グッと掴んでできた髪の毛の束の毛先幾千 その4
神、果て
どなたにも配慮ができていません。
ご了承される方はお進みください。
森に訪れる冒険者が減った。
減ったというか、ヒトトリシダたちが頑張って食べたのだ。
冒険者達が来るとヒトトリシダたちは捨て身でどんどん突っ込んでいた。見ていてとても清々しかった。
唐突に変化した森の様子に次第に人間達は尻込みしだし、限られた者が森のごく浅いところの散策を繰り返すのみとなった。
まぁ、その状態になるまでにおよそ5分の4の冒険者が食べられていたのだが。尻込みするのが遅すぎである。
という訳で、暇になってしまった。
森で待っていても人間が来ないので、食べることもできない。こうなると次は、こちらから出向くしかない。
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ペルティーダにいる我が力を与えた幾千のヒトトリシダたちを全て連れて街の外壁近くまでやってきた。
森のそれなりに奥の方から移動して来たが、冒険者とは1人もすれ違わなかった。それにこれほど街に接近しているというのに、街の賑わいを感じられない。
あちゃー。森で人間食べ過ぎて、街から逃げちゃってる?
尻込みするのは遅かった割に逃げるのは早いようだ。
食べられる人間の数が減ってしまっているのはこの際仕方がない。この街の人間を食べたら、次の街に移動すればいいだけなのだ。
人の往来が減り、警備が手薄になっているのか、街の門には兵士が2人立つばかりである。
とても不用心。
昨今の状況をまるで加味しておらず、森から我らが来ることを想定していないようだ。思い込みって怖いね。
警戒されてもない、街の人間は少ない。これはもう、正面からお邪魔して良いのではないだろうか。失敗しても、また来ればよいのだし。
門番2人に気づかれないように忍び寄り、30株ほどが一気に飛びかかった。
「うわッ、なんだ?!おい、まさか、こいつらは…」
「や、やめろ!離せ、ああああ助けてくれ!」
パクっと。
早技である。ヒトトリシダたちもいよいよ人間達を食べるのに手慣れ、ちょいとおやつをつまむくらいのノリで人間を食べれるようになってきている。
門番達はそれなりに大きな声を上げていたが、あまりに人の気配がなく、気付かれた様子もない。元々少ない人間を取り逃すのはもったいないため、この街の北にあるもう一つの門にも半分ほどのヒトトリシダ達を送った。
同じ程度の警備であれば、門番を食べて街に侵入すればよいし、警備が厚ければ人間が逃げないようにその場にバリケードのように留まって、邪魔をすればよい。ヒトトリシダたちはすっかり人間を食べるのに手慣れてきたので、どちらにしてもきっと上手くやるだろう。
我々はどんどん街の中に入らせてもらう。
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「状況はッ!どうなっているッ!」
「わ、分かりません!ただ、ヒトトリシダが大量に押し寄せているとしか!」
「馬鹿な、こんなこと…っっ」
ギルドマスター見っけ。
この人間はいつ見ても叫んでいるな。よく喉を痛めないものだ。
立派なギルドの建物には、今やこのギルドマスターと職員の2人しかいない。急いで出て行ったのか、扉が開け放たれている。中にいる人間は扉が開いていることに気を配る余裕もないようだ。遠慮なく入らせてもらおう。
「冒険者はッ!?連中は何をしているのだ!」
「す、既に街に、散っております!あるいは、街の外に逃げた者もいるかもしれません…。」
いないよ。
街の外に逃げた人間。
最初に侵入した門からはヒトトリシダたちがどんどん侵入し続けていて、逃がす隙もなく人間を食べている。北の門も派遣したヒトトリシダたちがキッチリ制圧している。
どちらの門にも逃げようとした街の人間や冒険者、他の街に助けを求めようとした伝令兵が来ていたけれど、みんな食べてしまった。
「くっ、これでは…!、何者だ!!」
あ、気づかれてしまった。
もっと近くまで忍び寄ろうと思っていたが、こうなったらもうこの人間達も食べるしかない。
一緒に来ていたヒトトリシダたちが飛び出していき、人間に食いつこうとしている。いけ!頑張れ!
「ふん、吾輩を舐めるな!!
