Log: 03
Log:03
「テスト121回目。被験者ナズナ。
ZERO空域由来浮遊物質、微小サンプル接触試験を開始する」
「AR-04《エレファント》、ログを保存してください」
支援型研究補助アンドロイドAR-04《エレファント》が作動する。
<AR-04《エレファント》、起動完了>
<テスト121。記録録画実行します>
記録音声が室内に反響する。
私は防護手袋を装着していない。
汚染感知計 +20。
グリーンのライトが点灯している。
安全数値である。
人類が生存できる限界数値は+10。
短時間接触では急性症状は出ない範囲内。
問題は、その下だ。
一桁台に入ると人体へ影響が出る。
呼吸器、皮膚、神経に影響。
個体差はあるが、不可逆損傷が確認されている。
私は治癒特化型の再生能力保有者である。
この条件により、
実験の実施が許可されている。
――そして志願したのは、誰でもなく私だ。
ガラスケースの中、灰色の粒子が緩やかに浮遊している。
見た目はただの塵と変わらない。
私はケースに手を入れた。
接触。
3秒。
変化なし。
皮膚表面の温度上昇を確認。
8秒。
痛覚が発生した。
焼ける、という表現が近い。
だが炎症ではない。
細胞単位での分解に近い感覚だ。
私は手を引かない。
計測が優先される。
10秒。
表皮が変色。
血液は流れない。崩壊の方が速い。
<警告:生体損傷レベル上昇>
<ドクターナズナ。実験の中断を推奨します>
「問題ない。続行する」
<追加警告:ミスター桐生への緊急連絡を実行します>
一瞬、思考が止まる。
「連絡は不要だ。ログから当該判断を削除しろ」
<命令の正当性を確認中……>
――痛みは強い。
だが、問題はそこではない。
14秒。
再生開始を確認。
壊死部分が押し出され、新しい皮膚が形成されていく。
(……間に合った)
<命令の正当性を確認中……>
<命令を受理しました。該当ログを修正します>
私は経過を観察しながら記録する。
私はゆっくりと手を引き抜く。
「再生反応、良好。神経系の恒久損傷は確認されず」
声は安定している。
震えもない。
私は痛みに慣れている。
そうなるまでに、十分な時間があった。
私は非保有者家庭に生まれた。
両親と兄弟に適応拡張現象は確認されていない。
その中で、私だけが”例外”だった。
”異端”の排除は悪意ではない。安定化のための挙動だ。
私はそれを経験として知っている。
――学習済みの事象である。
痛みは警告だが、回避できない状況では意味を持たない。
意味を持たない信号は、処理優先度を下げる。
それだけだ。
20秒。
壊れて再生した手を見つめる。
皮膚は既に修復されている。
だが完全ではない。
薄く、傷の痕が残っている。
(もし、桐生がこれを見たら)
彼は、止めるだろう。
理由など関係なく。
(……理解できない)
この粒子に耐性を持つ抗体を生成できれば、
人類は地上に降りられる。
彼の、「生存確率」あげるため、
わたしはこの実験を続ける。
「テスト121回目、終了」
<AR-04《エレファント》テスト121。記録録画停止します>
<記録録画を保存、生体反応データをアーカイブ化>
<ドクターナズナ。損傷を確認しました。治療処置を推奨します>
<適切な治療が行われない場合、ミスター桐生への連絡を検討します>
「AR-04《エレファント》。大丈夫、すぐ治るよ」
<本日、ミスター桐生より安全監視を要請されています>
≪「おう、今日もこのナズナが仕事中に無茶しないよう頼むぞ」≫
AR-04《エレファント》のログにある桐生のボイスが再生された。
「AR-04《エレファント》。研究後の私の損傷記録を削除して、
通常状態のログに置き換えて休憩してください。」
<……了解しました>
AR-04《エレファント》が休憩モードに移行したため、
私はようやく椅子に座る。
そこで初めて、
呼吸が乱れていることに気付いた。
昼までに傷の修復を完了させる必要がある。
視認可能な損傷は、
桐生の不要な介入行動を高確率で誘発する。
……私は目を閉じる。
彼の怒っている表情を、正確に想像できた。
深呼吸を行い、再生促進に集中する。
(彼は、お節介を焼きすぎる)
……本当に。
わたしは少し浅い眠りに落ちた。
~ふんわり観察メモ~
SEAL研究棟に人間はいない。
存在するのは、アンドロイドとドローンのみ。
彼らは高度な人工知能を搭載している。
そして、時折。
研究の邪魔をする。
理由は単純だ
――ボディのメンテナンスを、わたしにしてほしいから。
「甘え」と呼ぶには、あまりに論理的な要求だが。
わたしはそれを拒否しない。
彼らの「甘え」は、わたしにとって不快ではない。




