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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
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キンクマ異世界令嬢譚

「悪い女の方が好き」と言われたので、悪女になりました

作者: キンクマ
掲載日:2026/10/11

ウサギ「」


「ミリア、君といても刺激がないんだ」


 王立学園の卒業を控えた夜会。その華やかな会場の片隅で、第三王子アルベルト殿下は私に別れを告げた。


「……え?」

「君は良い子だと思うよ。僕のことをいつも気遣ってくれるし、何を頼んでも嫌な顔ひとつしない。だけどね、退屈なんだよ」


 アルベルト殿下は申し訳なさそうに眉を下げた。


 私は何を言われているのか理解できなかった。


 殿下とは学園に入学して以来、三年間のお付き合いになる。初めてお声をかけていただいた日のことは、今でも鮮明に覚えている。


 王族でありながら気さくで、誰に対しても分け隔てなく接する優しいお方。そんな殿下に見初められたことが、私の人生で一番の幸運だった。


 だからこそ、私は精一杯尽くしてきた。


 殿下のお好きな紅茶を覚え、苦手な勉学をお手伝いし、体調を崩された時には何日も付き添った。殿下に相応しい女性になれるよう、礼儀作法も教養も必死に磨いてきた。


 それなのに。


「わ、私のどこがいけなかったのでしょうか……? 至らないところがあれば直します。ですから、どうか……!」

「そういうところなんだよ、ミリア」


 殿下は小さくため息をついた。


「君には自分というものがない。僕の顔色ばかり窺って、何でも言うことを聞いてしまう。女というのは、少しくらい悪い方が魅力的なんだ」

「悪い……女?」

「ああ。例えば彼女のようなね」


 殿下の視線を追うと、そこには一人の令嬢が立っていた。


 シャーリー・フォン・エルドレッド公爵令嬢。


 王立学園でも知らぬ者はいない、悪女として名高い女性だ。


 艶やかな金髪に、意志の強そうな碧眼。数々の男性を手玉に取り、気に入らない相手には容赦なく噛みつく。教師でさえ彼女には手を焼いているという。


 しかし、その一方で学園の運営に口を出して数々の改革を成功させ、貧しい生徒のために奨学金制度まで作り上げた才女でもあった。


「シャーリーは面白いんだ。僕にだって平気で意見するし、時には無茶な要求もしてくる。彼女といると退屈しないんだよ」

「アルベルト様。あまり褒められても困りますわ」


 シャーリー様は口元を扇で隠し、楽しそうに微笑んだ。


「それにしてもミリア様。殿方にそこまで縋るのは、少々みっともなくありませんこと? 女にも矜持というものが必要ですわ」

「……っ」

「捨てられたのなら、こちらから捨て返しておやりなさい。それくらいの気概がなくてどうしますの」


 シャーリー様の言葉に、殿下は愉快そうに笑った。


「ははっ、そういうところだよ。実に君らしい」


 私は何も言い返せなかった。


 涙で滲む視界の向こうで、二人は楽しそうに笑い合っている。


 私が三年間、どれほど努力しても得られなかった笑顔だった。


「……分かりました」


 私は深々と頭を下げた。


「今までありがとうございました。アルベルト殿下」

「ああ。君にもきっと良い人が見つかるよ」


 最後までお優しい方だった。


 私は涙を拭い、夜会の会場を後にした。


 ◇ ◇ ◇


 悪い女。


 悪い女とは、どのような女性なのだろう。


 寮へ戻る道すがら、私はずっとそのことを考えていた。


 シャーリー様のように男性を振り回す女性だろうか。教師に逆らったり、規則を破ったりする女性だろうか。


 けれど、それでは足りない気がした。


 だって、シャーリー様は悪女と呼ばれているのに、皆から慕われているのだもの。


 本当に悪い女なら、もっと悪いことをしなければならないのではないだろうか。


「……そうだわ」


 私は立ち止まった。


 学園の裏庭には、小さな飼育小屋がある。


 そこで飼われているウサギたちは生徒たちの人気者で、私も何度か餌をあげたことがあった。


 あの子たちは無垢で、従順で、何も知らない。


 まるで私のようだった。


 ああ、ようやく何をすればいいのか分かったわ。


 私は寮の厨房へ向かい、料理用の刃物を一本借りた。


 夜も更けていたので、誰にも見咎められなかった。


 飼育小屋の扉を開けると、ウサギたちがこちらを見上げた。


 白い子、茶色い子、耳の垂れた子。


 みんな可愛らしい。


 そして私はなんて悍ましい、悪い女なのだろうか。


 ごめんなさい、ごめんなさい、ありがとう。


 ◇ ◇ ◇


「きゃあああああっ!!」


 翌朝、学園に悲鳴が響き渡った。


