グッと掴んでできた髪の毛の束の毛先幾千 その2
神、知る
空は遠く、周囲は雄大な緑に囲まれやや薄暗い。どこからか動物の鳴き声や水の流れる音が聞こえてくる。
初めて自身のビオトープに意識を降ろしたが、中々いい気持ちである。後は人間さえ死滅させてしまえば、もう言う事なしだ。
意識を下ろしているヒトトリシダは我が力を与えたことで草魔法を得たようだ。
ヒトトリシダ
スキル:草魔法(new)、隠匿、消化吸収、捕食
状態:神降ろし(new)
本来であれば移動できないヒトトリシダであるが、草魔法を覚えたお陰でどうにか動けそうである。根っこに魔素を巡らせて地面から引っこ抜いてみる。
ミシミシッ、ボコッ
根っこを使ってヨタヨタと歩いてみるが、ヒトトリシダの根っこはそれほど大きくないため、大きな葉っぱを持ち上げながらバランスを取って歩くことが中々難しい。
神ではない生き物というのは本当にままならない。魔法が使えるようになり、通常より力を得ていてもこれほど不便なのだから誠に不憫である。不憫でありながらも懸命に生きている様子により愛おしさを感じる。
これほど愛おしい生き物を狩り尽くさんとしているのだから人間は憎たらしい。できるだけ早く死滅させるに限る。
「おい、こっちからなんか音が…あ。」
あ。
人間である。わらわらと4人現れた。小汚い格好から察するに冒険者だ。丁度いいこのまま食べてしまおう。
うーん、草魔法で葉っぱを人間へ動かして…
「おい、なんで動いてるんだ?!」
「魔法を使ってるぞ、喰われる前に燃やせっ!!」
「分かってる!!
ファイヤーショット!!」
あ、まず
*************
かぁぁぁぁああ!!
ほんっとに、人間ってやつはさぁ!
……ますます人間を滅ぼしたい気持ちが強くなる。
今回はすぐ殺されてしまったし、ヒトトリシダに与えた髪の毛も失われてしまったが得た学びもある。
奴ら人間は本来の生息域以外でも出没するし、そういった場合群れている。不憫なヒトトリシダは一株居たところで、我が力や意識を降ろそうが対抗できるはずもない。
うぅん、どうしようかなぁ。
**************
ヒトトリシダの生い茂るこの森は湿度と温度が一年を通して高く、特殊な生態系を築いている。加えて地下鉱脈も豊富で稀少な鉱石が発見されることから冒険者に非常に人気な森だ。
それゆえ、森に隣接するように街があり、ギルドと冒険者を中心に街が栄えている。それがここ、森と冒険者の街ペルティーダだ。
先ほどの人間たちは、我を殺した後すぐにこのペルティーダへ帰ったようだ。
「おいエドアルド、やっぱり森に戻らないか。今日はまだ何もできてないんだぞ。俺、金欠なんだって昨日から言ってるよな。」
そうだそうだ。さっさと森に戻れ。そして食われてしまえ。
「いや、すぐギルドに戻って報告する。あのヒトトリシダは異常だ。被害が出る前に対策を取るべきだろう。」
「まぁ、エドアルドの言う通り、報告して対策を練る方が安全だとは思います。しかし…ギルドが取り合ってくれますかね…」
「ギルドに何言っても無駄だってぇ。どーせなんにもしないよぉ。わざわざ無駄足踏むくらいだったら、カーンの言う通り森に戻ってもうひと稼ぎしたほうがいいって俺も思うけどねぇ。」
おぉ、ちょっとした間に意見が割れているな。まぁ人間は矮小な生き物だから、神である我のようにすいすい〜と問題を解決できず、すぐ争ってしまう。仕方ない生き物だ。
「ギルドは…動かないかも知らないが、俺たちが報告しなければ被害が大きくなるかもしれない。そうなったら俺は自分が許せないんだ。」
「…まぁ、お前がそこまで言うならいいけどよ。俺は本当に金がないんだから、報告したらまた森に行こーぜ!少しでも稼がせてくれよ!」
「あなたはどうしてそんなに金欠なんですか?バカだからですか?」
「うるせぇな!なんでもいいだろ!」
まぁこいつが金欠なのは女に貢いでるからである。一昨日も女に「このぉドラゴン亜種のぉ魔石のネックレスほしいなぁ♡」とねだられ、「いいよ♡いくらでも買ってあげる♡」と腕に押し付けられた胸を見ながら頷いていた。チョロい男である。
そうこうしているうちに4人はペルティーダのギルドに着いた。ギルドはこの街で1番大きなレンガ造りの建物であり、この街の象徴でもある。流石、冒険者の街といったところか。
4人が早く帰ってきたからか、ギルドの中は閑散としており、職員がまばらにいるばかりだ。
「あれ、今日はとっても早いお帰りですね。どうされました?」
「ギルドマスターはいるだろうか。話がしたい。森に変異種が出たんだ。」
