俺は始まりに戻り彼女は……
ジリリリィィとけたたましい目覚まし音が自室にて鳴り響く。
月日は過ぎ、ゴールデンウィークは終わりを告げた。
今日からもう学校である。久しぶりに早起きしたせいでまだ眠い。ゴールデンウィーク中、ずっと偏った生活サイクルを送っていたせいで眠気と怠さが襲ってきていた。
このまま起きて学校に行くべきか、遅刻して行くべきか。
それとも学校をサボるべきか。
俺は自分の天使と悪魔に決断を委ねることにした。
「サボるべきだよ」
「そうだね。サボろう!」
あれあれ?おかしいな。俺の悪魔に異を唱える奴がいないぞ。天使、仕事しろよ。
そうか。これは天使への贈り物なんだ。日頃からの行いが良いせいだな、うん。
「お兄ちゃん。朝だよー。今日から学校でしょー」
ノックもせずに優奈が俺の部屋へと入ってきた。俺は目を微かに開きながら、目覚ましのスイッチを押す。
けたたましい音は鳴りやみ、再び俺は安眠に入ろうとするが……。
「ちょっとお兄ちゃん! 二度寝しない。学校遅刻しちゃうよ」
優奈は俺の安眠を許さず、布団を剥がしたり、カーテンを開き日光を浴びせるなどして妨害をする。
どうせなら優奈が俺の身体に馬乗りで起こすシチュエーチョンが良かった。それなら絶対目が覚めただろう。また、それを優奈に言ったのならば、彼女の目はきっと冷めていただろう。
「わかったよ。起きるからリビングで待っとけ」
仕方なく俺は目を開き、背筋を伸ばす。優奈は不満そうな表情で頬を膨らませる。
「もー。先にリビングで食べてるからね」
俺にそう言い残し、優奈は部屋のドアを閉めた。部屋の中には俺一人しかいなくなる。
絶好の二度寝チャンスと思ったが、目が冴えてしまったので学校に行くことにした。
俺は制服に着替える。男女ともに学校指定のブレザーを着るのだが、そろそろ暑くなってきた。早く衣替えをしてほしい。
そこから、俺は着替えをして顔を洗って優奈が作った朝食を食べ、学校に向かう。
「行ってきます」
と玄関で優奈に声をかけると、「いってらしゃーい」の返事が返ってきた。俺は優奈の返事を確認すると、家の鍵を閉めてから学校へと歩を進める。
さて、いつも通りの朝だ。
ゴールデンウィークは我ながら充実していた。
始まりこそ駄目だったものの、深城とは優奈の誕生日以降会っていないし、当然のように村川とはあの一件以来見てもいない。
いつも通りの日常でいつもみたいな通学路でいつものように俺は一人で学校に行く。
これこそ俺の日常が戻ってきたと言える。
「……あっ」
通学路を歩いていると、ばったりと村川に遭遇する。
俺の顔を見るなり、すぐに気まずそうにそっぽを向いた。一応、クラスメイトの礼儀として挨拶だけはしとく。
「よう、おはよう。ご無沙汰」
「……うん」
村川の声に元気はなく、俺の方に顔を向けようとしない。俺からの言葉に相槌だけ打ちながら、颯爽と歩き始めた。その一歩一歩の歩幅が大きく、まるでこの場から早く立ち去りたいと感じさせるように俺と別れる。俺も特に呼び止める用がなかったので、何も言わなかった。
彼女の後ろ姿を見ながら、内心ホッとしていた。
このまま負け組の俺と関わらないようにしなくては。これ以上、村川の負担になりたくなかった。何より、勝ち組にも気遣われている俺が惨めで仕方がなかった。自分の持っている唯一のプライドでさえ彼女に破壊されかねない。
俺に憐れみなんていらない。同情なんていらないんだ。
それが彼女から嘘っぱちな「好意」を受け取った俺なりの答えだ。
「おーい。上井草~」
霧生らしき声が聞こえる。気のせいだろう。顔を上げると、霧生もどきは俺の方に手を振ってこちらに近づいてくる。ん?見えてないよ。俺にはちっとも霧生の姿なんて見えてない。もどきだもどき。知らないフリ知らないフリ。
「やあ」
霧生みたいな奴が話しかけてきた。これ以上は誤魔化しがきかない。
霧生 和樹は軽快そうな笑顔で接してきた。
勝ち組ってなんなの?一度会話しただけで友達扱いみたいになるの?
「ゆいを見なかったかな?」
霧生は俺の顔を見るなり、辺りを見回しながら訊ねてくる。
話をするときは人の目を見て話せと両親に教わらなかったのか。俺は妹に教わったが。
どこか焦っている様子だったので、正直に答える。
「さっき見たぞ。俺と同じように学校までの通学路を歩いていたから、そのまま学校まで走っていけば追いつくんじゃないか?」
「そうか。ありがとう」
安堵した表情を見せる霧生。
何かあったのか?とは聞かなかった。俺はもう村川と関わらないと決めているから、無駄な面倒事を背負うのは御免である。
「そういえば、最近ゆいの元気がなくてね。君はなにか理由知っているかい?」
少々ギクリとしたが、首を横に振る。
そもそも、何でそんなことを俺に聞くんだ。お前はそれ相応の勝ち組グループがいるんだから、そいつらに聞けよ。
と言える勇気が俺は欲しい。
「わかった。でも、ゆいの事を気にかけてやってもらえないか。その方が彼女も喜ぶ」
「ああ」
そんな気はさらさら起きないが、返事だけしておく。
「それじゃあ、また学校で」
霧生は爽やかな笑顔を俺に向けながら、村川の後を追うように走っていった。
勝ち組独特の習性では雰囲気が悪くなると、すぐさま修正するように動き出す。
負け組の俺には理解できない習性だ。
やはり、勝ち組と負け組は水と油だ。馬が合わない。
だから、俺が彼女を拒絶したことは正しかったように思える。
勝ち組は勝ち組本来の居場所に戻り、負け組は負け組本来の居場所に戻る。
俺は負け組の始まりに戻ってこれたのだ。
これで良かった。
良かったはずなんだ。