恋をした
恋をした。
恋をしたんだ。
恋をしちまったんだ。
「うぉぉぉぉぉ!?」
オレは自室のベッドに倒れこむと、悶え、転がりこむ。
いや。いやいやいや!
なんで恋しちまったんだよオレ!?
普通の相手ならイイさ!
けど相手はクラスでも可愛いと評判の女の子なんだぜ!?
名前は星織 由比。ちっちゃくて、いつも笑顔がほんわかしてて。
妹にするなら星織さんみたいなのがイイ。とにかく可愛い。ほんと、イイ娘だよな。
今のはオレの評価じゃない。一般的な意見だ。
とにかくそんな意見が自然と出るくらい可愛くて、クラスどころか学校中でも人気なんじゃないかと思う。
あぁ、そんな星織に恋をしちまうなんて。彼氏がいるって噂は聞いた事はないが、どう考えても絶望的だ!
しかもきっかけは単純な物だ。文化祭の準備で物がごった煮化していて自分のハサミがどこかに行ってしまったのか、丁度持っていながら使用せず他の準備をしていたオレに頼ってきたのだ。
『綾瀬くん。ハサミ貸してくれないかな?』
『おぅ。今は使ってないから好きに使えや』
『ありがと、綾瀬くん!』
そんな、何気ない会話だ。何気ない、笑顔だ。
特別オレに向けられた物ではなく、誰にでも見せる笑顔だ。
あぁぁぁぁ…。なのに、オレは恋をしてしまった。
特別でも何でもなく、ただ普通に向けられた笑顔で。
しかも、星織に彼氏はいなくても好きなヤツはいるという。
ここでオレのクラスの連中だと話していたなら興奮状態のオレは可能性あるかも!?と勘違いしていたかもしれないが、『名前は秘密だけど…先輩』と本人が女子たちとの会話の中で答えていたのを聞いた。
…ヤバイ、苦しい。胸が張り裂けそうだ。
だけど、どうする事もできない。告白しても星織を困らせるだけ。
せめて気持ちだけでも、なんて考えるヤツもいるかもしれないがオレは星織に迷惑がかかる事をしたくない。
だから、素直に諦める。この気持ちは胸の奥に閉まって忘れる事にしよう。
なんて、できるかぁぁぁ!?
1秒ともたずに星織の笑顔がフラッシュバックして胸が熱くなる。そして報われないと胸が苦しくなる。
諦めろ。諦めるんだ。他の事を考えて、星織の存在すら忘れ…。わす、れ…。…忘れられるか!
今度は1秒どころか一瞬もできなかったわ!
えぇい!なんでもイイ!とにかく興奮しきったこの気持ちを押さえろ!このままじゃ星織に迷惑がかかるだけだ!
よし、そうだ!自転車をとにかく全速力で漕いで疲れ切って死んだように眠ろう!そしたら少しは収まる!
部屋から飛び出し、母親が晩飯は~?とのんびり聞いてきたがいらん!と答えて外に出て自転車に乗る。
内心ではうぉぉぉぉ!と叫びながら、とにかく自転車を漕ぐ。漕ぐったら漕ぐ。
フハハ、今のオレならオリンピックで金メダルもとれるぜ!あそこで最高のターンを決めて、世界新だ!
「あれ、綾瀬くん?」
「………!」
普通に、道中に星織がいた。
水と白色のワンピース。私服で、コンビニ帰りなのか誰にでも見覚えのあるコンビニチェーンの袋を持って。
オレはつい急ブレーキを踏んで停止してしまう。
おい、馬鹿オレ。
止まってどうするんだよ…!
「わ、凄い汗。もしかして急いでた?ごめんね」
「い、や…。特に、用事があったワケじゃないんだが…」
「そうなの?あ、だったらちょっと待って」
星織はコンビニの袋だけてはなく、花柄のついた可愛らしい肩掛けバックも持っていた。
バックの中からハンカチを取り出すと、オレの顔に当てて…。
「お、おい星織…!」
「えへへ…なんだか恋人同士みたいで恥ずかしいね」
「…!?…っ!?」
「あ、そういえば今日ハサミを貸してくれたお礼してなかったよね?よかったら一緒に食べる?」
星織はいつものほんわか笑顔を見せながらコンビニの袋の中からチョコスナックを取り出した。今の恋人みたいは…何気ないジョークなのだろう。
それでもオレの心臓は飛び跳ね、苦しみ…。…ちくしょう、無邪気に小悪魔すぎる。そこも好きだけど!
「…綾瀬くん?」
「…!?お、おう。なんだ?」
「なんか変な顔してたよ?」
「…えぇい!その変な顔がオレの素だ!」
「なにそれ、変な綾瀬くん!」
いつものほんわか笑顔とは少し違い、心から面白そうに星織は笑ってくれた。
…あ。ダメだわ。
今の笑顔も、日常で使う笑顔の一種だというのに。
もっと、いろんな表情を見たいと思ってしまった。
今みたいにいろんな種類の笑顔だけではなく、怒った顔も、拗ねた顔も、泣いた顔も。なんでも見てみたい。
変態的な意味じゃないぞ?オレは、星織の…とにかくいろんな種類の顔を見たいと思ってしまったのだ。
…なんだか、さっきまでの恋とは違う。
ただ星織の笑顔に虜になっただけではなく…もっと、いろんな星織を見てもっと恋をしたいと思ってしまったのだ。
オレは恋をする。恋をした。
さっきみたいに星織に迷惑がかかるとか思うよりも…。
素直な星織を見るために素直なオレを知ってほしかった。
そう上手くいかないのは分かっている。
オレが素直になったからって、星織がオレに素直にいろんな表情を見せてくれるのではない。
「…なぁ、星織」
「ん?どうしたの綾瀬くん?」
いつもと変わらないほんわか笑顔。
オレはそれ以外にももっといろんな顔を見たいんだ。
オレは、心から星織に恋をした。