「変異種ぅ?」
ギルドの奥の部屋から現れたのはこの街、ペルティーダのギルドマスターだ。普段はやれ依頼達成率が低いだの、素材の採取量が足りないだの、魔物や魔族を狩ってこいだのと口うるさいギルドマスターである。
「北の方で出た変異種の魔石は大層な金額で売れているという。我が領地でも、当然、金になる魔石が出ることとなろう。貴様らが見た変異種はさぞ、美しい魔石が採れる種であろうな?なぁ、エドアルド?」
「…変異種はヒトトリシダです。元はただの植物ですが、魔法が使え、魔物化しておりました。もちろん魔石も採取してきております。」
おぉ、この人間、抜け目なく我がヒトトリシダの魔石を採取していたか。まぁ我が愛しのヒトトリシダは魔石となっても美しい存在であるから、思わず手に取ることも致し方ない。
「ほうほう。見せよ。早う魔石を出せ。」
「しかし、ギルドマスター、我々は魔石よりもその危険性と対策を進言したく…」
「見せよと言うておる。これ以上言わせるな。」
そこまで言われて人間はようやく魔石を懐から取り出した。
早く見せてやれ。ヒトトリシダの魔石はとてもうつくしいからな。
取り出した魔石は、森を体現するような深い緑色をしており、じっと見つめていると呑み込まれてしまいそうなほど深く、そして美しい。その深い美しさゆえ、存在感があり大きく見えるが、実際の大きさはとても愛らしい。ヒトトリシダの胞子ほどの大きさであり、摘んで食べてしまいたくなる。
この魔石には万物、皆魅了されるであろう。事実、このヒトトリシダの魔石を前にギルドマスターと呼ばれている人間はその愛らしさに震えてしまっている。
「なんだッッ!このクズ魔石はッッ!」
は?
「は?」
「こんなっ、くすんだドブのような色!爪の先ほどの、こんな小粒では加工もできんッッ!魔力含有量も低いッ。これではただのゴミではないかッッ!!!」
は?なんなんだ、こいつ?こいつがゴミか?
「確かにヒトトリシダの魔石は用途を探すことが難しい代物ではありますが…」
確かにではない。なんなんだこいつらは。なぜこの愛らしさと美しさが分からないのだ。
「これでは父上に報告することもできん!もっと使えるような変異種を見つけよッ!」
「変異種はそう簡単に見つかるものではありません…。それに、使えるか使えないかではなく、その危険性をご報告したく…。」
「何が危険性だッ!たかがヒトトリシダであろう!そこらに転がるF級でも討伐できうる!まして、貴様はA級であろう、エドアルド!」
「確かにA級ではありますが…そうではなく、これは変異種なのです!魔法も使えます、いままでとは危険度が違うのです!」
「だが、貴様らは討伐してきた、そうだろう?!見るに手こずった訳でもあるまい。危険でもない、魔石としても役にたたぬ、発見は一体だけで大量発生している訳でもない!それでは討伐する意味もなかろう!」
「もちろん、今はそうです。しかし今後複数現れれば…」
「今回の件、ギルドに得は一切ない!ギルドは動かぬ!」
「しかしッ!」
「くどいぞ!いい加減下がれ!これ以上は聞かぬ!」
あーあ、わざわざ森から帰って報告しに来たのに、無駄になっちゃったね。可哀想にね、ここで行動して冒険者みんなでヒトトリシダを狩り尽くせたかもしれないのに。まぁ、我にとっては笑いが止まらないんですけど。
うーん、愚か笑。
***************
「ほーら、言ったじゃーん。ギルドにさぁ報告したって無駄だってさぁ。
でも、これじゃあいつか、ヒトトリシダの異常増殖とか起こって街が丸々呑み込まれちゃうかもねぇ。」
「こら、ルイス!エドアルドは落ち込んでるんですよ、追い打ちをかけるようなこと言わないであげてください。」
「…いや…大丈夫だ…」
「んな顔して全然説得力ねーよ!もういいだろ。ギルドは動かん、討伐命令も出ない。俺たちが森で依頼ついでにどんどん狩って行けばいいだろ!さっさと森に行って討伐ついでに金、稼いでこよーぜ!」
そうだそうだ。森に戻れ。さっさと食われろ。
「それなんだけどぉ。」
「あん?」
「なんかさぁ、最近やになってきちゃってぇ。ギルドとかマスターとか街の感じとかぁ。」
「はぁ、お前なに言って…」
「拠点移動しない?この際王都とかどう?まぁまぁ遠いけど、人も多い分稼ぎやすいでしょきっと。」
は?いや、移動なんかせず、大人しく森で食われろって。
「…そうですね。いい機会かもしれません。」
よくないよ。
「お前ら、本気で言ってんのか?!捨てるのか、この街を!?ギルドは動かなくても俺たちが間引いておけばいいだけだろ!?
