帰路は"少し強引な約束"
綾波君は、やはりあの時間の電車に乗ってくるのだろうか
そう思い浮かべてすぐその考えを否定する。
誰が好んでからかっただけの相手が乗っている電車と同じにするような事をするのか。
……あ、今の痛いなぁ
対象外の方がどれだけよかっただろう。
そんな遊びのターゲットにされるくらいなら。
――――…でも、話せて嬉しかった。
そう思う自分は救いようのないバカかもしれない。
傷つきたくないと望むくせに、会いたいと願う。
遊びは嫌なのに、それしか聖の視界に入る手段がないのならそれでもいいと。
思いたくないのに、思えてしまう。
落ち込みに比例するように頭を下げていると、影ができた。
「…おはよ」
「…っ!」
ずっと頭の中で思い浮かべていた本人が目の前にいて思わず言葉に詰まってしまう。
聖は少し寝不足そうな顔をして、心なしか弱弱しい笑みを浮かべた。
小さく欠伸をした聖を見て、美波留もようやく声をかける。
「…眠そうだね」
「あー、うん」
「朝、弱いの?」
「うーん、それもあるけど単に寝不足かな。今日は」
落胆とも悲しみともなんとも言えなような複雑な表情で聖は笑った。
「ふーん…」
会話が、続かない……っ!
と。
「わりぃ、ちょっと我慢して」
目の前が暗くなり、ワンテンポ遅れて脳が働く。
「………っ!!!!」
息をのむ。必然、呼吸が止まる。
壁際に横向きに立っていた美波留に覆いかぶさるように聖が壁に手をついた。
つまり美波留の顔の正面に聖の横顔があるわけで…。
ち、近い…っ!
思わず半歩後ずさると背中に聖の腕があって、それでまた飛び上がりそうになる。
目の前の聖はそれに気付いているのかいないのか、目をかたくつむって眉根をよせていた。
う…しかめ面
ドキドキしていた芯憎悪顔一気に萎えていく。
居心地が悪くて身じろぎすると、聖がしかめ面のまま口を開いた。
「ごめん、ちょっと見つかりたくないやつがいて。しばらくこのままでいていい?」
至近距離で目があい、一も二もなく頷く。
再び早くなった鼓動だが、先刻ほどまでの焦りはない。
自然と視線は聖に向いた。
…まつげ、長いなぁ
二重。
少し茶色に染められた髪。
首もキレイで、だがのどぼとけが男らしさをうかがわせる。
かっこいいな、しょうもなくそんな事を思った。
「…あのさ」
突然聖が口を開いた。
「連絡くれなかったね」
「…え」
聖を見ると苦笑にも似たものを浮かべていた。
「待ってたんだけどな」
冗談ぽく続けられて美波留は耳を疑った。
―――――何を、言ってるの。
間違ったメールアドレスを渡したのは貴方じゃない。
からかっていただけなんでしょ。
わけがわからない。何がしたいんだろう――――綾波聖という男は。
何も言えないでいると、聖がパッと離れた。
「…ごめん」
ツキン、と胸に痛みが走るほどの、言葉。
どうして謝るの、からかったこと認めるの?
じゃあどうしてそんな顔するの、傷付けられたのは私じゃない。
ねぇ綾波君――――ずるいよ。
遊びならさっさと見切りをつけてよ。
冗談ならあからさまな言葉にしてよ。
楽しんでるなら笑ってよ。
―――――もう、かき乱さないでほしい。
「…どうして」
離れたとはいえ登校時刻の電車内。超満員ではなくてもそれなりの人数が詰め込まれている車内ではそんな遠くへは行けない。
そのため美波留の声もばっちり聖に聞こえたらしい。
「え?」
「どうして謝るの?」
「や、それは」
「わざと違うアドレス教えたこと?」
ああ、ダメだ。こんな責めるような口調。
私、今絶対みっともない顔してる。
ほら、綾波君の顔が呆然としてる。
―――でももう嫌だった。
これ以上振り回されるくらいなら、傷が浅いうちに現実を突き付けてほしかった。
少しずつ深くしたりするんじゃなくて、スパッと切りつけてほしかった。