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ベストフレンド  作者: ROSE


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6 『普通』になれない

 夜、喉が渇きキッチンに向かったダニエルはすすり泣くような声に飛び上がりそうになる。

 これが他の建物であればそれほど驚かなかったが、場所が場所だ。こんな古城には幽霊のひとりふたりが居てもおかしくないと感じてしまう。

 なにより、泣いている声が女性のものに思えたのだ。


「デラ? そこにいるの?」


 電池式のランタンを手に泣き声の方角を照らす。

 この時間に廊下の電気を点けてしまうと全体が点いてしまいみんなを起こしてしまうかもしれない。だから夜はランタンで行動。それが暗黙の規則になっている。

 ゆっくりと鳴き声の主に近づく。

 ぼんやりとした灯りが照らした先に赤いチェックのパジャマと赤のニットが見えた。

「……アンバー? どうしたの? 大丈夫?」

 蹲って泣いていたのはアンバーだったらしい。

「どこか辛い? 医者を呼んだ方がいい?」

 訊ねると、彼は涙を拭いながら首を横に振る。

「へ……き……。その……ちょっとナイーブになってただけ」

 アンバーは鼻を啜り、それから手探りでティッシュを探しているようだった。

 ダニエルはすかさずティッシュの箱を手に取り彼に渡す。

「ありがと……ダニー、こんな時間にどうしたの?」

「あー、喉が渇いて、水を取りに行こうと思ってたんだ」

「うん、水道錆びてるから冷蔵庫のボトル持っていったらいいよ」

 アンバーはぐしゃぐしゃになった顔をニットの袖で拭う。

「あー……僕でよかったら話、聞こうか? どんなことでも誰かに話すだけで少し気が楽になるかも」

 経験上、そんなことで和らいだ試しがないと思いつつも提案してみる。

 アンバーには恩がある。少しでも彼の不安を軽減させることが出来ればと思った。

「あー……僕の話はいいよ……でも、気晴らしに付き合ってくれるっていうなら……自分がちっぽけで惨めな存在だと思ってる僕が考えを改めるような最悪な話、ある?」

 一体なにがあったのか、アンバーは拗ねた子供のような表情で行儀悪く出窓の枠に腰を下ろした。

「任せて。とっておきのがある」

 そう返事すると、アンバーは腕を組み、顎で話してと示す。

「僕はゲイで、結婚詐欺にあった。仕事も財産も恋人も全部失って、君に拾われた。つまり、僕の方が君より惨め」

 不幸話なら今の自分より酷い人間は居ないだろう。

 そう思ったけれど、既に自虐ネタとして使用出来る程度には立ち直っている自分に気づき驚く。

 どうやらアンバーという救世主に出会い心のゆとりができていたらしい。

 アンバーはそんなダニエルに驚いたのだろう。数回瞬きを繰り返した。

「ダニーは、ゲイを病気だと思う?」

「は?」

 訊ねられた意味を理解出来ず、思わず聞き返してしまう。

「ほら、よく居るでしょ? ゲイを『病気』だって言って『治療』しなきゃって言う人達」

 アンバーは指で括弧を作り強調する。

 どうやら彼自身はその考えに否定的らしい。

「まさか。病気なんかじゃないよ。むしろ、そう言う言い方をする人達は自分の知らない世界に怯えているだけだと思ってる」

 確かに病気なのではないかと悩んだ時期もある。他の人と違う自分に怯えていた時期も。だからといって同性愛は罪だとか隔離して治療するべきだなんて主張する人達に同意することなんて出来ない。