ファイヤーウォール!」
ゴォォォォオオオオという轟音と共にこちらに向かって炎が迫ってきた。
我はすんでのところで避けることができたが前に飛び出していたヒトトリシダたちは見るも無惨に焼き尽くされてしまった。
この人間、コネでランク上げた実力無しとか言われていたのに、どうやらそれは間違いだったようだ。きちんとランク相応の魔法を使いこなしてヒトトリシダたちを焼いている。厄介。
「非力な貴様は下がっていろ。」
「は、はい。」
おっと、非戦闘員を庇う余裕もあるか。
「吾輩はオピウム公爵家三男、シウダー・フォン・オピウムである!この街、ひいては我が父の領地のためにこやつらを殲滅してくれるわッ!」
なるほど。なかなかに迫力がある。
この気合いの入りようでは街を燃やし尽くしてでもヒトトリシダたちを追い詰めそうだ。
そうなってしまっては困るので、我はギルドの外に出た。他のヒトトリシダたちにはどんどんギルドの中に入ってもらい足止めをしていてもらう。
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ペルティーダのギルドは大層立派な建物で、ここの領主であるオピウム公爵お抱えの職人達が一生懸命作ったものだ。
特に、建物全体に使われているこのレンガ。
このレンガは高温で焼くことで、湿気を通さない性質に作り上げられ、湿度が高いこのペルティーダでも室内で快適に過ごせるようにとの気配りがなされている。
また、レンガを組む際にも細心の注意が払われ、建物全体がかなりの耐久性を誇っている。
か弱いヒトトリシダが魔法を使っても、殴っても、屋根で暴れても崩れようがない代物だ。
よく作り込まれており、今回のようなことがなければ、今後4〜500年程度は健在であったに違いない。
確かに耐久性が高く良い建物に見えるが、これを作ったのは人間である。
人間に完璧なものは作れない。
この頑強そうなレンガ造りの建物には致命的な弱点がある。
揺れに弱いのだ。
というより、揺れることを想定して作られていない。
ここら一帯のヒトトリシダたちを呼び寄せ、根っこを地面へ突き刺してもらう。
ヒトトリシダたちの根っこはあまり大きくはないがこれだけの数が集まると、建物付近をすっかり覆えるようになる。準備できたかな?
揺れろ。
数百のヒトトリシダたちが根っこを地面に刺したまま一斉に暴れ出す。
1株や2株程度であれば、さしたる影響も与えられないだろう。しかし、彼らヒトトリシダたちはこれだけの数がいる。圧巻である。
建物全体からピシッピシッという音が聞こえ始め、やがて全体がぶぉおん、ぶぉおんと揺れ始める。
ポロっと目の前にレンガが一欠片落ちてきたところで一気に全体が崩れ始めた。
やはり数。数が全てを解決する。
中にいた人間たちは。
職員は呆然と見上げ。
ギルドマスターは落下するレンガを視界に入れ、咄嗟に最も使い慣れた火魔法をレンガに向けて放つ。
しかし、職人達が丹精込めて焼き上げたレンガは、その持ち前の素晴らしい耐久力を発揮して火魔法の膨大な火力を物ともせず。
そうして、崩れた無数のレンガは全てを呑み込んでいった。
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街の中に残る人間達はいよいよ残すところ僅かとなった。
魔法が使えるものは魔法で、そうでない者たちはどうにか火種を持ち出してヒトトリシダたちに対抗しようとしたらしく、街のあちこちから火の手が上がっていた。
当てもなく歩いていると、事切れたヒトトリシダがぽつぽつと転がっている通りに出た。それらを辿っていくと、やがて戦闘音が響いてくる。
どうやら冒険者がまだ頑張っているようだ。
「クソッ、どんだけ湧いてくるんだ、コイツら!」
どんだけ湧くんだと言われても。
まぁ、我が飽きない限りかな。
こいつは森で初めて会った金欠人間だな。
パーティメンバーが王都へ去って行った後も、街に残り、森で愚直にヒトトリシダたちを狩り続けていた。今日は森に出ず、街に居たらしい。
「魔力ももう限界か…。チッ、ギルドまで戻りたかったが難しいか。」
ギルドが崩れたのを見て、様子を見に戻りたかったらしい。まぁ大きい建物であったから、街のどこにいても崩れる様が見えただろうし、そうであれば様子を見に戻りたくもなるだろう。
「きゃぁぁぁぁああああっああっ!」
「!こっちかッ?!」
通りの突き当たりで女がヒトトリシダに襲われている。冒険者や兵士でもないのによくここまで生き残ったものだ。
冒険者が悲鳴に釣られて駆けていく。
駆け付けた勢いでそのまま女を襲っていたヒトトリシダを切り捨てる。
「大丈夫かッ」
「うぅ、、うわぁぅ、カーン、たすったすけてぇ、う、うぅ、ひっヒッはぁう、。」
恐怖のあまり言葉もまともに出ないようだ。
対抗手段も持たぬのに、ここまで生き残ったのはさぞ恐怖が煽られたことだろう。戦うことができるとか、逆にさっさと食べられた方が味わう恐怖も少なかったろうに。
まぁ、仕方ない。人間は、上手く生きられぬ生き物なのだ。
「ルイジアナ…よく…生きて…。」
「うぅ、、う、ずっと、か、隠れてたの。でも、はぁうぅぐすっ、火が、うぅ近くまで来て…うぅ。慌てて、で、出てきたの、ふぅ、う、ぅう。」
