彼女は問い俺は……
授業が始まる15分前。1限が開始されるまで時間はまだある。
俺は机に突っ伏しながら寝たふりをしていた。教室に来たのが、早すぎたと反省する。そのせいでゴールデンウィーク明けで再開する友達同士の談笑を聞かされる羽目になっていた。
誤解しないでもらいたいが、聞かされるというより、否が応でも耳に届いてくるが近い。実際には俺が話しているわけではなく、他の奴らの声が耳に入ってくるのだ。クラスの人達がゴールデンウィークでのあった出来事だとか、大きな声で話しているため五月蠅い。
全体的にクラス中のテンションが大盛り上がりである。
そんな中、唯一テンションが低い人物が俺を除き一人いた。
村川 ゆい。
彼女は完全にテンションから行き遅れていた。ぼんやりと窓を見つめ、何か考え事をしているように思える。
俺は狸寝入りしながらも彼女のことを見つめていた。
もし、村川が元気がないのが俺だとしても時間が解決してくれる。ゆっくりと過去の事は忘れていき、再び歩き出すだろう。
だから、彼女は大丈夫だ。
大丈夫?
誰に言い訳するように大丈夫などと言っているのだろう。
「ちょっと寝ているところ良いかしら」
俺の肩を叩かれる。寝たふりをしよう。
「起きなさい。上井草。あなたに少し聞きたいことがあるのよ」
何度この声を聞いただろう。毎度のことながらこいつに会うと憂鬱な気分になる。
このまま寝たふりを継続させて追っ払おう。そうしよう。
「優奈を私の妹にするわよ」
耳元で呟かれ、その言葉に俺はぴくりと反応する。
寝たふりを止め、ゆっくりと顔を上げた。俺の瞳には深城 有希の姿が映る。
「優奈は俺の妹だ」
深城に向かって反論した。
誰がなんと言おうと優奈は俺の妹だ。異論は認めない。世界中の奴らが俺を貶そうがシスコン呼ばわりしようが関係ない。深城 有希……てめーは俺を怒らせた。
「ようやく、起きたわね」
「優奈は俺の妹だ」
大事なことだから二回言った。
深城は俺の言動を聞いて呆れ果てている。
「そうね、わかったわ。優奈はあなたの妹よ。だから、話をきいてもらっていいかしら」
嫌だと言っても彼女は引き下がらないだろう。それぐらい俺にだってわかる。優奈のことも諦めてくれたようだし、話だけなら聞いてやろうじゃないか。
おおよそ、深城のことだから、何を話すかは予想がついているが。
「村川のことか?」
「そうよ」
今回の件といい、前回の相沢の件といい、どうも深城は村川の事を気にかけるのが好きらしい。
俺は彼女に村川とのやり取りが一悶着あったことを話そうと考えた。が、言うのは止める。
村川に元気がないのは他の理由からきているかもしれない。安易に話すべきではない。
「悪いが、俺は知らんぞ。本人に聞いてみたらどうだ?」
できるだけ深城に悟られないように目を見て話す。人間ってやつはどうしても気がかりがあると目を逸らしたくなる生き物だ。だから、俺はその習性を利用する。
こうして、お互いの目を見て話せば、大概真実を言っている感じだろう。
俺は陰ながらそう目論見を企んでいたが、
「嘘ね」
と深城に心を読まれていた。
なんだと。こいつはエスパーかなにかか?
けれども、鎌をかけている可能性がある。その手には乗らないぜ。俺はポーカーフェイスで対応した。
「嘘じゃない」
「嘘ね。あなたの場合、目を見て話すときは大概嘘だもの」
深城の目はマジでした。ははっ。嫌だな、目が怖いですよ。
この等身大日本人形め。その目はやめろ。夢にでてきたらどうしてくれる。
完全に深城が心理戦で勝利した。俺の考えは逆に裏目にでてしまったのを悔やみながら、話してみることにする。
「……わかったよ。話せばいいんだろう。話せば」
そして、俺はありのままあった事を話した。
ゴールデンウィーク中、俺と村川が会ったこと。
会って、彼女に対して俺が行なったこと。
あの時の俺が見た真実全部を深城に話した。こいつのことだ。嘘なんて言ったところで俺にメリットがないし、すぐさま俺の嘘を見抜くだろう。
「そう、そんなことがあったのね」
深城は俺の話を納得したように頷く。てっきり、怒ると思っていた。
これは俺が悪くはないってことか。杞憂だったんだな。
「それはあなたが悪いわね」
悪いのかよ。
「ちょっと待てよ。そもそも村川が元気がないのは俺のせいじゃないかもしれないだろ。それとこれとは話が別だ」
「だから、あなたは悪くないとでも?」
あっ、地雷踏んだ。
深城の声色が徐々に怒りが込み上げてきていることに気づく。
こんな教室の中、騒がれるのは御免だぞ。負け組が目立つと多数の奴から舌打ちをくらうからな。ここは自分のミスを受け入れることが得策だ。
「いや、そういうわけじゃないんだ。ただ俺にどうしろっていうんだよ」
俺が村川に出来ることは何もない。それは正直な気持ちだ。
あの時、俺は村川を傷つけてしまった。それはその時の彼女の様子で分かっただけで、なぜ彼女が傷ついてしまったのか俺は分からないでいる。
違う。実は分かっている。心の奥底で俺は理解しているんだ。
だけど、俺はずっと負け組であるから、確信が持てない。
いつも正しい彼女に問いておきたかった。俺はどうすれば良い、と。
――俺は初めて深城を頼った。
「それはあなたが考えることよ。あなた自身が考えて答えを出しなさい」
「まあ、そうだろうな」
「ただ……」
と深城は言いかけて、口を閉ざす。
やけにその時間が長く感じたが、再び続けて、
「感情をうまく見極めなさい。なぜゆいは傷ついているのか。その答えは既にあなたが持っているはずよ」
深城は不敵な笑みを浮かべる。その笑みの真意は理解できない。
だが、俺の事を悪く思ってないことだけは確かだ。
「もう授業が始まるから失礼するわ」
深城が時間を確認すると、直後に一限目の担当教諭がクラスに入ってくる。
「ああ、じゃあな」
「ええ」
俺は深城の言葉を深く心に刻みながら、彼女と別れた。