 飼育小屋の周囲には大勢の生徒が集まり、教師たちが慌ただしく走り回っていた。


 私もその輪に加わった。


「何があったんですか?」

「ウサギが……全部、殺されていたんだって……!」


 女生徒が青ざめた顔で教えてくれた。


「まあ……!」


 私は両手で口元を押さえた。まだ爪の間に血がこびりついていて、少し生臭かった。


 すると、人垣の向こうから聞き覚えのある声がした。


「一体、誰がこんなことを……!」


 シャーリー様だった。


 彼女は飼育小屋の前に膝をつき、震えていた。


「許せませんわ……絶対に、絶対に犯人を見つけ出してみせます……!」

「シャーリー、落ち着くんだ」


 傍らではアルベルト殿下が彼女の肩を抱いていた。


「君がこの子たちを大切にしていたことは知っている。だけど、今は教師たちに任せよう」

「ですが……!」

「必ず犯人は見つかるさ」


 殿下の優しい声を聞いて、私は胸が締めつけられた。


 ああ、やっぱり好き。


 私はこの方が大好きなのだ。


 だったら、もっと頑張らなくては。


 それにしても、シャーリー様がウサギの飼育係だったなんて知らなかった。


 あんなに気の強い方が、小さな動物を可愛がっていたなんて。


 少し意外だった。


 シャーリー様は悪女と呼ばれているだけで、本当は優しい女性なのだ。


 なーんだ。意外と大した事ないのね。


 でも、これからもっともっと頑張らなくちゃ。


 ◇ ◇ ◇


「犯人を見た、ですって?」


 放課後。


 人気のない廊下で声をかけると、シャーリー様は目を見開いた。


「はい。昨夜、飼育小屋の近くで不審な人物を見かけたんです」

「どうしてそれを早く言わなかったのです!」

「申し訳ありません。怖くて……。ですが、どうしてもシャーリー様にはお伝えしたくて」


 私が俯くと、彼女は少しだけ表情を和らげた。


「……そう。無理もありませんわね。それで、その人物は?」

「裏庭の倉庫へ入っていきました。もしかしたら、まだ何か証拠が残っているかもしれません」

「案内なさい」

「ですが、危険では……」

「構いませんわ。あの子たちの仇を討たなければ、わたくしの気が済みませんもの」


 シャーリー様は毅然と言い放った。


 やはり立派な女性だと思う。


 私とは大違いだ。


 裏庭の倉庫は、学園の敷地でも特に人通りの少ない場所にあった。


 私はシャーリー様を先に通し、後ろからついていった。


「それで、犯人はどの辺りに……」

「シャーリー様」

「何ですの?」

「私、アルベルト殿下のことが大好きなんです」


 彼女は振り返ろうとした。


「……今、その話をする必要がありまして?」


「はい。とても大切なことなんです」


 私は持ってきた袋を広げた。


「だって、シャーリー様のおかげで、私がどうすればいいのか分かったんですもの」


 次の瞬間、私は彼女の頭に袋を被せた。


「なっ……! いきなり何!?」


 シャーリー様が悲鳴を上げた。


「私、悪女になることにしたんです」


 私はあらかじめ倉庫に用意していた鉄の棒を手に取り、袋越しにシャーリー様の横顔を殴った。


 ドサッという音と共に倒れたシャーリー様のお顔目掛けて、何度も、何度も棒を振り下ろす。


 シャーリー様は最初の二、三回はビクビクと虫のように動いていたけど、やがて袋から血が滲んで、それからぴくりとも動かなくなった。


 袋を剥ぎ取って本当に死んだのか確認したかったが、想像すると気持ち悪かった。怖いのでやめた。


 私はしばらく様子を見てから、持参した布で彼女の身体を包んだ。


 人って思っていたよりずっと重いのね。


 それでも何とか御者の手を借りながら荷馬車に積み込み、公爵家の屋敷まで運んでもらった。


 門の近くに荷物を置き、呼び鈴を鳴らしてから立ち去る。


 これでご家族の元へ帰れる。


「さようなら、ごきげんよう」


 シャーリー様はとても素敵な女性でした。


 ◇ ◇ ◇


 シャーリー・フォン・エルドレッド公爵令嬢の訃報は、学園中を震撼させた。


 公爵家の令嬢が何者かに襲われ、殺害されたのである。


 王都の衛兵だけでなく、王宮直属の騎士団まで捜査に乗り出した。


 学園は臨時休校となり、生徒たちは皆、自室で待機するよう命じられた。私も例外ではない。


 もっとも、そんなことはどうでもよかった。大切なのは、アルベルト殿下のことだ。


 シャーリー様が亡くなったことで、殿下はひどく落ち込んでいるらしい。


 お食事も満足に召し上がらず、夜も眠れないと聞いた。


 可哀想なアルベルト殿下。


 きっと私が慰めて差し上げなければ。


 そう思って、ある日の朝、私は殿下を自室に招いた。


「ようこそおいでくださいました」


 殿下はろくに眠れていないのか、ひどくやつれていた。


「……それで、火急の用事とはなんだ?」

「アルベルト様が心配で心配で、私が出来ることで慰めてあげたいと思いまして」

