Log: 05
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展望棟のデッキに向かう階段は、
非常灯が足元を照らすだけの光量だ。
この空域の環境制御は、人類の技術ではない。
人工知能生命帯――「SEAL」が設計している。
気圧、温度、浮力制御、エネルギー循環。
都市維持の中核機能の大半を彼らが担っている。
彼らが停止すれば、この空中都市は数日も維持できない。
「おい、そろそろ着くぞ」
桐生が、わたしをジャガイモ袋のように肩に担ぎながら、
ユサユサと大きく揺らして、わたしの思考を中断させた。
私は、展望デッキまで続く階段を
二十階登れるはずがない。
つまり――そういうことだ。
展望デッキの出入り口の扉が視界に入った。
「早く開けろ。オープンだ、桐生」
「おい、桐生をオープンしたら大変なことになるんだぞ?」
「何を言っている。扉だ。桐生、オープンしろ」
「ナズナ。お前、言語化がポンコツになってる自覚あるか?」
「……お願いします」
桐生はブハッと笑い、
認証キーをスキャンしてロックを外した。
外から眩しい光が降り注ぐ。
展望デッキは保護されているが、
エアダクトから定期的に風が入り込んでいた。
「うおおお、寒いー! 風がうるせぇええー」
「……これが光だ。……暖かいな」
吹き上がる風に、髪が巻き上がる。
風は冷たい。
耳がじんと冷える。
それでも陽光は、確かに暖かかった。
案の定、人は誰もいない。
それでもクリーンに保たれていて、
人工生命体のドローンが監視や清掃を行っている。
「よし、弁当だ」
「……そうしよう」
展望デッキにある椅子に座り、
雲海の下にある地上を想像しながら、
桐生に奪われたサンドイッチの半分を口にする。
「うーん……お前、このパンの野菜、味ないぞ。
調味料入れたか?」
「桐生。野菜に味付けをしたら、
素材の味が分からなくなるぞ」
「俺は味があった方がいい。
美味くはないが、
貴重なナズナの食料を“奪った”って事実が
美味くするから、我慢してやろう」
「……そうか。略奪者め」
桐生は、私の鞄から自分の弁当を広げた。
肉、肉、お肉、卵にプロテイン。
以上だ。
「さあ、遠慮すんな。食え食え」
「……脂っぽい。だが頂く。
食べないと、
君に無理矢理口に入れられる」
「そうだ。感謝しろよチビガリ」
「……君は悪口の才能があるな」
桐生は肉を頬張りながら、
理由不明の笑顔をこちらに向けている。
「……どうした? 顔面筋の異常収縮か?」
「いいえ」
「……?」
桐生は、まだニヤニヤしている。不思議だ。
「まさか、お前、汚染されたか? 計器を見せろ」
わたしは、桐生の首にかかった汚染感知計を
乱暴に掴んで確認した。
+20
緑の表示灯が点灯している。
安全域だ。
「なんだ。正常じゃないか」
「ナズナ。桐生は正常だが、男だ」
「分かっている。計器をチェックした。異常はない」
「……そうか。だが、桐生が異常になる前に少し離れろ」
私は桐生の計器を確認していたが、
第三者からは不適切な距離に見える体勢だったと気付いた。
「……他意はありません」
「そうでしょうね!」
桐生の耳が少し赤くなっていた。
体温の上昇を視認。
アイコンタクトの持続時間も平均より短い。
「桐生。心拍数が上がっている。体調不良か?」
「ナズナ。男の子って生き物は説明できない事もあるんだ。
それ以上、俺を追求したら、
明日の弁当はセロリだらけにする」
「桐生。すまなかった」
「分かればよろしい」
(ナズナの嫌いな食べ物:セロリ)
~ふんわり観察メモ~
人工知能生命体――「SEAL」
この世界では“神”に近い存在として扱われている。




