《誰かは花火を「幸せ」と言い、誰かは「暴力的」と言う——俺はただ屁をこいただけ》
【12月31日・午後11時41分】
「なあ、花火ってさ……本当に幸せなものなのか?」
ただの思いつきだった。本当に、深い意味はなかった。屋上の風は冷たくて、サイダーはすでに気が抜けてる。俺たちは円になって立ち、都市の端が少しずつ光り始めるのを、まるで何かが一斉に爆発するのを待っているように見つめていた。
一番に反応したのはアツシだった。「幸せに決まってんだろ?幸せじゃなきゃ、先祖に捧げる花火かよ?」
ユイがふいに言った。「私、一度だけ泣いたことある。」
「は?感傷的になった?それとも失恋でも?」とアツシ。
ユイは、さっき弾けた光の残骸を見つめながら言葉を落とした。「違うよ。その年、初めて父さんが一緒にカウントダウンしてくれたんだ。普段は忙しくて全然時間なくて。でもあの日、突然『一緒に花火見よう』って言ってきてさ。私の好きな大学芋と唐揚げまで買ってくれて、二人でプラスチック椅子持って屋上の端に座って、食べながら待ってたの。花火が始まった時、父さんが私の写真撮ってくれて……なんか、私をちゃんと見てくれてた気がした。でもそのあと、もう一度も会ってない。」
声は静かだったけど、みんなにはっきり届いた。
「そっか……」とアツシはふざけずにストローを噛みながらうなずいた。
ハルが突然言った。「俺、花火って暴力的だと思うんだよね。」
「またそれかよ」とアツシが目を回す。
ハルは続ける。「だって、あの音さ、圧力が弾けた音にしか聞こえない。『ドン』って音、自分の中で押し殺してた何かが限界きて爆発する感じ。」
ユイも言う。「何を我慢してたのかも分かんないのに、弾けた瞬間に泣きたくなる時、あるよね。体の中のどこかが開いたみたいな、でも何が開いたか分かんないみたいな……」
アツシが言った。「お前らさ、なんで花火見て葬式みたいな空気になるんだよ。」
ハルはため息をつく。「俺、高校の時に花火の時に人が死ぬの見たよ。隣のビルの屋上で、男が突然飛び降りたんだ。みんなが『3、2、1』って叫んでる時に……。誰も気づかなくて、花火が打ち上がった瞬間にちょうど落ちた。音はでかかったけど、その『ドン』は違う音だった。」
「……本当?」とユイ。
「本当。ニュースにもなった。花火が空で咲いてて、彼は地面で倒れてた。すぐ横の女の子はスマホで撮ってて、気づいてすらなかった。」
その場の空気が一気に冷えた。
ユウジはずっと黙ってたが、突然言った。「俺も、その年だった。」
「どの年?」と俺。
「プロポーズしようとしてた年。花火も準備したし、会場も手配したし、指輪も用意して、彼女の好きな歌も練習した。でも、彼女が来なかった。」
彼は少し間を置いてから、顔を上げた。「彼女は言ったんだ。『罪悪感でイエスなんて言いたくない』って。」
「…………」 風が吹き抜け、誰も何も言えなくなる。 「…………」 「…………」 「…………」
俺は数秒待ってから、静かに屁をこいた。
ブッ。
静まり返った中で、完璧なタイミングだった。
「クソッ!」アツシが吹き出して、ドリンクをこぼしそうになった。
ユイは笑いすぎてしゃがみ込んだ。「マジで空気ぶち壊すな〜!ははははは!」
ハルは眉をひそめた。「……そのタイミング、絶妙すぎんだろ。」
俺は真顔で言った。「この空気には、衝撃波が必要だったんだよ。」
みんなバカみたいに笑って、ユウジも少しだけうつむいて笑って、俺の背中を軽く叩いた。
ユイが言った。「でも、なんか変だよね。毎年さ、花火を楽しみにしてるのに、始まったら過去のことばっか考えちゃう。」
ハルもうなずいた。「一種の儀式みたいなもんじゃね?言えなかったことを、花火の音に紛れて、こっそり手放す感じ。」
アツシ:「お前ら陰気すぎるって。俺はリラックスしに来たんだけど。」
俺はサイダー缶を振って、弱々しい『プシュッ』って音を鳴らした。「なら場所間違えたな、bro。ここはヒーリングサークルだぞ。」
ユウジがふいに言った。「でもさ、時々思うんだ。花火って、誰のために打ち上げてるんだろうって。」
ユイ:「スマホでしょ。」
アツシ:「正解。インスタのストーリーとか、バズ用動画とかさ。」
ハル:「スマホ構えてる時点で、その場にはいないって思う。」
俺が手を挙げた。「俺は自撮り派だね。花火を背にして、自分が一番イケてるからさ。」
またみんなが笑った。
そのまま話しながら、花火は終わり、年が明け、風がまた吹いた。誰も「明けましておめでとう」なんて言わなかったし、誰も急いで屋上を降りようとしなかった。
みんなが来年どこでカウントダウンするかの話をしてる間に、俺はそっと端に立って、夜空を見上げた。口の中にまだ噛んでない綿菓子をくわえながら、ぽつりと呟いた。
「みんな、お疲れ。」
そして一言、付け加えた。 「でも、来年も花火は上げるぞ。じゃないと、どこで泣くんだよ。」
背中越しに、「うっざ」「ふざけんな」「バカじゃね?」って声が飛んできた。
俺は笑って、振り返らなかった。
だって、今年もみんな——それぞれの“花火”を持って、ちゃんと来てくれたから。