「……そうか。ありがとう。でも、今はそっとしておいてほしい」

「シャーリー様のことですか?」


 殿下の顔が歪んだ。


「……ああ」

「お可哀想なアルベルト様」


 私はそっと手を握った。


「ですが、もう大丈夫ですよ」

「……何が?」

「これからは私がシャーリー様に代わって殿下をお支えします」


 殿下は怪訝そうに眉をひそめた。


「ミリア、何を言っているんだ?」

「覚えていらっしゃいませんか? アルベルト様は、悪い女の方がお好きだと仰ったでしょう?」

「……それがどうした」

「ですから、頑張ったんです。私、今までずっと良い子でいようとしていましたけれど、それでは殿下に愛していただけないと分かりましたから」


 私は胸を張った。


「まず、学園のウサギを全部殺しました」


 殿下の表情が凍りついた。


「……は?」

「それから、シャーリー様も殺しました」

「…………」

「シャーリー様はとても良い方でした。ウサギを大切にしていらっしゃいました。私に女の矜持も教えてくださいました。そして何より、アルベルト様は悪い女がお好きだと教えてくださいました。なので、私がやりました」


 殿下が一歩後ずさった。


「……冗談、だろう? ミリア……君が、シャーリーを……?」

「ふふ、どうでしょう? 少しは魅力的な女性になれたでしょうか?」

「ひっ……!」


 殿下が短い悲鳴を上げた。


「き、君は……自分が何をしたのか分かっているのか……!? 人を殺したんだぞ!!」

「はい。とても悪いことです。そして、殿下のお好きな悪い女です」

「近づくな!!」


 殿下は頭を抱えた。


「衛兵を……誰か! 誰か来てくれ!!」

「あら、なぜかしら?」


 私は少し困ってしまった。殿下はまだ私を好きになってくださらないらしい。


 おかしい、あんなに頑張ったのに。


 けれどここで諦めてはいけない。


 私は三年間、殿下のために努力してきたのだ。


 たった数日の努力で結果が出ないからといって、投げ出すわけにはいかない。


「アルベルト様。騒いでも誰も来ませんよ。屋敷の者には何があっても近付くなと言っておりますので」


「く、来るな……!」


「大丈夫ですよ殿下」


 私は微笑みながら、ポケットから手錠を取り出した。


「これからはずっと、ずっとずっとずっとずっと一緒ですから」


 ◇ ◇ ◇


 その夜、第三王子アルベルト殿下が失踪した。


 王宮は直ちに捜索隊を組織し、王都の門を封鎖した。


 公爵令嬢殺害事件との関連も疑われ、王国中が騒然となった。


 一方、王都から遠く離れた小さな屋敷では、一組の男女が新しい生活を始めていた。


「アルベルト様、お食事の時間ですよ」


「……頼む、ミリア。もう許してくれ……」


「あら、どうして謝るんですか?」


 私は首を傾げた。


 殿下は椅子に座っていた。


 両手首には手錠がはめられ、足も鎖で繋がれている。


 最初は少し窮屈そうだったけれど、今では随分と大人しくなった。


「僕が悪かった……! 君は何も悪くない! だから、どうか……!」


「まあ!」


 私は嬉しくなって、思わず手を叩いた。


「アルベルト様ったら、そんなに私のことを褒めてくださるなんて!」


「ち、違う……!」


「ですが、駄目ですよ?」


 私は殿下の頬にそっと手を添えた。


「私が良い子になってしまったら、また退屈なさるでしょう?」


 殿下の瞳から涙がこぼれた。


 私はハンカチで優しく拭って差し上げた。


 昔から、殿下は泣き虫なところがある。


 そんなところも愛おしい。


「ご安心ください。私、これからも頑張りますから」


「……何を、だ……?」


「決まっているじゃありませんか」


 私はとびっきりの笑顔を浮かべた。


「アルベルト様に、もっともっと好きになっていただけるように、です!」


 殿下は何も言わなかった。


 ただ、静かに泣いていた。


 きっと嬉し泣きだろう。


 私は殿下を抱きしめた。


 ああ、幸せ。


 これからは毎日、愛する人のために努力できる。


 良い子だった頃の私は、殿下の言うことを何でも聞いていた。


 けれど、今は違う。


 殿下が嫌がっても、泣いても、逃げようとしても、私は決して諦めない。


 だって、悪い女というのは自分の欲しいものを決して手放さない女性なのだから。


「愛しています、アルベルト様」


 私は殿下の額に口づけた。


「……助けて……」


「ふふっ。もう、甘えん坊さんですね。さあ……じゃあ今日はどんな道具で遊びましょうか?」


 私は小さめのメスを手に取り、優しく殿下の首筋に当てた。


 今度こそ絶対に離さない。


 だってアルベルト様は、悪い女がお好きなのだから。


ここまで読んでくださりありがとうございます。

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