彼女は拒絶され俺は……
その日の夜。俺と優奈、ついでに深城とともに優奈の誕生会兼夕飯が開かれた。深城は途中で帰ろうとしたが、優奈の心遣いもあって夕飯を共にすることにしたらしい。
普段は二人の食事が深城が増えて三人になり、優奈は心を躍らせていた。
そんな優奈とは対照的に俺はそんな気分になれない。誕生日だというのに優奈には心底申し訳なく感じていた。しかし、それだけではなく、
「お兄ちゃん? 今日はなんか元気ないね」
と夕食中に優奈から言われる始末である。
全くあっぱれというかなんというかこの妹はすぐに兄の様子を察知しやがる。
俺は当然の如く見栄を張ったものの、
「何言ってんだ。こんなに嬉しい日はないぞ。なにせ愛する妹が生まれた日なんだからな」
「キモいわね」
「うん。キモい」
深城からの一撃と追加攻撃の優奈からの一撃で本気で泣きそうになった。キモいって言うなよ。地味に傷つくんだぞ。
深城と優奈はないわー的な視線を俺に浴びせながら、食事を食べ進める。
その時にリビングにあるテーブルの上で俺が買ってきた肉共が良い音と良い匂いを出しながら焼かれていたのをやけに覚えていた。
その後、俺は会話をしていない。ほぼ終始で深城と優奈が会話し続けていた。マジ奇数とか考えたの誰だよ。一人余るじゃねえか。
そして、何事もなく夕飯を終え、深城が帰っていった。
深城が帰った後、優奈は寂しそうに「有希さん。泊まっていけばいいのに」と呟く。
勘弁してくれよ。俺は正直そう思っていた。
俺が夜にあった記憶はそれぐらいである。他もなにかあった気がするが、よく覚えていない。
5月6日。
現在、俺は村川の約束を果たす為、公園に来ている。
約束といっても村川が強引にしただけなんだが。
だがそれでも、俺はこの公園に来ている。それはなぜか。その理由は最早愚問だ。
集合時間は10時。反射的に公園内にある時計を見てしまうが、相変わらずここ静美川公園の時計は動いてはいない。
「あっ、上井草君! 一昨日ぶりー」
背後から俺の名前が呼ばれた。その方向に振り向くと栗色の髪をした女性がこちらに寄ってくる。
声色や風貌ですぐに村川だと分かった。俺は顔を下向きのままで彼女の方へ向き直す。
俺の様子がおかしいと気づいた村川は心配そうな顔をしながら俺の近くへと歩いてくる。
「どうしたの? なんかあったの?」
村川は俺の目の前で立ち止まる。俺の表情を窺いながら、彼女は口元を緩ませた。
「ほら上井草君。そんな暗い顔しないの。今日は私がなんでも奢ってあげるから」
やめろよ。
俺に優しくするなよ。これ以上、俺の気持ちを掻き乱さないでくれ。
俺は唇を噛みしめて静かに告げた。
「もう、やめにしないか」
「えっ?」
言っている意味が分からない。彼女の表情はそう語っている。俺は構わず話を続ける。
「小学生の時にあったお前のイジメ……。あれは別にお前を助けたわけじゃない。お前が勝手に助かったんだよ」
俺に村川を助けた記憶がない。だけど、だからこそ村川を助けたわけではないと思った。記憶がないからこそ助けたわけではないんだ。きっと、昔の俺は今の俺と変わっていなくて、本能的に自分にイジメがくるように仕掛けた。
深城の言う通り、結果的に村川が助かったに過ぎない。
「……えっ?」
村川は「なんで知っているの?」と言わんばかりの驚きの表情に変わる。
「悪かったな、村川。小学校だけじゃなくて高校まで俺みたいな奴に気遣ってもらって」
「ち、違うよ。私はただ上井草君と一緒に……」
少しずつ涙声になっていく村川を見て、俺は思う。
村川は勘違いしてしまった。
俺が彼女のイジメを取り去ってしまったことで彼女はそれを「好意」だと勘違いした。
それが偽りの「好意」だということも知らずに。
だとしたら、その責任は俺にある。
「もう俺みたいな鎖に縛られなくていい。こんなめんどくさいお荷物に関わらなくていい。お前はお前らしく勝ち組同士で仲良くやってくれ」
俺ができる責任の取り方といったら、彼女を拒絶することだ。
拒絶して勝ち組は勝ち組の本来の居場所に戻す。
それが一番最善のはずだ。
「何で? 何でそんな酷いことを言うの? 上井草君のこと鎖だとかお荷物だとか一度も思ったことないよ」
「……今日これっきりだ。お前と話すのもな」
俺は言いたいことを村川に伝え、その場から去ろうとした瞬間――
パチンと何かを叩いた音が響いた。
気がつくと、俺の右頬は赤く腫れている。そこで俺は自分が叩かれたことを悟った。無論、この公園には俺と村川の二人しかいない。俺は顔を上げると、
そこには真っ赤に目を赤くして泣いている村川 ゆいの姿が目に映った。
俺は村川に叩かれたのだ。
何のために?
放心状態の俺に村川は大きな声で言った。
「バカ!」
それは怒りの感情を爆発させた一言。まさか俺は村川が泣いてしまうとは思っていなかったので動揺する。
「おい、村川……」
俺は声をかけようとするも彼女は何も言わず走り去ってしまった。袖で涙を拭って、走り去っていく村川を俺はただ見ていることしかできなかった。
俺には村川が何に対して怒っているのかは分からない。
唯一、分かっていることがあるとすれば、
それは俺は彼女を傷つけてしまったということだ。