第10章 坂田と渡辺
月曜の病院は外来の診察でごったがえしていた。
医療秘書の高木が走り回りながら、投薬券を薬局にもっていったり、受付票の順番を確かめている。
とくに精神科の外来は月曜は混む。
土日は外来が休みなためなのだが、とくに精神疾患の患者は休みの日に心が不安定になる。
今日は休みだと気負いすぎるためかもしれない。
午後3時になりやっと一息つけた坂田は、となりの診察室で渡辺医師の声が聞こえていた。
相変わらず忙しそうだ。
高木くん、これ渡辺先生に渡しておいてくれないかな?
自筆で書いた手紙を渡して、入院患者の回診にでかけた。
夕方、回診を終えた坂田は医局にもどると渡辺はもう医局にもどってきていた。
あ、先生、手紙で書いた話ですが・・
はい。
先生はこの一連の人格障害の原因をどうお考えですか?
うーん・・この間のカンファレンスでお話した内容とほとんど変わらないんですが・・
つまりは、気が関係していると?
そうです。
もう少しわかりやすく言ってもらえないですか?なにせ西洋医学しか知らないもので中医学はまったく素人で・・
つまりは、人格障害者がある時期、特定の地域に多く存在する理由について知りたいのでしたよね?
はい。
こうは考えられないですか?つまりは、朱に交われば赤くなるという感じです。普通疾病は遺伝的要因、ウイルスなどの細菌感染、外傷など外の環境によるもの。それ以外にあるとしたら気だと思ってるんです。
はい・・
気はある特定の周波数を持ってると考えてみてください。その周波数に同調すると同じような気が発生すると。
同調という奴ですか?
そうですそうです。さすがは坂田先生、西洋医でも物分りが早い。
ラジオを考えてみてください。ここにAMラジオをおきます。
そうするとラジオから声や音楽が聞こえる。
はい。・・・
じゃラジオを止めて僕がそのラジオのあった場所に行きます。
そうしても僕の口からは音楽は聞こえない。
はい。
同調しないからですよね?
同調したら、声帯もあるんだし音がでるかもしれない・・でも同調しなければ音はでない。
という事は、同じ地域にいる人は同調してしまっていると?
そうそう。そう考えるといいんですよ。
同調するということは同じ精神波動をもつと考えていい。
もともと近い周波数の持ち主だったってことです。
で、治療はどうやってするんです?
・・・治療法はないですよ。
え?原因がわかっているのに?
気の周波数を変えるってことは今の西洋の精神医学では不可能ですよ。そういう理論体系がない。
じゃ渡辺先生はそのままほっておけと?
坂田先生・・もしそっちの方が当たり前の社会だったら?
え?どういう事ですか?
だから、我々のいる現代の常識と違う常識をもつ人たちが生まれてきてるってことです。
過去の時代に人を食べることも当たり前って時代があった。
この時代に食べるのをやめなよ!と声高に叫んだ人がいたとしたら、この人は人格障害とみなされたのかもしれませんよ、過去の時代には・・
ということは、時代が変化しつつあると?
そういう事です、サディスティックやマゾスティックが当たり前で、男と女のセックスも今と違う、傷つけあうことが当たり前だ、常識だという世界に変わっていけばSやMに入らない人は人格障害扱いされることなのです。
先生・・先生はこの状態をほっておけと?
我々精神科医の役割は、社会の害になる精神患者を隔離したりする権利を持っています。
措置入院という形でね、それは当然お分かりでしょう?
だから問題行動が害になる場合のみですよ。
問題行動があっても害になっていなければ措置入院はできないのです。
あちらから助けを求めてきた場合以外はね。
坂田は立ち上がって窓の外を見た。
とうに夕暮れは終わってあたりは暗かった。
外灯に人の歩く姿が見えていた・・
世界は変わる・・その変革が近いのか・・・坂田は呆然と立ち尽くした。