第07話 けじめ
クラリスの元家から、正式な謝罪はなかった。
彼女を『呪われた娘』として幽閉し、婚約破棄を黙認し、その後も彼女の存在をなかったものとして扱い続けたあの家は、今も首都の片隅で、平然と日々を送っていた。
――そのままで、済むはずがなかった。
「リュミエール家より、正式な来訪の申し出……ですか?」
元クラリスの実家――エルフォード侯爵家の屋敷。
そう告げられた使用人は、耳を疑う。
けれど、門が開いたとき、空気が変わった。
先頭を歩くのは、ユリウス・リュミエールーー無口な男がひと睨みするだけで、門番が黙る。
隣に立つのは、オリヴィア・リュミエールーーその腰に提げられた大剣に、召使いが目を剥いた。
続いて入ってきたのは、微笑む長男リヒト。
そして、最後に静かに立つのは、『傷物』とされた令嬢を守り通した、痣持ちの魔術師――レオナールだった。
応接室に通された四人を迎えたのは、クラリスの伯父であり、現家長のエルフォード侯爵だった。
「……何のご用件でしょうか?」
形ばかりの挨拶。
その傲慢さは、まるで『あの頃』と何も変わっていなかった。
ユリウスは何も言わず、席に腰を下ろす。
代わりに、口を開いたのは妻であるオリヴィア方だった。
「クラリス嬢を、我が家の婚約者として迎えました。あなた方が『処分』した子を、我が家は『家族』として受け入れ……それに対して――『けじめ』を取りに来ました」
侯爵の目が細まる。
「それは脅しかね?」
「いえ、『事実』だ」
オリヴィアは、静かに笑っている。
その笑顔は獣のように鋭く、美しかった。
続いて、リヒトが手元の書状を開いた。
「こちら、国法に基づく婚約登録書。クラリス嬢は正式にリュミエール家次男と婚約済み。貴家が過去に“呪術的拘束”により彼女の人格を損ね、婚約破棄後も『処分』と称して隔離した記録も残っている」
「なっ……そんな記録――」
「ええ、隠されてました。でも、魔術式って正直ですから……それに関わった使用人、屋敷、管理記録、全部洗いました」
リヒトの笑みは、静かな断罪だった。
「エルフォード家の名に泥を塗ったのは、クラリス嬢ではありません。彼女を『物』として扱った、あなた方自身です」
侯爵の額に冷たい汗が浮かぶ。
「……それで、何を望まれる?」
ようやく折れた声に――ユリウスが、口を開いた。
「公的謝罪文の発表。名誉回復の声明。および、過去の“財産切り離し”名義にされた資産の一部返還……それが『最低限』だ」
「……っ……!」
「従わないなら、貴家の過去の『処分』全てを記録と証拠付きで貴族院に提出する」
言葉ではない。これは通達だった。
これが、リュミエール家のやり方だった。
▽
応接室を出たあと、レオナールはそっと呟いた。
「……父さん、母さん、兄さん……やっぱり、容赦ないな」
「当たり前だ……家族を傷つけた相手に甘い顔なんてするものか」
オリヴィアが鼻を鳴らす。
「あー…………胃薬切れた……」
リヒトはげっそりしながら歩いている。
その後ろで、父のユリウスはいつもの無言のまま、ほんの少しだけ、満足げに頷いた。
――日が暮れかける帰り道。
馬車を待つ間のわずかな時間、レオナールは木の根元に腰を下ろしていた。
胃痛で苦しむ兄は座席で横になり、母は鼻歌を歌いながら剣の手入れをしている。
そんな中――父、ユリウスだけが静かに佇んでいた。
レオナールは、ふとその背に目をやる。
どこか、自分に似た背中だった。
魔術師として、家族として、そして――人として。
「……父さん」
レオナールが声をかけると、ユリウスはゆっくりと振り返った。
変わらぬ、無口な父の顔――だが、その瞳の奥には、確かな想いが宿っていた。
ぽつりと――本当に小さく呟く。
「……あの子を、クラリスを、ちゃんと幸せにしろ」
それだけを言って、背を向けた。
レオナールは、言葉を返せなかった。
けれど、その一言が胸に深く刺さった。
それは、承認であり、信頼であり――何よりも父からの『祝福』だった。
あの日、森で彼女と出会ってから、すべてが変わった。
これからは、一人ではなく、彼女と共に生きていく。
彼女――クラリスが自分自身の幸せにするために。
レオナールは小さく頷いた。
「……ああ。任せてくれ」
春風が、彼の痣をなでるように通り過ぎていった。
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