プロローグ1
その存在に初めて気が付いたのは高校1年生の初夏。
貝沢美波留が15歳の時だった。
多分毎朝視界のなかに入っていたんだと思う。
だからその姿を認識した時も、初めて見たような気がしなかった。
通学中の電車の中、少しうとうとしていた美波留はつんざくような音に目を覚ました。
薄目を開けて視線をやるとどうやら赤ん坊の泣き声らしい。
んーねむい。数学の宿題難しかったせいで寝不足なんだよなぁ。
自分の安眠を邪魔した赤ん坊への苛立ちが湧くわけでもなくそんな事を思う。
しかしそう思ったのは少数の人間だけだったらしく周囲の迷惑そうな視線が赤ん坊とその母親に集中しているのは否定できなかった。
若い母親だった。おそらくまだ10代。
我が子を泣き止ませようと頑張っているのを見て自分のいつかあんな風になるのかと少々場違いな事を美波留は思った。
その時だった。
赤ん坊の前に学生服を着た男子学生が立った。
手にはいささか不釣り合いのパステルカラーのぬいぐるみのストラップ。
それを赤ん坊の前に差し出すと、ふっ、と車内から泣き声が消えた。
乗客の興味が彼らから薄れていく中、美波留だけは目を見開いた。
眠気はどこかにとんでいってしまって、その男子学生から目がそらせない。
お礼を述べる母親に頭を下げられ困ったような表情。
ふと、その横顔がこちらをむいた。
ドキ――――として美波留はあわてて俯いた。
心なしか心臓がドキドキして頬が熱い。
それから電車を降りるまで美波留は顔があげられなかった。
次の日から彼の姿を追う生活が始まった。
途中から乗ってくる彼の友人達との会話が聞こえるたび心が変な風にはねた。
学校が分かったのは3日後。有名進学校の学校の1年生らしい。
頭良いんだな・・・
同い年というのは驚いた。
彼の身長は170を超えていたし落ち着いた雰囲気から年上だとなんとなく思っていたのだ。
名前が分かったのは2週間後。彼の友達が「アヤナミ」と呼んでいたのを聞いた。
アヤナミ君かあ・・・漢字はどう書くんだろ
6月。アヤナミ君について分かったこと。
傘は透明なビニール傘。
好きな漫画は某海賊物。
部活はバスケットをしていて「練習きつそ」と言う友達に「でも基礎練は大切だから」と返していた。
偉いなぁと尊敬の念がうかんだ。
7月。
アヤナミ君は夏が好きらしい。
好きなジュースはレモン味の炭酸。
嫌いな食べ物は大根
数学が得意らしい。
美波留は昨日出された宿題を思い出して、アヤナミ君が教えてくれたらな、と思った。
8月。
夏休みに入ってアヤナミ君を見る事はなかった。
美波留は部活に入っていないので学校に行く用事がないのだから当然といえばそうだった。
それでも美波留は電車に乗るたびに彼の姿を探した。
キョロキョロしている美波留を不思議に思った友達の木下純にアヤナミ君のことを話した。
「美波留、それって・・・・」
「や、やっぱストーカー・・・かな?キモイよね、やめたがいいのかな・・・」
「そうじゃなくてね、美波留はそれで、そのアヤナミ君の事、どう思ってるの?」
「え」
問いの答えが得られぬまま夏休みが明けた。
9月。
久しぶりにアヤナミ君と電車が一緒になった。アヤナミ君を見た途端、顔がかぁぁと熱を持った。
アヤナミ君は身長が高くなっていた。きっと175cmくらいある。
そっと盗み見するとキレイな顔が見えた。
心臓がおかしなくらいバクバクしてる。
途中アヤナミ君の友達が乗ってきた。いつもは男の子だけなのにその日は女の子も数人いた。
アヤナミ君の肩に触れてるその手が嫌で歯を食いしばった。
駅を出ると走って学校に行った。
胸の辺りがどうしようもなく痛くて純の顔を見た途端泣いてしまった。
「ちょっ、どうしたの!?」
「純ちゃん~」
話を聞いてもらうと少し落ち着いてきた。
「美波留はアヤナミ君が好きなんだね」
こくんと頷いた。夏休みの問題の答えが出た。
10月。
アヤナミ君の真っ黒の髪が茶色に染まっていた。
こげ茶でほんの少しの変化だったけど光があたるとはっきりと黒でない事が分かった。
茶髪のアヤナミ君もかっこよかったけど、なんかアヤナミ君が遠くに行ってしまったみたいで悲しかった。
ただ見てるだけしかしてないのにそう思う自分が嫌だった。
11月。
―――――――――アヤナミ君から、告白された。
長いプロローグです笑