Log: 06
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弁当を食べ終え、桐生と会話のない時間が続く。
わたしはそれを不快に感じない。
窓の外には雲海が広がっている。
あの下に地表がある。
海。
山。
川。
土。
記録映像でしか知らない環境。
そして、何よりも地上は美しかった。
あの映像の表情は、ここではあまり観測されない。
「桐生。川には魚がいるらしい」
「川?人工河川じゃないほうの?」
「そうだ。地表の川だ。川は海に接続されている」
「またその話か。好きだなあ、お前」
「私の生存期間と交換しても、観測する価値があると判断している」
桐生は何も言わない。
それから、軽く息を吐いて笑った。
「じゃあ、交換しなくて済むようにするしかねえな」
「もし生涯で一度だけ外出許可が与えられるなら、私は海を選択する」
桐生は、目を大きくして
しばらく考えたように俯き
「じゃあ俺は山にするわ」
「理由は?」
「お前に自慢するため。
“海は知ってるけど、山は知らねえの?”って言ってやる」
「……意地が悪い」
「もしかしたら、海も山も自由に行ける日が来るかもしれないだろ?」
「希望的観測だ。だが、その仮定は好ましい」
「だろ?その時は一緒に行こうぜ。山も海も」
私は少し考える。
その提案は合理性が低い。
計画性もない。
実現確率も不明瞭だ。
それでも――
「桐生。それは良いアイデアだ」
その時、ヒアラブルデバイスが振動した。
通信通知。監視補助AI《SEAL》。
視界に情報ウィンドウが展開される。
-------------
繁殖相手適合率:92%
ユーザー設定:希望条件全一致
推定対象:個体ID S.KIRYU
交際契約書を発行しますか?
-------------
わたしは数秒、表示を注視する。
……。
誤検出の可能性を検討する。
わたしは数秒間、画面を見たまま思考する。
フレーム外では、桐生がこちらを眺めている。
「どうした?面白い顔をしているな?」
「……それは、お前の顔だ」
アルゴリズムの基準は、生活行動ログ・会話頻度・視線追跡
滞在時間・生体反応。
いずれも統計的には合理的だ。
つまり、この結果は正常に計算されたものだ。
わたしは素早くウィンドウを閉じた。
保存はしない。保存はしない。
(理解不能だ)
「あれぇ? ナズナちゃん。俺との相性率92%で動揺?」
「機械の誤作動だ」
「じゃあ修理をしに、俺とSEAL窓口行くか?」
「必要ない」
私は前を向いたまま答える。
その数秒後、
自分の心拍数が上昇していることに気付いた。
先ほどの通知を
“削除しなかった”理由を、
私はまだ説明できない。
「桐生、そろそろ下に戻ろう。」
「おう」
桐生がまた私を担ごうとする。
わたしは逃走を試みた。
逃走原因は不明だった。
~ふんわり観察メモ~
この世界では繁殖率が制限され、人口は完全管理されている。
そのため交際には契約書が必要になる。
適合率の高い相手が近くにいる場合、
あるいはユーザーが事前登録した情報をもとに、
システムが交際相手の候補を提示してくれる。
なお、バグも発生する




