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第04話 傷と痣、過去と呪い


 朝の森は、冷んやりとした空気に包まれていた。

 レオナールは膝をつき、落ち葉の上に魔法陣の小さな構成線を描いている。

 指先には微弱な魔力が灯り、土の中に眠る魔素をゆっくりと引き上げる。


「……ふむ。土壌に含まれる自然魔素の密度はやはり高いな。この流れ……水脈と接触してるか?いや、もしかしてこの地下層、古代式の癒しの泉と同じ魔力構造……?」


 自分しか聞いていないのをいいことに、レオナールは一人呟く。


「記憶式を仕込んでおけば、定点観測できるか……魔素の偏り具合も記録したい……あー、観測石が足りないな。昨日のやつ回収してから来ればよかった。まったく、兄さんがくれたのあと二個しかないし……」


 陣に魔力を流しながら、小さな魔力球がぽっと浮かび上がる。

 その光をじっと見つめて――彼はさらにぶつぶつ。


「球状よりも、羽状構成の方が森の魔素には合うのかもな。いや待てよ、風魔術系との干渉が……いや、それだと熱反応が高く……でも逆に安定化に転用できる……」


 彼にとって、この時間こそが至福のときだった。

 誰に見られることもない。

 『痣』のことも、『家名』のことも、誰にも気にされない場所。

 ただ、魔術と自然と、自分だけの思考で満たされる空間。


 ――そんな中だった。


 背後に、かすかな足音がした。

 レオナールが振り返ると、そこに――クラリスが立っていた。


「あ、えっと……お邪魔してすみません、こんにちは、レオナール様」

「あ、ああ、こんにちは、クラリス」

「……隣、良いですか?」

「え、あ、う、うん、どうぞ」


 お互い思わず顔を赤く染めながら、レオナールはすぐさまクラリスが隣に座れるように、用意する。

 その姿を見つめながらいると、レオナールが再度声をかけて誘導してくれた。

 クラリスはそのまま、ゆっくりと腰を下ろして再度レオナールに視線を向ける。


「その……熱心に何か言っておられましたね」

「……別に誰かがやるわけじゃないんだけど、どうしても気になる事は最初から最後まで調べないと気が済まないタチで……ある意味研究者みたいな、感じ」

「フフ、そうなんですね」


 クラリスはそのように静かに笑いながら答える姿を、レオナールは何処か恥ずかしそうな顔をしながら見ていた。

 しばらく、クラリスから目を放さないでいると、ふと何かを思い出したかのように、クラリスは息を吐く。

 森の静けさの中で、クラリスはぽつりと呟いた。


「……正直、あまり話をしたくはないのですが、多分レオナール様はこの顔の事を気にしているのだと思うのです」

「いや、別に気にはしていないけど……」

「……レオナール様だから、お話させていただきたいんです。私の前の出来事の事」

「え……」


「――私は、貴族の家の生まれでした」


 レオナールは何も言わず、ただ、彼女に目を向けるだけだった。

 春の風が、木々の間を静かに渡っていく。


「小さい頃から、『器』として育てられました。政略のための、結婚の駒。感情も、意見も、口にしてはいけないと教えられて……」


 彼女の瞳は、遠いものを見ていた。


「『あの人』に選ばれたとき、私はようやく家族に必要とされた気がしたんです。だから、笑いました。ずっと、誰にも必要とされなかった私が、誰かの隣に立てるんだって……」


 けれど――それは幻想だった。


「婚約が決まってすぐ、『魔術の刻印』を受けました。『これが、私だけの証』だと彼は言った……けれど、それは呪いでした」


 声が震える。

 彼女にとって、その日からが地獄の始まりになったのかもしれない。


「婚約破棄の翌日には、私は『呪われた娘』になっていた。あの印が刻まれてから、私の体には誰も触れなくなった。家は私を遠ざけ、森の離れに移し、名前さえ口にされなくなったんです……父も、母も、私の事なんて……」

「……」


 彼女にとって、辛い過去だ。

 しかし、別に彼女が悪い事をしたわけではない。

 それなのに、どうしてクラリス自身が攻められなければならないのか、レオナールは理解が出来なかった。

 そのまま、レオナールは指先を伸ばした。

 彼女の許しを得るまで、触れはしない。


「その傷――その『刻印』を見てもいい?」

「……はい」


 クラリスは、ショールをそっと下ろす。

 右頬に浮かぶ、深紅のような模様。

 紋様のように肌に食い込んだそれは、確かにただの傷ではなかった。

 レオナールはすぐにそれを見抜いた。


「やっぱり、魔術印だ……しかも、これは儀式型……構造は古代の契約式に近いやつで……これは、『縛る』ためのものだ」

「縛る……?」

「君を『所有物』として扱うための術式。印の構成式に『同調支配』の痕跡がある。体ではなく、心を押さえつけるための……」


 彼の声が、少しだけ硬くなった。


「――こんなもの、刻まれるべきじゃない。ましてや、恋人に」


 クラリスの瞳が、静かに揺れた。

 同時にレオナールは怒りを覚える。


(本来ならば、このような魔術印、本来は禁止されているはずだ……それなのに、彼女に使ったんだ。タチの悪いッ)

