表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
禁苑の花と影 ~皇帝の寵愛を失った下級妃は美貌の宦官によろめく~  作者: 極北すばる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/17

第十四話 武官の葛藤と月の窓の秘密

 近衛隊長・趙斉の旅は、沈安のそれとは比べ物にならないほど迅速だった。彼は最も信頼できる近衛の精鋭を数名だけ選び、公的な隊ではなく、身分を隠した武装商隊の護衛という体で南下した。


『紫雲は、皇后一族の横暴から国政を救った英雄だ。しかし、その英雄が大逆罪を犯そうとしているのなら……』


 趙斉が守るべきは「皇帝と帝室の秩序」か、「国を救った者の命と、その裏にある真実」か。武人としての絶対的な忠誠と、内廷の腐敗を間近で見てきた彼の正義感が、激しく衝突していた。彼は、紫雲を捕らえるためではなく、なぜ彼がそこまでして逃げようとするのか、その核心を知るために、月潮を目指した。


 月潮の梅芳の茶屋――。


 奥の小部屋で、沈安と梅芳は膝を突き合わせていた。


 沈安は、紫雲が長年にわたって築き上げた計画の全貌を、慎重に梅芳に説明した。


「紫雲総管は、皇帝陛下の異母弟ですがすでに亡くなった者の扱いです。彼は内廷総管として、宮廷内すべての通行記録と警備体制を把握しています。蓮月妃は、彼と共に自由になりたいと願っています」


「逃亡は成功しても、その後はどうする?紫雲総管は、帝都でも目立つ顔だろう。追っ手から逃げ切れるのかい?」


 梅芳は、茶の入った杯をきつく握りしめて尋ねた。


 沈安は静かに答えた。


「そのための『月の窓』かと。紫雲総管は、この里で、二人を追っ手から完全に隠し、新しい身分を与えてくれる協力者を求めている」


 梅芳は、遠い海原を見つめるように目を細めた。


「『月の窓』とは場所ではない。それは、人だ」


 沈安は息を呑んだ。


「人でございますか?」


「ああ。翠蘭の父は、かつて南方の『海燕党(かいえんとう)』という、船団を率いる海商の一員だった。表向きは貿易商だが、裏では、朝廷の支配を嫌う者たちの密航や、情報のやり取りを請け負っていた」


 海燕党――沈安は初めて聞く名に驚いた。それは、都の記録には一切存在しない、海賊に近い自由な民の組織だった。


「翠蘭は、都へ向かう前、私に党の指導者への伝言を託していった。『もし、都の真の自由を求める者が現れたら、この翡翠の飾りを見せ、"南の風を待つ"と伝えろ』と」


 梅芳は、翠蘭から託された指導者の居場所と、彼らに接触するための合図を沈安に伝えた。その指導者は、梅芳の甥であり、海燕党の現頭領だという。


「彼らは、朝廷の役人を何よりも嫌う。だが、翠蘭が命懸けで守ろうとした蓮月妃の存在、そして、紫雲総管が帝都の権力を捨ててまで自由を求める姿勢を理解すれば、手を貸してくれるかもしれない」


「まさか、このような道があったとは…」


 沈安は感動に打ち震えた。これは単なる逃亡ではなく、新しい人生を始めるための、強大な力だった。


「すぐに都へ戻り、紫雲総管にご報告いたします」


「待ちなさい」


 梅芳は沈安を引き留めた。


「海燕党は、合図がなければ、誰も信用しない。あんたの主人が来るまで、ここで待機しなさい。私が、甥に連絡を取る手立てを整える」


 沈安が梅芳の茶屋で、海燕党との接触を待つ間、近衛隊長・趙斉は月潮から半日ほどの距離にある山間の村に潜伏していた。


 彼は、慎重に町の様子を探るため、部下を一人、旅の僧侶に扮して送り込んだ。


 夜陰に紛れ、部下が帰還した。


「隊長。沈安は、港町の高台に立つ小さな茶屋に潜伏していました。女主人と、連日、密会している模様です」


「女主人……梅芳か」


 趙斉は低く呟いた。


「そして、奇妙なことが一つ。今朝、あの茶屋に、武装した漁師のような男が数名、密かに出入りするのを見ました。彼らは、漁師というには動きがあまりに訓練されていました」


 趙斉の目が鋭く光った。ただの逃亡計画ではない。彼らが接触しているのは、単なる協力者ではなく、組織だ。


『南方の武装勢力と結託して、紫雲は逃げようとしているのか……?』


 趙斉の葛藤は続く。これは、一介の側近の逃亡ではなく、朝廷に対する反逆と見なされかねない。


 彼は、剣の柄を強く握りしめた。忠誠と正義の剣を抜く時が迫っている。


「今夜、私は単独で町へ行く。沈安と女主人に接触し、紫雲総管の真の目的と、彼らが関わろうとしている組織が何なのかを聞き出す」


 趙斉は、皇帝への忠誠を果たすため、そして、もしかしたら紫雲を救うための最後の機会として危険な接触を決意した。月潮から吹いてくる海風が、彼の決断を後押しした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