【8】似ている力
――――宴の日取りが近付く。鈴蘭と和臣との遭遇も予想される。
「結界の異能で、何かほかにもできないかな……」
現状できることは結界を張ることだ。
「なーん」
あまり悩まないでと言わんばかりに猫ちゃんが鳴く。
「猫ちゃん」
こちらに来て以来、ずっと一緒にいてくれる。もふもふと顎の下を撫でてやれば気持ちよさそうに目を細める。
「その子は夢さまですよ」
お茶を運んでくれた柘榴さんが教えてくれる。
「夢ちゃん」
「ええ。棕櫚さまの小さな頃から一緒なのです」
「棕櫚の小さな頃から?」
「ええ、あの方は少し特殊ですから」
柘榴さんは少し寂しそうに睫毛に影を下ろす。
「でも、夢さまが一緒ですからね」
「そうなんだ……今は私とも一緒にいてくれて心強いよ」
そう告げれば私の手にすりすりとふわふわを堪能させてくれる。
「ああ、あと」
柘榴さんがパンと両手を叩く。
「おひげが抜けた時は保管いたしますのでお知らせくださいな」
猫ちゃんの……おひげ?
「棕櫚さまの大切な趣味ですの」
それはなんともかわいらしいというか。
「おひげが抜けたらくれる?」
こてんと首を傾げ、夢ちゃんを見下ろせば。
「なーん」
仕方がないなぁとばかりに手に顎を乗っけてくる。撫でろ、と言うことか。喜んで。
「では今日はゆっくりしていてくださいな」
「う、うん!お茶ありがとう」
柘榴さんを見送って、引き続き夢ちゃんと戯れる。何か遊ぶものがあればもっと喜んでくれるかな?
猫じゃらしとか……。
そう思った時、襖が少しだけ開く。
そしてその隙間から何故か猫じゃらしが出てきた。
「え、あの……っ!?」
誰だろう。
「なん……」
夢ちゃんはのっそりと立ち上がると襖に向かっていく。
「猫じゃらし?」
と思えば猫じゃらしを素通り。
猫じゃらしを拾って夢ちゃんの後ろを付いていく。
「なぁん」
そうすれば廊下の突き当たりに誰かが蹲っている。大きな男のひとだ。
「む……夢幻、追い詰めるなんて、ひ……ひ、ひきょ……」
むげん……?誰のこと?もしかして夢ちゃん?でもこの子は夢ちゃんだ。
「あ、あの」
「……っ」
大きな肩が揺れる。
「あなたが猫じゃらしを……?」
「……」
「その、あ、ありがとうございます!」
「……」
大きな体格は何も答えない。
「あの、あなたは……?」
「……我は醜い」
「いやそんな……その、ね、猫好きに悪い人はいないって……何かで聞いたことがあります!」
「……猫」
猫の言葉に彼の背中が反応する。
猫じゃらしも持っていたし、やはり猫が好きなのだろうか。
「主は」
主……?
「お前を気に入っている」
「ええと」
主ってもしかして。
「あなた……もしかして門の……?」
門とはひとの姿を取るのだろうか。
「百鬼門」
あの夜開いていた門か!
「見事な異能だ」
「ありがとうございます!」
「主も……喜んでいた。我も……嬉しい」
「私もです」
そう告げれば、大きな身体がのっそりと立ち上がる。
「百鬼は百々目鬼。きっと恐ろしい」
「いえそんな!」
むしろ今はしがない猫好き仲間と認識したところだが。
「……」
大きな背中がゆっくりとこちらを見る。
目が複数ある。そっか、百々目鬼ってそう言うことか。
鬼角は白、髪は灰色、瞳は全て茶褐色。袖のない着物に逞しい身体。
「初めまして」
「……」
「牡丹です」
「……百々目鬼」
百々目鬼さんがゆっくりと口を開く。
「恐ろしく……ないの?」
その言葉にきょとんとする。
「百々目鬼さんは優しそうてす」
あの夜の白鬼門の恐ろしさに反して、門のほんにんはどっしりととても落ち着いている。いや、だからこそ普段守をできるのだろうか。
「……面白い、子だ」
私は、面白い?
「珍しく七欲が……いや何でもない」
しちよくって……ひとの名前?にしては珍しいような……。
「なーお」
「ああ、うん」
百々目鬼さんは夢ちゃんに何かを急かされたかのように私を見る。
「あげる」
ぽんと手渡されたのは……煮干しだ。
夢ちゃんも好きだろうか?
