第五十話 娘の帰還 ◆sideクロヴィス
「フィーナ⁉︎ 戻ったのか!」
「むふ、ただいまもどりまちた!」
フィーナの後ろからは、息を切らしながらリューク殿下とカロライン嬢が駆け寄って来ている。クロエは涼しい顔で姿勢を崩さず歩いて――いるのか? 走っているようには見えないが、尋常じゃないほどの速度で近づいてくる。どうなっているんだ? さらにその後ろからは騒ぎを聞きつけたらしいセバスチャンまで駆け付けていて、中庭は途端に騒がしくなってきた。
同伴していた騎士たちは厩舎に馬を休めにいっているのだろう。状況を鑑みるに、フィーナの足元で得意げに尻尾を振っているウォルが一足先に到着したというところか。
「ふふ、ウォルのおかげでいいものが見られたわ。ありがとう」
『ウォルッ!』
フィーナはウォルの首元に抱きついて「もふもふ」と言いながら首筋を撫でている。ウォルも嬉しそうに尻尾をブンブンと振っていて、中庭に小さな旋風が巻き起こる。
「はあっ、はあっ、ちょ、ちょっと! ウォルの足が速いからって、置いていかないでよね!」
「そ、そうだぞ……! ゼェ、ハァ、後を追う方の身にもなってくれ」
息も絶え絶えに追いついてきたカロライン嬢とリューク殿下が恨めしそうにフィーナを睨め付けている。
「ごめんなさい、早く推しカプに会いたかったから……考えてみればここに来てからお父様とお母様と離れて過ごすのは初めてだったんだもの。推しカプメーターのライフが危うくなくなってしまうところだったわ。着いて早々無事にチャージできて良かったわ」
「頼むから理解できる言葉で喋ってくれ」
フィーナがまた訳の分からないことを言い出したと思っていたら、リューク殿下も俺と同じ気持ちだったようで、俺の気持ちを代弁してくれた。本当にそう。
「あー、フィーナ? それで、目的を達することはできたのか?」
予定では夕方に帰還する予定だったはずが、まだ昼下がりだ。
朝食を食べてすぐに出立しないとこの時間には着かないだろう。
つまり、俺の推測が正しければ、昨日のうちにフィーナは目的を達成しているのではないだろうか。
俺の予想通り、フィーナは「むっふん」と口角を上げて得意げに胸を逸らした。
「クロエ」
「はい、お嬢様」
フィーナに声をかけられたクロエが、どこから取り出したのか、籠いっぱいに入った果実を見せてくれた。
「これが……幻の果実」
籠の中でツヤツヤと輝いている赤と橙が太陽を想起させるその実こそ、かつて精霊がもたらしたと言われるソナスの実そのものだった。
「はいっ! ソナスの実です! せいれいさんたちがプレゼントしてくれました」
「精霊が……? 聞きたいことはたくさんあるが、まずは早速アネットに食べてもらおう」
「はいっ!」
俺とアネットを筆頭に、一同は室内へと引き上げた。セバスチャンが責任を持ってソナスの実を籠ごと預かって厨房へと向かっていった。
応接間で旅の話を聞いていると、すぐに一口サイズにカットされたソナスの実が運ばれてきた。
「さあ、アネット。口を開けて」
「ク、クロヴィス様……! ですから、自分で食べられるといつも――むぐっ」
皆が集まっているからか、いつも以上に恥じらうアネットの唇にフォークで刺したソナスの実を運ぶ。ちょうど口が開いたタイミングだったため、アネットは思わずといった様子でソナスの実を口内へ招き入れてくれた。
アネットがゆっくりと咀嚼する様子を、固唾を飲んで見守る。
「――美味しいわ」
ごくん、と喉が上下すると同時に、アネットは感嘆の息を漏らした。
「そうか、よかっ……ん?」
アネットがソナスの実を嚥下した時に、ほんのりと光を発したように見えたのだが……?
どうやら当人であるアネットはそのことに気が付いていないようだ。
誰かに同意を求めるために辺りを見回すと、フィーナがゴシゴシと目元を擦ってアネットを凝視していた。
「幻……? いいえ、お母様が美しすぎてついに光を発し始めた……?」
おかしなことを口走っているが、どうやらフィーナの目にも光が見えたらしい。
気のせいでなければ、ふわりと花びらが舞うように光が溢れ、アネットの下腹部のあたりに収束していった。
戸惑っている間にも、アネットは自ら二口目を口に入れて微笑んだ。
「不思議……これならいくらでも食べられそう。それに、なんだか気持ち悪い感じが引いていくようだわ……」
「幻の果実の名は伊達ではないようだな。きっと、精霊たちが君とお腹の子を守ってくれているのだろう」
光の謎は気になるが、アネットの食欲や体調が戻ったのなら何よりだ。
「ええ……温かななにかに包まれているような不思議な心地がします」
アネットは穏やかな笑みを浮かべながら、そっとお腹を撫でている。
「この子はきっと、精霊にも家族にもたくさん愛される子になりますね」
「ああ、間違いない」
「はいっ! フィーおねえちゃんがいっぱいいっぱいあいします!」
俺たち家族のやり取りを、リューク殿下やカロライン嬢、それにクロエやセバスチャンも目元を和ませながら見守ってくれている。
「そうだ、今日は感謝の気持ちを込めて、皆で一緒に夕食を食べないか?」
「まあ、それは名案です。フィーナだけでなく、殿下やミランダ様にもお礼を伝えないと」
「そんなそんな! 同伴しただけなので私たちは大したことはしていません! ですが、お言葉に甘えさせていただきますわ。ご飯は大勢で食べた方が美味しいですもの」
「そ、そうだな。クロヴィスとアネットがいいのであれば、同席させていただこう」
「わーい! みんなでごはん!」
こうして今晩は、屋敷の料理人たちが腕によりをかけた小さな晩餐会が開かれることになった。
精霊たちとのかくれんぼの話や、部屋割りで一悶着あった話、旅の道中に見た絶景の話などを聞き、驚きと笑いに絶えないひと時となった。
アネットも久々に大勢での食事を楽しんでくれていたようだ。
こうして、この日を契機にアネットのつわりも落ち着き始め、少しずつこれまでの生活が戻り始めていった。
こちらで第三章は終わりになります!
しばらく連載はお休みさせていただきます。
無事に可愛いベイビーが誕生するまでは書きますのでしばしお待ちくださいませ!
連載再開まで、ぜひ書籍をお楽しみいただけますと嬉しいです( *´艸`)