…お前は違うよな、この街を出てくなんて言わないよな、エドアルド??」
「…」
「おい、エドアルドッ!」
「……王都へ行こう。」
あーあ。この人間たち、本当にままならないなぁ。もう一回森にくれば食べれたかもしれないのに。
ヒトトリシダの危険性をこの人間たちしか知らないにも関わらず、この街を出ていくということは、この街の冒険者や街の人間を見殺しにするようなものである。ギルドがダメでも、他の冒険者に忠告くらいはできるであろうに。
この数の同族を見殺しにするなんて、なんと残忍。流石人間。この性根は他に類を見ない。
「この街にA級はエドアルド、お前だけだ!B級は俺たち以外は2人、しかも1人はコネでランクを上げたギルドマスターなんだぞ!お前らがいなくなったら、何かあった時どうやって街を守る?!」
「カーン。」
「なんだよッ!」
「貴方はこの街の出身で愛着があるのだと思います。しかし、この街はとても排他的です。よそ者である我々にとって住み良い街ではありませんでした。ランクの高い我々に対する嫉妬もあったのだとは思いますが…。」
「そんなことは、俺はお前らといても見たことがないぞ…」
「罵倒、恫喝、暴力、窃盗…。レパートリー豊富な嫌がらせだったよぉ。この街の人はさぁ、森の稼ぎを街で独占したいみたい。だからよそ者は邪魔なんだねぇ。それでも僕たちがこの街にいたのは、森での稼ぎがよかったからなんだけどぉ。」
「そんな、そんな筈は…。ならどうして俺に相談してくれなかったんだ。」
「すまない。カーンに伝えたら、街の人と板挟みになってつらい思いをすると思ったんだ。」
うーん。人間とは実に残忍で欲が深いものだ。平等に分け合えとは言わないが、能力と労力に見合うものを皆で得ることくらい許容すればいいものを。周囲を省みず、自己の発展ばかり望むから、逆に停滞、ないし後退しているのだ。この街の有様が、正に物語っている。
「僕たちにこの街を守る義理も義務もないよぉ。」
「その通りです。これまでのことを思えば当然とも言えます。
…街の人間は我々にとって特に価値のないものです。しかし、カーン、あなたば違います。」
「街の人間には、迫害されてきたが、カーンはずっとよくしてくれていただろう。俺たちにとってカーンは大切な仲間なんだ。俺たちがいなくなった後もギルドマスターが冒険者やギルドをいいように使うのは目に見えてる。
…一緒に行かないか。」
酷なことを聞く。本当に気を使ってやるなら無理にでも連れて行ってしまえばいいものを。
「…。俺はこの街に残る。誰かがヒトトリシダの間引きをやって街を守ってやらないけないだろう…。そのくらいなら1人でもできるだろうし…。」
「そうか。」
「今まで街のみんなが悪かったな…。」
「カーンのせいじゃないし、謝んなくてもいいよぉ。言わなかったのは俺たちだし、あんまり気にすんなってぇ。」
「1人で無理しないでくださいね。何かあれば呼んでください。街は守りませんが、あなたのことは守りにきます。」
ふむふむ。我の目撃者を食べれないのは残念だが、自主的にペルティーダからいなくなるのならよしとするか。いずれ、このビオトープ中の人間は死滅させるのだし、この人間たちもその内我の手にかかる。
しかし、この街の冒険者のうち、実力のある者がごそっといなくなるようだし、大助かり。対策も特に取られないし、いいことづくめ。
この人間たちがいなくなったところで、次どうするか考えねば。
神はビオトープの中を好きに覗けるようですね。