第八話 推しと精霊 ◆sideフィーナ
「今日も推しカプが尊かったわ」
最近忙しそうにしていて、どうも素直になりきれていない様子の両親の背中を押すことに成功した私は、自らの武勲を讃えつつ、『推しカプ観察日記』にペンを走らせている。
我慢できずに声が出てしまったけど、あのままキスぐらいはしそうな勢いだったわよね。くう、惜しいことをしてしまった。猛省だわ。
ともかく、今日をきっかけに本音をぶつけ合えるようになれば、また一つバッドエンドが遠のくはず。
今日はクロエと寝る日ではないのだけれど、お昼にあれだけ盛り上がっていたんだもの、両親を二人にしてあげたいと思ってクロエにくっついて自室へと退散した。二人も強く引き留めてこなかったところを鑑みると、きっと今頃は……ぐふふ。おっと、涎が。
「お嬢様、その『おしカプ』というのは一体なんなのですか? いつもおっしゃっておりますよね」
テキパキと寝支度を整え、私の髪の手入れをしてくれていたクロエが痺れを切らした様子で問いかけてきた。
ふふ、クロエには説明しておいてもよさそうね。あわよくば同担沼に引き摺り込んでやるわ!!!
「推しとはつまり……人生よ! その人や物のことを思うと胸がときめいて、幸せな気持ちになるの。推しカプっていうのは、推しキャラのカップリングのこと。私の推しカプはお父様とお母様よ! 推しカプ――二人の幸せは私の幸せ。推しのためならなんでも頑張れるの。お腹の底から力が湧いてくるのよ」
「なるほど……ご主人様とアネット様のもどかしい関係にヤキモキしつつも見守りたくて、二人が幸せそうに微笑みあっていると胸が温かくなる……こうした感情のことを指すのでしょうか?」
鏡の中のクロエが胸を押さえながら物憂げに瞳を伏せている。おっと、これは……
「そう! 推しを想う気持ちは多種多様よ! 私から言わせると、あなたが抱いている感情は既に推しカプに対するそれと同じよ! 『尊い』って気持ちに他ならないわ! ふふ、ようこそ、こちら側へ」
私は満面の笑みでクロエを振り返り、親愛の意を込めて握手を求めた。
「これが……?」
クロエは戸惑っているようだけど、私の手をしっかと握りしめてくれた。
安心して。あなたのその気持ちはとても尊いものだわ。少しずつ色んなことを教えてあげるからね。どんどん推し活していきましょう。ふふふふふ。
「それにしても……精霊と戯れるお母様は本当に美しかったわ……まるで絵画のような美しさ」
私は脳裏に焼きついた光景を思い返し、うっとりしながらスケッチブックにサラサラとお母様と妖精の様子を描いていく。
流石に四歳児の身体だから線が歪むけど、許容範囲かしら。生前は何冊もクロアネ本を出したもの。腕は鈍っていなさそう。あ、安心してね。全年齢対象だから。
「はぁ……それにしても、精霊に好かれるなんてさすが私のお母様よね」
この世界には精霊が存在する。
けれど、精霊は誰にでも見えるわけではない。ましてや、祝福を受けることは大変稀なこと。家柄や血筋はまったく関係ない。その人自身の心の清らかさが精霊を惹きつけるの。
そして、私の両親は共に精霊の祝福を受けている。
大切なことなのでもう一度言おう。
私の両親は、共に、精霊の、祝福を、受けている。ここ、テストに出ます。
つまり二人とも、とっっっっても心が清らかだということ。分かる? 精霊に寵愛されるほどよ? 分かる??? この尊さ、そして、素晴らしさが!!!
両親推し過激派の私にとっても誇らしいことなの。
私の心はお父様とお母様のことでいっぱいいっぱいで正直不純極まりない自覚はあるのだけど、不思議なことに私も精霊が見える性質なのよね。
つまり、精霊が見える私の心は清らかだということ。両親激推しのこの昂る感情は精霊も認める尊ばれるものであるということ!!!
もはや精霊たちもお父様とお母様を推しているのではないかしらと思えるわね。だって、祝福を与えているぐらいだもの。絶対そうね。推していないと祝福するわけないわ。
「お嬢様の完全なる持論ですね」
「あら、口に出ていた?」
「ええ、ブツブツと少々不気味なほどでした」
スンとした表情でクロエが差し出したのは、手鏡。
何? 顔を見ろってこと? どうせ美少女が写っているだけだと思うけど?
あらやだ。興奮しすぎて目が血走っているじゃない。
「夜更かしをしては大きくなれませんよ。お肌にも悪うございます。目の下にクマでもできようものなら、ご主人様と奥様に心配されてしまいますよ? 今日はそのあたりにして休みましょう」
「そうね。さすがに寝る時間だわ」
時計を見て、日記を開いてから既に一時間が経過していることに驚いた。
推しのことを考えていると時間が溶けていくわね。
既に寝巻きには着替えていたので、クロエと共にベッドに潜り込む。
「おやすみなさい、クロエ」
「おやすみなさい、お嬢様。いい夢を」
クロエに一定のリズムで胸の辺りをトントンしてもらう。
絶妙な力加減とリズムで、あっという間に私の瞼が重たくなっていく。
明日からはもっと積極的にお父様とお母様の応援をしよう。そう心に誓いながら見た夢は、花畑で寄り添い微笑み合う両親と過ごす幸せな夢だった。