彼女は優しくて俺は……
急展開です。
不快な部分があるのでご注意ください。
俺達は人混みの多い大通りに歩いていた。ここら辺は割と遊べるところが盛んな場所である。
俺と村川はファミレスから出た後、洋服を見て回ったり、水族館に行ったり、村川が考え付く場所へ遊びにいった。俺は洋服なんて興味もないし、水族館にも行ったことなんてない。ましてや他人の誰かと一緒に一日ずっといるなんて生きていて初めての事だった。
遊び代のお金は俺が全部支払い、ツケで明後日に返すということになった。なってしまった。勝ち組の威厳には勝てませんでした。
暑かった昼も時間が経つごとに気温が下がり、気がつくと空は夕焼雲で広がっている。俺はそろそろ見切りをつけて帰ろうと試みているが、村川は満足していないようだ。次は何しようかなどとぼやいている。
「ねー、上井草君。何か他に店なかったけ?」
もう勘弁してくれよ。こっちは歩き疲れてへとへとだ。最後に座ったのが、水族館でのイルカのショーを見て以来なんだぞ。
「そろそろ帰るぞ。暗くなってきたしな」
俺は辺りの景色を言い訳にして帰ることを主張する。案の定、村川は不満そうに、
「え~。これからだよー」
と俺の提案を却下する。
俺は溜息を吐き、前へと進む。
そして、出会った。
「…………」
俺は声を発することもなく、表情に出すこともしない。ただただ、ポーカーフェイスを貫く。
一瞬、言葉が喉元まで出かけた。すぐさま飲み込む。
中学時代。俺はいじめを受けてきた。そのいじめを起こした主犯格でもあり、リーダーを仕切っていた人物がいた。そして、彼の周りには何人もの人がいて、そいつらが全員がかりで俺を貶めてきた。
今や彼らは中卒だった為会うこともなくなったが、学校が変わっただけだ。住むところは変わらない。
くそ。だから、外出したくないんだよ。
そいつらが今、目の前にいる。これは非常にまずい。
村川を巻き込んではいけない。俺は小声で彼女に言う。
「……村川。俺が絡まれたら逃げろ」
「えっ?」
村川は何の事だか分からずに俺の方へと見てくる。むこうは気づいていない。このまま歩き去ってくれるならと願う。だが、俺の願いは虚しくも消え去る。
俺が気づいた数秒後にはそいつらの周りの一人が、
「あれぇ?いつぞやに俺らを先公にチクったゲスじゃ~ん」
一人が反応すると全員も俺を認識する。
全員が俺を見ると、一気に目の色が変わる。その眼はおもちゃを遊ぶ目もあれば、憎しみの目もあり、人によってさまざまだ。
「誰だっけ~こいつ、カス井草だっけか?」
「いや、ゴミ井草だろ」
ぎゃはははと汚らしい声が大通り全体へと響いていく。奴らはこちらにぞろぞろと周りで囲み逃げられなくする。
最悪なことに村川とともに囲まれている。もう少し、俺が早く気づいていれば、村川を巻き込まずに済んだのにと後悔する。
「どうします?相沢さん。いっちょサンドバックします?」
相沢のツレの一人がへらへらと笑いながら拳を握る。
俺達を囲んでいる人数は全部で5人。その5人の中の一人、相沢という男こそリーダーを仕切っていた人物。
「いや、サンドバックはいつでもできる。今はそうだな……」
相沢はニヤッと微笑むと村川の方へと見る。村川の足はガタガタと震え、怯えている。
これはやばい。
俺は直感的にそう感じ、注目をこちらに集める。
「はっ!まだお前らそんなことやってんのかよ。これだから、中卒は馬鹿だなー」
俺の軽い挑発を真に受けたようだ。相沢は俺の方に視線を移す。
俺は背後にいたツレの一人に体を抑えつけられる。これで俺を殴る準備は整った。ほら、存分に殴れ。
「チョーシコクんじゃねーよ!!」
相沢の拳は俺の腹へと直撃する。
かなり痛い。嘔吐しそうだ。
けどな、俺はこの中学の三年間耐え続けてきたんだぞ。早々、この程度でくたばってたまるか。
負け組は負け組らしく。
常に負け組であれってな。
相沢たちは俺に集中している。これで村川に隙ができる。逃げれる機会が増える。
分かっただろ。村川。俺はこういう奴なんだよ。自分で抱えてる問題すらもまともに解決できない。こんな奴、さっさと見捨てて、どっか逃げちまえ。そうすれば、もう俺に関わらなくて済むし、誰も傷つかない。
いじめは鎖だ。永遠に取れることのない鎖。仮に取れたとしても必ず痣が残る。
その鎖は特別製で藻掻けば藻掻く程より深く強く締まる鎖なんだ。誰も無傷で取れやしない。勝手に鎖を外した気になって、解放された気分になって、実はまだ束縛されているというこの矛盾。
俺はこの構築されている矛盾を、そして、その矛盾によって構築されている世の中にどこに善意があるというんだ?どこに優しさがあるんだ?
鎖を施錠していく彼ら勝ち組に負け組はどう解決するんだ?
否、解決はできない。しかも、この鎖は連鎖を起こす。
一つのいじめが起これば、誰かが犠牲になり、また誰かに対して鎖で繋がれていく。
結果、俺が出す結論は一つ。
解決ができないのなら、一人に対して複数の鎖で繋げばいい。
それが俺自身が生み出した最善の選択。
村川、お前は鎖に繋がれなくていい。
俺だけでいいんだ。
「上井草君を放して!」
―え?
何やってんだよ。村川。
俺の目が正常であれば、村川が俺を抑えつけている一人をタックルでぶっ飛ばしていた。そいつも予想外だったようで体はよろめき、俺の身体は自由になる。
「何でそうやって一人になって……抱え込んじゃうのさ。昔から変わらない……」
村川はボソボソと小さな声で呟く。
その言葉は俺の耳には届かない。
村川は怒った表情で俺の方へと向き、
「上井草君の馬鹿」
涙声混じりで俺に言い放つ。
馬鹿はお前だよ。馬鹿。
せっかく、逃げるチャンスだったのに何してくれちゃってんだ。
おそらく、彼女はとても優しい―。優しいから俺に好意を向けてくれる。
ならば、俺は彼女の優しさに答えなくてはいけない。
では、俺はどうするべきか?
その答えはもう出ていた。
来週は事情があり、投稿できないかもしれません。
ごめんなさい。




