対面は"不機嫌なはじめまして"
アヤナミ君は逃げようとした痴漢に一発お見舞いすると近くにいた駅員を呼んだ。
調書のため軽い質問を聞かれる。
「学校と名前は?」
「西宮高校の貝沢美波留です」
「美波留」
アヤナミ君が確認するように呟いた。
特に意味はないのに低いその声で自分の名前を呼ばれたというだけで顔が赤くなる。
「君は?」
「あっ・・・綾波聖です」
「綾波聖、と」
美波留は駅員が書き込んでいる書面をそっと覗き込んだ。
綾波聖
綾波って書くんだ・・・・
聖って格好いい名前だなぁ・・・
その後もいくつか質問され美波留たちは解放された。
聖と2人、放り出されて微妙な沈黙が続いた。
「・・・・なんで」
「え」
先に口を開いたのは聖だった。
「なんですぐに周りに助けを求めなかったの」
「え・・・」
聖は不機嫌なのか怒りを隠そうともせず美波留に問い詰めた。
「泣くほど嫌だったくせに。俺がいなかったらどうするつもりだったの?もしかして降りるまでヤラれてるつもり?」
「そんな・・・」
美波留はフルフルと首を振った。
涙がポロリと一筋流れる。
聖の顔が歪んだのを見て自分が泣いているのに気付いた美波留は慌てて目元を拭った。
「あ・・・えへへ。なんで泣いてるんだろ。綾波君が助けてくれたおかげでもう平気なのに。
あ、私お礼も言ってないね。ありがと綾波く・・・」
「泣きながらお礼なんて言われたくないよ」
聖の冷たい言葉に今度は美波留が顔を歪めた。
聖がしまった、という顔をして美波留はますます胸が痛んだ。
この人は本当にあの人なのだろうか
あの時泣いていた赤ちゃんにストラップを差し出すような優しい人なのか。
「で・・・でも、助かったのは本当だから。お礼・・・・」
「うん、だからさ。・・・泣くの、止めてほしいんだけど」
美波留はキョトンとした。
これはもしかしなくても・・・
「困ってる・・・?」
美波留に泣かれて。
聖は恨みがましそうに美波留を見た。
けどその瞳はもう怖くない。
「分かってんなら泣くの早く止めてよ」
ぶっきらぼうな物言いは図星をつかれた照れ隠しであるという事がありありと分かった。
「ふふ・・・」
つい笑ってしまって慌てて口元を押さえる。
恐る恐る聖の表情を伺い、美波留は固まってしまった。
「そっちの方がいいよあんた。まぁ、理由はいただけないけど」
聖は優しい表情で美波留の頭をグシャグシャになで回した。
突然の事に反応できずにされるがままにされる。
美波留は暴れまわる心臓を落ち着けるのに必死だった。
びっ・・・くりしたぁ
あ、あんな顔いきなりするんだもん
不意打ちだよぉ・・・
美波留は先ほど見た聖の笑顔を忘れようと努めては失敗を繰り返していた。
何も言わない美波留を不審に思ったのか、聖が体をかがめてのぞきこんで来た。
「大丈夫?気持ち悪い、か?怖い?」
「・・・・っ!」
突然のアップに美波留の顔が真っ赤になる。
「だだだだ大丈夫です!!」
「・・・・いや、大丈夫には見えないけど」
「あああ最もな意見ですけど、大丈夫です!!!」
「・・・・・・く」
くっくっくっと聖は声を殺すように笑い出した。
その笑顔に美波留は見惚れてしまった。
「面白いな、あんた。・・・貝沢さんだっけ」
「・・・笑いすぎだよ、綾波君」
聖は美波留が見惚れる笑顔を一際深くして「家、どこ?」と聞いてきた。
「え?」
「あんな事あったばかりだし送るよ。・・・・迷惑?」
「う、ううん!そんな事ない!!・・・でも、いいの?そっちこそ迷惑じゃない?」
たとえバツゲームとはいえ、綾波君を振った女なんだよ?
・・・そっか、バツゲームで告白した女の子の事なんかイチイチ覚えてないか
聖の記憶に自分が残っていない事は悲しかったが、もしかしたらこれはチャンスかもしれないと美波留は思った。
私のこと知らないなら、はじめましてからやり直せる。
「うん、乗りかかった船だしね。じゃ行こうか。そろそろ暗くなりかけてる」
歩き出した聖の背中を追いかける。
そのまま私に溺れてくれればいいのに
美波留はそう思って、
「お、溺れるって・・・」
自分の言葉に思いきり照れてしまい聖に不思議がられた事は言うまでもない。
美波留ちゃん、ちょっと混乱して壊れてます笑