「……レオナール様、顔が引きつってます」

「あ、ごめん……怒りが顔に出てたみたい」


 イライラとしてくる感情が抑えられない。

 いつの間にか顔に出ていたらしく、クラリスが心配そうな顔でこちらに目を向けてくるので、レオナールは笑顔で返事を返した。

 彼女は恐る恐るレオナールに再度声をかける。


「……壊せますか?」

「構造次第だ。でも、解析すれば……痛かったらごめんね?」


 クラリスの頬に浮かぶ魔術印に、指先の魔力を沿わせながら、レオナールは低く呟きはじめた。


「……なるほど。構造式は三重螺旋、典型的な契約系。意図的に外部からの干渉を拒絶する封緘が組み込まれてる……『共鳴式防壁』? いや、違うな……応力の流れが逆だ」


 クラリスは困惑と緊張の入り混じったまなざしで、目の前の青年を見つめた。

 けれど彼は、まるで独り言のように、その場で小さく頷きながら魔力の光を当て続ける。


「……印の起点は眉骨の上。そこから頬骨下部まで滑るように伸びて、終点が耳の下……このラインの角度、まさか『縛術型』の古式応用……!?変態か?いや、これは完全に悪趣味の類だな……」

「へ、変態……?」

「ごめん、前の術者の話。君のことじゃない」


 さらりと恐ろしい発言を流しながら、今度は魔力の圧力を変え、印の一部に微弱な干渉を与える。


「……中層構造の結び目に微妙な『歪み』がある。空間処理が雑……これは術者の未熟さなのか、それともわざと?……いや、むしろ急いで刻んだ?儀式式のくせに即席処理とか、ほんと最低……」

「……あの、レオナール様?」

「うん、あと3分くらいで全体の構造が割れる。あ、でも副層の結界が解析しきれない可能性が……いや、ここで回転式に切り替えれば……!」


 彼の指先から放たれる魔力は、ごく小さな動きでクラリスの頬をなぞっていく。

 触れているのは、あくまで術式だけ。

 それでも、息をするたびに、彼女の胸の奥で何かがほどけていくようだった。


「よし……最深部、見えた。これは……『所有者認定式』……術者以外が触れた場合、精神に疎外反応が起こるようになってる……!」

「……疎外、って……」

「『私は価値がない』『誰にも触れられたくない』って思わせる誘導。これは……悪質だ」


 言葉に怒気が混じる。レオナールは珍しく、声を低くした。

 けれど次の瞬間、深く息をついて、柔らかく微笑む。


「……でも、大丈夫。見えたなら、解けるよ。ゆっくり、慎重に――きちんと、君を君として取り戻す」


 クラリスは、その言葉に返す言葉を見つけられなかった。

 ただ、彼の手が頬を離れたとき――少しだけ、その温もりが恋しいと思ってしまった。

 彼は魔術構成式の写しを作るため、指先に小さな魔力光を灯す。

 指でそっと、彼女の頬の『印』をなぞり――クラリスはほんの少し、身をすくめたが、逃げなかった。


「……冷たい、ですね」

「すまない。力を込めてるから」

「……でも、優しいです」


 彼女がそう言ったとき、レオナールは手を止めた。

 ゆっくりと、視線を合わせる。

 彼の右頬の痣と、彼女の右頬の傷が、春の陽の中で向かい合った。


「……君のそれは、呪いなんかじゃない。そう呼ばせてきた周囲の『弱さ』が、そう見せていただけだ」

「……でも、誰も、そう言ってくれなかった」

「僕は言うよ。何度でも。……だから、もう、隠さなくていい」


 レオナールの言葉を聞いた瞬間、クラリスの瞳が、大きく見開かれた。

 そして、崩れるように、涙が零れ落ちる。

 レオナールの服を鷲掴みしながら、彼女は泣き崩れる

 声を殺して、涙だけをこぼした。

 レオナールは何も言わず、彼女の隣に座り、肩にそっと触れた。


 それは、初めての「誰かの手」だった。


 泣いている彼女に目を向けながら、静かに呟く。


「……父さんに報告しないといけないな、これは」


読んでいただきまして、本当にありがとうございます。

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