俺は決意し彼女は……
この展開は人の好き嫌いにかなり分かれると思います。
ご了承ください。
大通りで人だかりができている。その人だかりの中心には俺達がいて、俺達が人だかりの原因を作っていた。
これは警察が来るだろうと思いつつ、俺はこの場の状況に集中する。
「何しやがる。こいつ!」
相沢たちは村川に視線を集める。
彼らは俺の事はすっかり忘れたように村川の方ににじり寄っていく。村川の表情には怯えを見せながらも俺に視線を合わせ、笑みを浮かべていた。
畜生。そんな目で見るな。俺には相沢を倒せるような強さも持っていなければ、この状況を解決できるような策もないんだ。負け組に期待なんかしても得るものはない。それは勝ち組のお前が重々承知だろうが。
それでも、俺にはできることがあるならば、
それはきっと―。
「おっ。クマのぬいぐるみじゃん。可愛いー」
相沢のツレが村川の持ってたクマのぬいぐるみを取り上げる。俺がクレーンゲームで取ったものだ。
「か、返して」
必死に村川が手を伸ばそうとするが、彼らの身長には遠く及ばない。
冷静になれよ。上井草 雄平。ここで動いたら、村川がくれた優しさや俺がするべき意図も水の泡になる。
今はまだ行動に示してはならない。
行動するのは彼らが完全に俺を視覚として捉えられなくなった時だ。俺を眼中から消した時だ。そして、彼らがいい気になった時が勝負である。
この方法は俺が長年イジメられなければできない特権。
彼らがなにで喜び、なにでイラつかせるのかという心理をついた俺にしかできない特権だ。
「マジお前が悪いよ?俺らにチョーシコクことするから」
相沢はそう言って、ツレの一人からぬいぐるみを渡された。そのまま、上半身と下半身をそれぞれ片手で掴み、引きちぎろうとする。
「やめてよ!」
村川は後ろからツレの一人に取り押さえられ、ジタバタと足掻く。
愉快そうな表情で相沢は難なくぬいぐるみを引きちぎった。
「ひ、ひどいよ……何でこんなこと……」
村川は今にでも泣きそうだ。
「あはははははは。マジウケるー。何ぬいぐるみごときでマジになってんのーこいつ」
「だよなー。馬鹿みたいだ。ギャハハハハハ」
「ってか、キモっ!マジキモっ!」
相沢を含む奴らは心底愉快そうにゲラゲラと笑いあっている。
俺をガン無視。そして、彼らのボルテージマックス。
最高のタイミングだ。
俺は小さく息を吐く。
村川、分かったか?お前が何回集団から襲われても俺は助けない。そんな最低野郎だから俺はイジメられるし、いつまでたっても負け組だ。
だけどな、今日貰った好意や優しさは返しておきたい。
これから俺がすることは時間稼ぎ以外なにもしない。
ただ、村川が逃げる時間を稼ぐぐらいはできる。俺が助けないと分かった以上、村川にはこの場から去るという選択肢しかないはずだ。
村川は勝ち組らしく、堂々とその役割をやり遂げた。
なら、今度は俺も負け組らしく、その役割を全うしようじゃないか。
「おい、お前ら!」
俺は持てる限りの肺活量を使い、声を張り上げる。
視線は全員こちらに向く。
気分を損なったように俺へと近づいていくる。
「あ?」
相沢のツレが首を傾げ、ガンを飛ばす。
すぐさま俺は足を地につける。
正座をしてから相沢達に掌も地につけ、ゆっくりと額を下げる。
これが俺にしかできない方法。
いじめによって幾多の人にプライドを傷つけられ、自尊心の欠片もなくなった俺ならではのやり方。
プライドを傷つけることが最早俺のプライド。
これが負け組の経験で得た。
THE・土下座。
連中も見事にツボに入ったようで、
「あははははははは。あいつ最高ー」
「土下座してるぞー。しかも公衆の面前で」
「やっぱ、カス井草だわー」
何とでも言え。
お前らが俺に集中すればするほど、村川の存在が薄くなる。
相沢は鼻で笑い、俺の前に立つ。
と、同時に自分の足を俺の頭に乗せ、力を入れてくる。俺はその力に従い、コンクリートの地面に額が直撃した。
こんなの痛くもない。一番痛いのは村川の方だ。村川の方が勝ち組なのに屈辱を味わい、傷ついたはずだ。
俺が傷つくのはいい。慣れているから。
しかし、村川は慣れているはずがない。
俺はこんなことぐらいしか、彼女を助けられないけど。
俺を見捨てさせることしかできないけど。
俺のやり方は正しいのだと信じたい。
「上井草君にひどいことしないで!」
村川の声がひどく響く。
一瞬何が起こったのか把握できなかった。
俺の目に映る光景は村川がタックルで相沢に尻餅をつかせていた。
「大丈夫?」
村川の声で俺は我に返り、俺が見た光景は現実なんだと分かる。
「お前、何やってんだよ。折角、時間を稼いでやったのに」
と俺が言うと、村川はなぜか安堵して、
「やっぱり時間稼ぎだったんだね」
嬉しそうに微笑む。
やっぱりってなんだよ。やっぱりって。だから、そんな期待すんじゃねーよ。
「クッソ。てめえらマジ殺してやる」
俺達は不意をつかれ、相沢は村川目掛けて拳を振る。
ヤバい。間に合わない。
と俺が思っていたその時だった。相沢の拳は村川の顔面直前で止まる。
いや、誰かによって止められていた。相沢の筋肉質の力をものともせず、そいつは相沢を抱え込み見事な背負い投げをきめる。
そいつは俺の方へと声をかけてくる。
「人だかりができていたから何かと思えば、偶然なこともあるものね」
「深城……。ホントに偶然だな」
そいつ―深城 有希が普段通りの口調で俺に話しかけてきた。
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