俺は欲しくて彼女は……
区切りをつけました。
この話で1章完結です。
相沢との件は考えていたよりも問題にならなかった。
深城が事の発端を説明し、他に何人かの目撃者の証言を元に警察は俺達に口頭での注意で不問にした。俺達よりも相沢達の方が問題になったようで両親に連絡されているらしい。
やっと、俺と村川や深城は警察に解放されて、夕方も暮れてしまった空の下で一息ついていた。
それぞれお互いに無言の会話が続く。
「じゃあ、俺は帰るから」
こんな無言空間にいても気まずいだけだと俺の思考は処理し、一足先に家に帰ることにする。
「待ちなさい」
深城の声が俺を制止させる。
彼女は少しムスーと怒っている表情で肩を組んでいる。
「あなたの家はゆいと行先が一緒よ。せめて、送っていってあげなさい。辺りも暗くなっているわ」
「……分かったよ」
実を言うと、「深城と村川は友達同士何だから一緒に帰ればいいだろ」と返答してやろうと俺は思っていた。
だが、それでも彼女の性格的に意見を譲らないだろう。他にも、何かしらに対して怒っているように見える。
これ以上、ややこしくなるのは勘弁願いたいのが俺の本音であった。
今回ばかりは彼女の意見を尊重する。
「来い村川。近くまで送るぞ」
「う、うん」
返事は聞こえたものの、村川はその場を動こうとしない。足を行ったり来たりと俺と深城に目配せをする。
村川が何がしたいのかさっぱり理解が出来ない。
俺が嫌なのだろうか。
俺がして見せたあの土下座。あれで軽蔑するなと言うのも無理な話だ。最終的には、同級生の女子に助けられるなんてアホすぎる。
そう判断すると、村川が俺と一緒に歩きたくない理由はちゃんと理解ができた。俺というラベル、負け組と行動を共にするなんて屈辱以外の何者でもない。
「村川。お前が俺と帰るのが嫌なら、素直にそう言えばいいんだぞ」
「えっ? ち、違うよ! 全然そんなこと思ってないよ。ただ、有希も一緒に帰らないのかなーって」
何だよ。折角、気を遣ったのに。俺の自意識過剰かよ。
「ごめんなさい。私はこれから用事があるのよ」
村川の問いに深城は淡々と答える。
残念そうにそっかーと村川は頷いた。それで彼女のつっかえは取れたようで俺の元に駆け寄る。
「分かった。じゃあねー有希。今日は本当にありがとう!」
村川は嬉しそうに元気よく手を振る。
俺からは何も行動にすることはない。今回に限って感謝はしていないからな。ありがとうなんて言う必要はない。
「ええ。さよなら、ゆい。それから、あなたも」
「ああ」
深城は目線をこちらに向けたので、一言だけ返事をした。
俺と村川は歩き出し、深城に見送られて別れる。
深城と別れてからの会話はないと考えていたが、別れてからものの数秒後に村川が口を開く。
「上井草君もありがとね」
お互いに肩を並べながら、俺達は帰り道を進む。そして、俺にギリギリ聞こえるぐらいの小声が響く。
「俺は何にもしてねえよ」
実際に俺は何もしていない。あの状況で俺は負け組の責務を果たし、村川と深城が勝ち組として正しい行動をしただけだ。
深城は勝ち組だ。
だからこそ、俺の気持ちが分かるはずもなく、一人で強引に解決策を立てようとする。
村川だってそれは同じはずだった。
なのに―。
「どうして逃げなかった?」
「えっ?」
俺の言葉で村川は首を傾げる。
俺としたことが思ったことがつい声として発してしまっていた。俺はしまったと若干、冷や汗を背筋に感じつつも、
「悪い。何でもない」
と俺は顔に体温が上がっていくのが分かった。
ほんの一瞬、村川は表情を固まってから、すぐにニコッと笑みをこぼす。
「上井草君って少し不器用で優しいから。私にとって上井草君の行動は分からないことも多いけど、それでも、どこかに行動の理由があって、意味もあって、だから、私は逃げなかったんだと思う」
村川は続けて、「うーん。何て言えばいいのか分からないやー」と頬を掻いた。
は?俺が優しい?冗談はやめろよ。
「俺は優しくなんてない」
「そんなことないよ」
ニコニコと村川は笑顔で俺の発言に異を唱える。
俺は目線を合わせずに徐々に歩くのが速くなった。素直に優しいと言ってくれるのが、どこかむず痒くて、どこかぎこちなくてこの場にいるのが恥ずかしくなってくる。
「ちょっと! 上井草君。歩くの速いよ」
村川は慌てて俺の後ろに付いていく。
「付いて来るな」
「ええ~。ひどいよ。明後日、私が奢ってあげるのに―」
その約束はまだ有効だったのか。てっきり時効かと思ってたよ。
あと、奢ってあげるって言い方が少しおかしくないか。その奢りっていうのは元々は俺のツケからきてるよね?
「今日は色々あったから大変だったけど、今度こそは一日中楽しもー」
「いやだ」
「三文字で断られたっ!?」
俺と村川のふざけたやり取りはここから村川の家に着くまで続いた。
いじめの痛みは一人では受け止められない。
受け止められないこそ、心が苦しくなるし、死にたくなることもある。
だけど、俺には幸いなことに「理解者」がいたのだ。
おそらく、それがあるのとないのとでは全然違う。
世の中は悪意で満ちている。
悪意で満ちているが、それが全部が全部悪意で満ちていないことを俺は知っている。
ちゃんと俺には「優しい人」がいることも知っていて、「理解者」がいることも知っている。
俺は村川が「優しい人」ではなく、「理解者」であって欲しい。これは単に俺のワガママだ。
そんな贅沢な欲望を抱きながら、俺は「悪意」を鼻で笑った。
一応これで1章完結です。←章とかあったんだとか言わないで(笑)
ここまで読んでくださり、本当に本当にありがとうございます!