Log: 02
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通行人に挨拶を交わしながら、
桐生は私を肩に担いで歩いている。
彼らは、桐生にとても好意的に挨拶を返したり、
微笑んだりしている。
「桐生。念のため言っておくが、
私はダンベルでもジャガイモ袋でもない」
「知ってる知ってる。
ナズナを運んでる自覚くらいあるっての。あんた馬鹿ァ?」
「君の家で見たアニメのヒロインの発言だった」
「おお。さすが。無駄に天才やってない」
陽気で情に脆い人格から推測すると、
彼の行動原理の一部は善意だ。
そして残りは――おそらく筋肉だ。
つまり、彼の善意は筋肉と融合して、
行動している可能性がある。
(彼は常にわたしの想定を超える。考えるだけ無駄だ)
彼は主題歌を鼻歌で歌いながら、研究棟前まで私を運んだ。
<ドクターナズナ、ミスター桐生。おはようございます>
入口では、研究補助アンドロイドと警護ドローンが待機している。
「おはよう。AR-04《エレファント》、SG-02《ゴリラ》」
桐生も当然のように手を振る。
「おう。今日もこのナズナが仕事中に無茶しないよう頼むぞ」
「では桐生。SG-02《ゴリラ》の調整を依頼する。
酷使しないように。彼はデリケートなんだ」
警護ドローンが短い電子音を返した。
「戦場で生き残りたきゃ鍛えなきゃだろ。ゴリラのくせに」
<SG-02《ゴリラ》は遺憾の意を示しています>
「……メンテナンス用クロスだ。
戦闘後は必ず二回拭いてほしい。
彼は綺麗好きなんだ」
桐生はカメラレンズを指でつつく。
「こいつ、俺より扱い良くないか?」
ドローンは嬉しそうな電子音を出し、
彼の後ろに移動した。
「じゃあまた後でな。ナズナ、昼。逃げるなよ」
それだけ言い残し、桐生は訓練施設へ向かった。
わたしは、無駄な行為だと認識している。
それでも――
彼の姿が見えなくなるまで、
その場を離れなかった。
この研究棟は公表されていない。
外装のロゴは《SEAL薬品》。
三段階認証を通過し、下層へ降りる。
ここから先は一般職員は入れない。
エレベーターが停止する前に、軽い減速が入る。
認証層を通過した合図だ。
<権限確認:SEAL研究部門>
<ドクターナズナ、探索ドローンよりログ報告。
汚染空域ZEROの粉塵サンプルを入手しました>
AR-04《エレファント》は続けて、
<本日のミスター桐生の言葉を推奨します。
実行しないでください。危険度の高い実験は推奨できません>
「ありがとう。AR-04《エレファント》。
だが、研究の進捗が遅れている。優先すべきはそちらだ」
<ドクターナズナの損傷を確認したくありません>
「あなたのログには残らないよう変更する。
いつも通りサポートを」
短い沈黙が生じる。
<……ドクターナズナ。了解しました>
AR-04《エレファント》の応答は、通常より0.7秒遅れていた。
私はAR-04《エレファント》の機体に触れ、
謝意を込めた。
机の上の、彼の手作り弁当を見る。
――昼に迎えに来る。
意味は理解している。
わたしはそれを、丁寧に保管した。
記録によれば、かつて地球外由来生命体が出現した。
軍事衝突の末、核兵器が使用され、
敵対生物は活動停止したと記録されている。
地表では長時間の滞在はできない。
吸入被曝を避けられないからだ。
高度が上がるほど粒子濃度は下がる。
——だから都市は、空へ移動した。
世界が浄化されれば、危険な任務で外に出る必要がなくなる。
そのために、私は研究を続けている。
この環境変化で、一部の人間には新しい生体機能が発現した。
適応拡張現象――通称、進化能力と呼ばれている。
『能力の有無で地位と役割が決まる』
私は非保有者の家庭に生まれ、
能力保有者として扱われる例外個体だ。
桐生は人口の1%未満のS能力保持者。
彼は選ばれ人間だ。
本来、共にいるべきではない存在だ。
~ふんわり観察メモ〜
能力の有無で、住む区域が分けられているようだ。
個体IDで生活の多くが管理されている。
通貨を使うのは一部の層だけで、
区分はおおよそ四つ。
下層:非能力者が多い区域
中層:研究・管理職 (わたし)
上位層:防衛任務の能力者(桐生)
天上層:権限を持つ人たち
犯罪者は最下層の隔離区域(スラム層)へ移送されるという。
配給は最低限らしい。




