスメイト達がわらわらと群がりながら共に帰っていき、俺も帰る準備をする。特に待つべき友もいないし、そんな予定を作る気にはなれない。

 同じクラスである村川はというと、まだ友達と話しているようで帰る気配はない。いつものように数多くの仲間達と楽しい談笑を繰り広げている。


(さて、帰るか)


 俺は教室内から出ると、


「あら、久しぶりね。上井草」

 とこれまた顔見知りの奴に出会う。

 その姿は一言でいうなら、日本人形。長くしなやかな黒髪。白く透き通った肌。靴は厚底じゃないのに俺と身長がさほど変わらない。日本人形を一分の一に具現化したら、まさにこいつの事を指す。そして、俺の脳内Wikiであれば、思い当たる奴は一人しかいない。


「よう、久しぶりだな。深城みしろ

 深城みしろ 有希ゆき。俺の中学時代の同級生であり、高校でも同じ学校が続く何かしら縁のある奴である。


「どう、その後は」

 深城はそう訊ねてくる。彼女は俺の中学時代がどういうものか知っているので、心配しているのだろう。

 深城が中学時代にいろいろと手をまわしてくれたお蔭でいじめは最小限度に抑えられたといってもよい。立場的に深城は恩人なのだ。

 けれど、俺は全くもって感謝をしていない。


「別にその後はなにもねえよ」


「そう。なら良いけど。あなたは分かりにくいから」

 深城は不安げな顔をして、窓を見る。窓から見えるのは部活の練習をしている生徒達がいる。


「あなた、部活は?」

 やっているの?と付記しているかのニュアンスだったので、俺は首を横に振る。


「なら、時間はあるわね。少し場所を変えて話に付き合ってもらっていいかしら」


「嫌だ」

 俺は否定の言葉を述べたが、深城は関係なしに、


「ついてきて」

 と言った。あれあれ、おかしいな。日本語がかみ合ってないぞ。

 俺は肩をすくめて、彼女の後を追った。




 さほど時間は経たなかった。学校の近くの喫茶店で俺たちは一息ついていた。

 俺と深城は一つのテーブルに対照的な位置で腰を掛ける。店員がこちらに駆け寄り、


「注文は何になさいますか?」


「ブラックコーヒー二つで」


「かしこまりました」

 店員は一礼し、その場から離れる。勿論、誘ったからにはコーヒーは奢りなんだろうな。


「コーヒーは私の奢りよ。気にしないで」

 それなら良かった。


「で?俺を呼んで何をするんだ。まさか、俺が受けたいじめの話をしようってことじゃないよな」


「ええ。当然よ」

 俺には分かってた。深城 有希は誰かの過去を穿り返すような人ではないことを。ましてはいじめをするような人間でもなく、逆にいじめを正す人だということも。それでも、俺は誰かの善意は信用していない。だからこそ、深城を信用していない。が、ある程度の信頼はしているつもりだ。


「最初に言っておくけれど……あなたには申し訳ないと思っているわ」


「何だ。いきなり何の話だ」

 深城は俯き、黙りこく。さて、空気が重いぞ。どうなってんだこりゃ。


「中学の時、私は結局誰も救えなかったのだから」

 深城は消え入りそうな声で呟く。ようやく、俺は中学時代について話をしていることが分かった。

 そして、彼女は顔を上げ、続けて、


「責任は私にある。今日来てもらったのはその謝罪」

 深城は何かの決意に満ちた表情をしていた。

 俺は思う。思うだけでなく、口に出して言った。


「俺は仮にお前に救われても感謝なんかしない。むしろ、迷惑だ。そういうことだから、お前は何もしなくていいし、謝罪もしなくていい。もし、それがお前の善意だったなら……即刻やめろ」

 深城は常に正しい。

 正しすぎて時々むかつくこともある。

 けれど、それが深城であり、彼女のアイデンティティーだ。


「善意ではないわ」

 俺の言葉にピシャリと深城は言い放つ。


「私はそうすることでしか自分らしさを出せなかった。いじめを自身の個性として利用しただけだったのよ」

 深城はそういうが、俺はそうは思わない。

 なぜかというと、


「お待たせしました。ブラックコーヒーお二つです」

 と俺の思考は遮られ、店員は注文したコーヒーを二つ置く。店員は一言、「では、ごゆっくり」とだけ言い残し、別のカウンターへと移動していった。

 深城は置かれたコーヒーに一口すする。

 俺も一口。うわあ、苦い。


「私は」

 と深城が言う。彼女はコーヒーから俺に視線を移す。


「私はとても弱い。けれど、次こそはあなたを救うわ。感謝もいらないし、恨んでも構わない。私は今度こそ、私のためじゃなくて誰かのためにやることをやるわ」


「それはただの自己満足だ。その解答はまた誰かを不幸にするぞ」


「それでも、中学時代の二の舞になりたくない。もうああいうのは御免よ」

 深城は伝票を拾い上げて、


「何か暗い話をさせてごめんなさい。でも、私の気持ちは伝えたから」

 深城は立ち上がり、レジに向かう。俺は彼女の後ろを追うことはせずにそのままコーヒーを味わう。

 やっぱり、苦いなこれ。人生みたいだ。

 

(それにしても、俺の周りにはろくな奴がいないな)

 

 深城 有希もろくな奴の一人だ。真面目で正しくてその分お人好しだからたちが悪い。

 勝手に責任を背負い込んで、勝手に傷ついて、勝手に誰かのために動き出す。

 これでは何もしない俺が悪役みたいじゃないか。


(あ~あ。こういう役回りは最悪だな。誰かに譲り渡したくなる)


 深城 有希は強い。俺がちっぽけになるぐらいに。いくら、俺があんなに強くなれなくても、俺には俺の意志がある。


(負け組は負け組並に強さがあるんだぜ)


 と俺は目の前にあるコーヒーを全部飲み干す。

 うっ。に、苦い。


 

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