「神様は誰かを愛することを咎めたりなんてしない。少なくとも、僕はそう思ってるよ」

 そう告げればアンバーは大きく頷いた。

「その通り。病気なんかじゃない。生き方のひとつだ。職業選択とそう変わらない人生の分岐だよ」

 拳を握りしめて力強く語るアンバーにダニエルは驚く。

「病気なんかじゃないんだ。人生はもっと自由であるべきで……そう……病気なんかじゃない」

 徐々にアンバーが弱々しくなっていく。

 もしかすると彼も同じように悩んでいるのかもしれない。

「誰かが君に酷いことを言ったの?」

 だとしても気にする必要はない。そう言ってあげたいけれど、アンバーは由緒ある家の生まれだ。きっとダニエルが思っているほど気楽ではないのだろう。

「ううん。僕が勝手にナイーブになっているだけ。でも……ダニーのおかげで少し気が楽になったよ」

 無理に作ったような笑みを見せられ、アンバーが意図的に壁を作っているのだと感じてしまう。

「聞かせて。アンバーの話を聞きたい。僕も力になりたい」

 思わず彼の手を握れば、拒絶するように引っ込められる。

 小さい手だと思った。

 アンバーは体が細くて小さい。少年に見えてしまうのだ。たぶん本人もそのことを気にしているのだろう。

「ごめん」

 勝手に触れてしまったのはダニエルの方だと言うのに、アンバーが謝罪する。

「いや、僕の方こそごめん。体に触れられるのは嫌い?」

「うん……あんまり……好きじゃない。あ、別にダニーが嫌だってわけじゃないよ」

 アンバーは慌てて付け足したけれど、やはり表情が疲れ切っている。

「ただ……神様って残酷だなって思って。たとえば、異性愛者が溢れる世界に、ダニーみたいな同性愛者を生み出したり、僕みたいなちぐはぐな存在を生み出したり……でも、神様が作ったんだから、きっと僕たちみたいな『普通』になれない人にも意味があるんだろうね」

 アンバーは信心深いのだろうか。

 それからしばらく神について語った様な気がする。

 アンバーの話は同じところをぐるぐる回り、同性愛と神、それに病気について何度も行ったり来たりを繰り返した。

 そしてとうとう泣き出してしまう。

「変だよ……病気じゃないのに手術しないといけないなんて……体にメスを入れて作り替えていくんだ……怖くないはずがない……」

 ぼろぼろと大粒の涙をこぼしながら、自分の体を抱きしめる。

 そんな彼の言葉の意味を理解するのに少しだけ時間がかかった。

「……アンバー……もしかして、君は……」

「……言わないで。僕は……僕は……ゲイだよ。君が予測しただろう言葉はもううんざりするほど聞いたし、その先の言葉だって予想出来てしまう」

 聞きたくないと耳を塞ぐ。

 そして、自分が口にしようとしてしまった言葉が彼にとってどんなに残酷かと気づいた。

 ダニエル自身何度か言われたことがある。

 

 男が好きだなんて、女になりたいのか。

 

 女の真似事をしたって女になんてなれない。


 面白がった酔っ払いが、噂を耳にした他人が、幼馴染みが、ダニエルを蔑んだ。

 それと同じ残酷な仕打ちをしてしまうところだった。

 アンバーは男性としての生を望んでいるし、そのように振る舞って、それを現実にするための壁を乗り越えようとしている。

「大丈夫……なんて気休めを軽々しく言うべきではないね。でも、君の不安が少しでも軽減されるように祈るくらいは許してくれる?」

 そう訊ねれば、驚いた様な表情を見せられる。

「ダニー……君って……凄くいい人だ」

 ようやく笑みを見せられる。

「なら、僕もひとつだけ言わせて。君を騙して捨てた男は本当に愚かだ。けれど、僕はその彼に感謝するよ。だって君みたいないい人を拾った。神に感謝。そして見知らぬ詐欺師にも感謝だ」

「アンバーに拾われたのは幸運だけど、僕はまだ彼に感謝出来るほどは乗り越えられていないな」

 自虐ネタには出来るけれど。

 そう、添えればアンバーは声を上げて笑い出す。

 やっといつものアンバーだ。

 ダニエルは安堵して、ようやく冷蔵庫の水のボトルに手を伸ばすことが出来た。

 

 

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