Log: 04
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昼休憩の開始を告げるチャイムが社内に響いた。
俺は、ナズナがいる研究棟に足を進めたいのだが、
運悪く捕まってしまった。
「桐生さん、一緒にお昼いかがですか?」
製薬会社の社員証を下げた女性達が、通路を塞いでいた。
4、5人で壁のように並ばれると、正直邪魔だった。
「あ〜、俺、お昼は弁当だから。道、通してくれる?」
俺にとっての優先度は彼女達ではない。
それに、この手の連中は人を名前じゃなく“能力値”で優遇する。
……あれが、どうにも気に入らない。
急ぎ足でナズナの研究室前に着くと、
ナズナが無表情のまま、
通行人と清掃の邪魔にならないように、
景観用観葉植物と壁の間に立っていた。
清掃用アンドロイドが不思議そうにナズナを見ている。
人がアンドロイドのため道を譲ることは、
滅多にないからだった。
俺は清掃用アンドロイドに「お疲れ様」と言って、
ナズナに近づく。
「お、今日は逃げなかったか。さすがに学習したようだ。
逃走癖のあるお前には、社内放送で呼ばれるのが苦痛らしいからな」
背が低く、小さいナズナは、
俺の顔を覗く時にやや顔を上げる。
(ちびだな〜。コイツ、ガキの頃から身長変わってないんじゃないか?)
「桐生。私の身長は低い。しかし140cmある。
健康被害は確認されていない。よって問題はない」
相変わらず真顔だ。
長い白髪。
薄い赤の目。
やたら白い肌。
こいつ、自分が目立つ顔してる自覚がない。
普通に綺麗だ。
たぶん、理由なんてない。
こいつがナズナだから、そう見えるだけだ。
「そうか、チビ。じゃあ飯を食いに外に行くぞ。
研究室から今すぐにジャケットを持ってこい」
「……なぜ外に出る必要がある?」
ナズナは、古いデータに残っている海や山の映像ばかり見ている。
旧時代の生物について、嬉しそうによく話す。
だから、俺がナズナを外に誘う理由といえば、
外に出ると、雲海の下にある地上へ少しだけ近づいた気がする。
……それで十分な説明だろう。
「外に出たら、地上に近づいた気がするだろう?」
ナズナは、しばらく考えてから答えた。
「なるほど。そういう発想か。実に桐生らしい」
「……ジャケットを持ってくる」
俺は思わず笑った。
あいつ、意外と分かりやすい。
「10秒以内に戻って来なかったら、お前の弁当のパンが
俺のお腹に収まります。はい、スタート! 10、9――」
ナズナが一瞬立ち止まり、
ぱたぱたと走っていく。
(ナズナが走った!)
そんなにパン取られるのが嫌か。
クソ、笑える。
10秒はとっくに過ぎた。
5分以上経ってから、
ヘロヘロのナズナがジャケットを手に現れた。
彼女はゼエゼエと息を整えている。
「……10秒は、わたしに羽が生えても達成不可能だ」
俺はナズナの持っていたジャケットを取って、
袖に腕を通させようとした。
ほんの一瞬、袖が止まる。
(……まただ)
「ナズナ。怒らないから言え。またやったな?」
「桐生。既に怒っているぞ」
俺は右手を見る。
乾ききっていない赤が残っている。
胸の奥が、嫌な感じで冷える。
「薬、塗ったのか」
「塗った」
「さっき触ったとき痛がったよな」
「痛覚はある」
淡々と答えるナズナの態度。
それが、余計に腹が立った。
「実験の許可を君に求めるつもりはない。
理解も期待していない。これは私の意思だ」
強い意志のある赤い目が、
俺をじっと見つめる。
――分かってる。
コイツは止まらない。
「……こんなに傷増やしてどうすんだ。
せめて薬くらい塗れ」
「桐生。私は大丈夫だ」
声が低くなる。
俺はポケットから小さな医療パックを取り出して、
ナズナの手を掴んだ。
「うるせぇ。文句は俺より背が高くなってから言え」
軽い。
折れそうなくらい細い。
その手に、また新しい傷が増えている。
治癒能力者には薬が回らない。
治るから後回し。
そんな理屈、クソだ。
俺は、できるだけ優しく薬を塗りこんだ。
「痛いんだろ? バカ野郎……そういうのはダメだ」
「いいか、嘘をつくならもっとマシな嘘をつけよ」
ぐっと堪えた。
こいつの研究がどれだけ重要かくらい、分かってる。
それでも――このバカが傷つくのは、
耐えられない。
「……わかった。」
ナズナはじっと俺の顔を見つめ、
「桐生。ありがとう」
――ほんの少しだけ、笑った。
一瞬だった。
本当に一瞬。
でも、その顔を見た瞬間、
胸の奥に溜まっていた重さが、すっと消えた。
この笑顔ひとつで、帳消しになる。
「お前という女は……」
卑怯だ。
~ふんわり観察メモ~
わたしは低身長だが、健康被害は確認されていない。
桐生は高身長で手足も長く、全体的に大きい
体格差は明確だ