「そうか、よく頑張ったな。………俺と街を出よう。」
「ま、まち?」
「ギルドから街の中のヒトトリシダの討伐命令が出ちゃいたが、もう、ギルドも街も保たねぇだろ。…命令に背くことにはなるが、とやかく言う奴はもう…。…歩けるか?」
「う、うん。」
そうか。女を助けて逃げるのか。いい漢気だ。
だが、そっちに進んでいいのか?門には近づくだろうがヒトトリシダたちはいっぱいだぞ。
まぁ、街の中にヒトトリシダが少ないところなんてもうほとんどないのだけれど。
「俺の買ったネックレス、着けてくれてたのか。」
「うん…。気に入ってていつも着けてるの…ありがとう…。」
おっと、ここに来てLOVEの気配が。
危険な状況で2人だとつい依存的な関係に陥って意識してしまうな。愚かしい。
「チッ、来たか…。ルイジアナ、後ろに下がってくれ。」
「カーン…気をつけてね。」
「おう。大丈夫だ。
…このクソどもが…俺が叩き切ってやるよッッ!」
勇ましい声と共にヒトトリシダたちに切り掛かっていく。その太刀筋は中々に鋭く、押し寄せるヒトトリシダたちを次々と切り捨てていく。
凄まじい気迫に、ここを切り抜けて、2人で生きるんだ…!という気持ちがありありと見える。
そうこうしているうちに、なんと、押し寄せたヒトトリシダの一団が全て狩り尽くされようとしている。
「カーン、すごいわ…!」
そうだね。
なかなかできることではないね。
「ルイジアナ、!後ろッ!!」
「え?あっ。」
前だけではないんだよ。当然。
ここはお行儀のいい試合場でもなければ、ヒトトリシダたちが散っている広いフィールドの森でもない。
市街地とその周辺の狭い場所に数千のヒトトリシダたちがいるのだ。
慌ててこちらへ戻る冒険者。
そうして、女に襲い掛かろうとしていたヒトトリシダを切り捨てて、別のヒトトリシダの根っこに足を取られたところで、背後から追いついたヒトトリシダに気が付いた。
「しつけぇんだよ、オラァ!!」
威勢のいい掛け声を上げ足に絡みついた根っこを切り捨て、背後のヒトトリシダに向かって剣を振り上げた。
「カーン、たすけ、」
そうして、冒険者がどうにか助けようとしていた女は切り捨てられた個体を乗り越えて迫ってきたヒトトリシダに食べられた。
「あ、」
「あ、あ、あああぁぁぁぁぁああッああッッ!!」
この人間は疲労していた。
パーティメンバーがペルティーダから去ってからソロで森に入りヒトトリシダを狩り続け、碌に休めぬまま今日を迎えた。
そして今日、この街の誰よりも街に侵入したヒトトリシダを狩り、この街を守ろうとしていた。
緊張もあった。
自分の背負っている命が自身1つだけでは無かったからだ。
街に残る人間やこの無力な女を守れるのは自分だけだと分かっていた。
不安もあった。
この街に侵入してきたヒトトリシダはとても1人で対処できる数ではない。街のシンボル、ギルドはすでに落ち、街は壊滅間際であった。この状況で自身のみならず、非戦闘員も抱えねばならなかった。
この冒険者の判断や動きを鈍らせるものはその身にいくらでも渦巻いていた。
特に、この不安がこの冒険者をダメにした。
街の惨状を見れば手が震え、女が自分の手を握れば、この温もりを守りきれず失ってしまったらと思い吐き気がし、そして、かつての仲間がここにいればと心の内で思えば、それに縋りついて何も考えられなくなった。
だから。
最初から街から逃げていれば。
ギルドの命令に従わなければ。
女のネックレスの魔石を奪って魔力を回復させていれば。
直接門に向かわず迂回してルートを工夫していれば。
自宅の予備の装備や備品を回収していれば。
この女を見捨てていれば。
この冒険者が生き残る方法はいくらでもあった。
疲労、緊張、不安、冒険者を取り巻くもの全て。
そしてなにより、人間が最後まで捨てられぬ、情が。
生き残るための選択肢を全て見えなくさせた。
そして、目の前でこの女が食べられたのを見て、全てがぷつっと、途切れてしまった。
「あぁ、あああぁ、あ、あははは、はははは」
冒険者は空虚に笑っている。
では。さらば。
ぱくん。
****************
街の中にはなにもなくなってしまった。
あんまり人間も多くなかったし。
まだまだ動くこともできそうなので、ヒトトリシダたちを連れて次の街に行こうとしたが。
外壁を超えて1キロもしないうちに寒くて動けなくなってしまった。
寒くて辛かったし、なにより乾燥してしまって。
なんかこう、表面が痒いな〜、虫にでも食われたかな〜なんて思っていたら、ぺりぺりっと皮が干上がって、ずるっと一皮剥けてしまった。物理的に。
えぇ、と驚いていたら他のヒトトリシダたちも同じような状況だったので慌てて街へ引き返した。
この街までの環境が、ヒトトリシダたちにとって生存できる限界点だったららしい。
ここまで頑張ってもらってきたが、彼らにこれ以上人間を侵略して食べることほできない。我はここから先に進んで人間を死滅させなければならないため、ここでお別れになりそうだ。
与えた髪はそのままにするから、ペルティーダの森と街で楽しくやってるんだよ。達者でな。
愛らしいヒトトリシダたちとお別れだと思うと後ろ髪引かれる思いだ。仕方なく、意識を戻していく。
次はどうやって人間を減らしていこうかな。