「あ、ありがとうございます!」
「うん、じゃぁ……」
百々目鬼さんを見送り、居間に向かえば早速煮干しを夢ちゃんに差し出す。
「なーお?」
「食べ過ぎはダメだって聞いたことがあるから、今日はこれだけ」
「なーん」
少しがっかりしたように見えつつもすぐに膝に乗ってきて心地よさそうに丸くなる。
「かわいいなぁ」
なでなで、ふわふわな背を撫でながら先程の出会いを思い起こす。
「また……百鬼門が開く日が来るんだよね」
その時私は何が出来るだろうか。あの時のように単なる足止めだけ……。
「他に、何か出来るかな」
「どうした、牡丹」
その時襖が開き棕櫚と白鬼さんがやって来るのが分かった。
「その……私も結界を張る以上に何かできないかと思って……」
「それだけでも充分だが……そうだな。結界と封印の異能は似ていると言う話を以前にもしたな」
「うん」
頷けば棕櫚と白鬼さんも腰掛け、棕櫚がテーブルの上の柿を手に取る。
「これを……おーい、柘榴、来てくれ」
「はーい。あら、どうしたの?」
柘榴さんが来てくれれば、棕櫚が柿を柘榴さんに手渡す。
「これに封をじしてくれ。実践したいことがある」
「それはいいですけれど……棕櫚さまも異能は使えるでしょうに」
確かにそうだ。あれ……?でもそう言われてみれば棕櫚は風も操っていなかったろうか。もしかして珍しい複数の異能持ちなのだろうか。
「俺のは強すぎて柿が最強になりすぎる」
「あらまあ、確かにそうかも。それじゃ……【封ぜよ】」
柘榴さんが柿に封印を施す。
「それに反射を付けてくれ」
「ええ。【反射せよ】」
反射……?
「これでこの柿は封を破ろうとするものに牙を剥く」
どう言うことだろう?
「ほら」
いつの間にか白鬼さんの掌には折り紙で紙風船が作られている。早業……お兄ちゃんみたいだ。
「よし、これをだな」
棕櫚が蜜柑に向かってひょいっと投げれば、紙風船が柿に弾かれたように舞い上がる。そしてふよふよと私の掌の上に降りてきた。
「その、これって……」
「封を破ろうとしたものをそのまま反射し追い返したんだ」
「ほかにも何倍かにして返す封をかけることもあるわね」
棕櫚の言葉に柘榴さんが補足してくれる。
「そ。これは封印が受け取った力を吸収して反射しているんだ。だから結界の異能にも同じことができるかもしれない」
「……っ!その、それは多分誰もやって来なかったから……」
「ならやってみようぜ。何も異能で攻撃することだけが戦えることじゃない。封印には封印の、結界には結界の戦い方がある」
そうして青霧家は戦ってきたのだもんね。
「ほら、牡丹」
「……うん!」
柘榴さんが封を解いた柿を受け取り、紙風船を棕櫚に預ける。そして先日のように掌に力を込める。今までは柿くらいが限界だったのに、今では柿に合わせることになろうとは。
「……っ」
柿の周りに結界が満ちる……いや、満ちすぎた?
「落ち着いて、制御して」
「白鬼さん……?」
白鬼さんが私の手首を握ってくれれば、どうしてか結界の異能が制御できるきがする。少しずつ結界の力を小さくして柿を覆うようにかける。
「できた!」
「それでいい」
「ありがとう、白鬼さん」
「……いや」
白鬼さんは顔を背けると何だか照れたように黙ってしまったが。
「でもここからどうすれば」
「……」
困っていれば白鬼さんが柿に手を添える。
「……俺の力を」
そう告げれば私の結界に白鬼さんの力が重なるのが分かった。どこか懐かしい……でもだからこそより順応し私の結界に力が蓄積されているのが分かる。不思議な感覚だ。
「これを、外に解き放てばいい」
「……けど……」
どこか心細いと言うか、心もとないと言うか。
「俺の力と共に戦うと思えばいい」
「……うん」
それなら。
紙風船がふわりとやって来る。白鬼さんの力と共に跳ね返す。
そしてその瞬間紙風船が弾かれたように舞い上がる。
「成功のようだ」
「……うん!」
私にもできた。私にも戦える力ができた。たとえまた和臣が襲ってきてもこれならきっと戦える。鈴蘭の悪意が襲っても私には棕櫚たちが付いている。
それは自信……と言うものだろうか。
「よくできた」
優しく髪を撫でてくれる白鬼さんの手はどこか懐かしい。
「その柿はご褒美に食べな」
「うん、棕櫚」
結界を解いて口にした柿は……何故かいつもよりも美味しかったように思える。
「なーん」
そしてよく出来ましたとばかりにお膝の上で夢ちゃんが鳴いた。




