彼女は誕生日で俺は……
俺は村川を家の近くまで送り、別れた後に自宅に帰ってきていた。
リビングではぐうたらとソファーに横かけながら、雑誌を黙々と読んでいる優奈がいる。優奈の手にはスナック菓子があり、机にスナック菓子の袋が散りばめられている。
「あっ、お兄ちゃん。おかえりー」
優奈はこちらに見向きもせずに雑誌を読むことを専念している。声が完全に棒読みであり、兄心が少し傷つく。
もう少し、声に感情を込めてもいいんじゃないかな。え?どうなんだ?妹よ。
「おい。夕飯時だろ。お菓子なんか食べて大丈夫かよ」
俺が優奈の傍に駆け寄り、注意する。そのついでに妹が読んでいる雑誌をチラリと覗き込んでみる。
これであなたもモッテモテ!リア充になる秘訣!
うわぁ……。何このインチキ臭いキャッチコピー。頭がパーすぎて脳がプリンになっていやがるよ。
お兄ちゃん……将来、妹の進路が不安で仕方ないよ。
「夕飯だけど小腹空いちゃって。大丈夫だよ。全部のカロリーを発育にまわすから」
何が大丈夫なんだろうか。
三日ほど前にも同じセリフを言われたような気がする。結局、この前のカロリーはどこに行ったのだろうか。
いや、もう何も言うまい。
「何その同情の目。たまにお兄ちゃんって無意識に酷いことするよね」
え?ナンノコトヤラ?
「それより、今日は遅かったねー。図書館に行ってたの? それとも本屋で立ち読み?」
優奈は雑誌を見るのをやめ、スナック菓子を片づけ始める。雑誌は俺の方へと渡す。
要らないんだけど。
「まぁ、そんなとこだ。あと、この雑誌いらない」
「そうなんだー。お兄ちゃんは読書家ですなー。うん。私もこの雑誌いらない」
この野郎。
さりげなく、雑誌を押しつけやがって。
俺はしぶしぶと雑誌を手に入れる。
「優奈は何やってたんだ?」
俺がそう聞くと、優奈は困った表情で、
「ん~。朝起きてダラダラして、昼もダラダラして、今もダラダラしてるから~」
「いや、もういい。分かった」
ナマケモノも驚くほどにダラダラしていたに違いない。
戸棚にしまっているお菓子もここんとこ消費が早すぎる気もする。
「あ、そうだ。お兄ちゃん」
優奈は何かを思い出したようで手をポンと叩いた。
声に出さなくていいから、さっさと片付けろよ。口はいらないから手を動かせ手を。
というか、こいつの閃きは嫌な予感しかしないのだが。こういう時は即刻、会話を切り上げるのが吉だ。
「お兄ちゃんに問題です」
「答えは一番だ」
「選択肢があること前提!? そして、まだ何も言ってないんだけど!?」
流石に話を切り上げるのが早すぎたか。
悪いがお前の問題に付き合うつもりはないぞ。お兄ちゃんは今からぐうたらするという大事な使命があるんだ。
「明日は何月何日でしょう?」
無理矢理優奈は俺に質問を投げかける。
得意げに微笑むこの笑顔は何の意味があるんだろう。
明日は5月5日。5月5日といえば日曜日。日曜日といったら……。
俺はこのヒントから素早く解答を見つけ出す。
「ブラッディ・マンデイかっ!」
「違うよ! 月曜だから良いってもんじゃないよ!っていうか月曜日でもないし!」
あれ?正解だと思ったんだけどな。まさかの不正解とは。
「わざとやってるでしょ? お兄ちゃん」
ジト目でこちらを見てくる妹。知らん顔で目を逸らす俺。
5月5日。本当は分かっていた。
その日はゴールデンウィークであり、こどもの日であり、さらに、
妹の優奈の誕生日。
「うう~」
優奈が泣きそうな顔で俺の目を見つめてくる。八重歯を僅かに見せながら、半べそをかいている。やべえ。可愛い。何か俺、変な扉開いちゃいそうだよ。ゾクゾクするよ。これが恋なの!?今なら、兄弟でも結婚できるんだと言えちゃいそう。
俺はカッコ良く笑顔で、
「冗談だよ。マイシスター」
「あっ、そういうのキモいんでやめて」
……ひどい。
我が妹ながらあざといよ。あざとすぎるよ。大人の階段を上るにつれて、魔女とか言われるの時間の問題だよね。
俺がチョロいんじゃない。こいつが魔女なんだ。
ホントに中学1年生?
「お兄ちゃんは分かってると思うけど、明日は私の誕生日です。あとは言わなくても分かるよね?」
全然分からん。
「私からはこれをプレゼントー」
俺は優奈からある紙切れを受け取る。その紙切れは以前弁当の件で見覚えがある材質。俺の鞄の中に入ってた紙の材質と同じ触り心地である。
デジャブを感じながら、紙に書いている内容を見てみる。
明日、私が食べたいもの。
焼肉。
とだけ書かれていた。
「何これ?」
俺は思った事そのまま口に出す。
「え? 見た通りだよ?」
俺はどう返答すればいいのやら。
優奈は目を輝かせながら、
「お願い。優奈は明日、焼肉が食べたいな。誕生日だからいいでしょ~」
俺の両親は生活費だけを銀行に振り込んでいるため金銭には限りがある。
だから、こういう誕生日とかの特別の日は生活費を使用せず基本自費となっている。生活費が無くなったら餓死する恐れがあるのでお互いの自費で補っていくという仕組みだ。
それでも俺は村川との外出で幾分かお金を使っているところなのでこれ以上の出費は避けたいのが本音である。
「申し訳ないが、俺は」
「お兄ちゃん……」
うるうると涙目の上目づかいで俺に懇願の意志を向けてくる。
出たよ。必殺キラキラビーム。
説明しよう。必殺キラキラビームとはあざとい仕草と可愛い表情で取り繕って純真な気持ちを踏みにじる戦術である。よくある例で挙げるならば、どしゃ降りで段ボールの中の捨て犬がこちらを見てくる素振りが一番近いだろう。救いの手を伸ばさずにいられない。そんな善意を利用して行うことを指すのである。
「分かったよ。明日にでも買ってくればいいんだろ」
俺は溜息を吐き、白旗。
「わーい。お兄ちゃん大好き」
泣きそうな顔はどこに消えたのかすっかり表情が元に戻ってる。
調子の良い奴め。
「はいはい。それよりも夕飯の支度するぞ」
「うん!」
俺と優奈は焼肉の約束を交わし、夕飯の準備へと取りかかった。