第四十八話 精霊たちの憩いの場 ◆sideフィーナ
ヒラヒラと飛びながら進む精霊の後を懸命に追いかける。足場が悪く道なき道を進んでいく。
「おっとっと」
地面から飛び出した木の根に躓きそうになり、寸前のところで飛び越える。すると、前を歩いていたリュークがチラリと私を振り返り、控えめに手を差し出してきた。ん?
「……フィーナ一人だと転びそうで見ていられない。掴まるといい」
「え? いいの? ありがとう」
エスコートしてくれると言うのなら、断るのも無粋というもの。私は遠慮なくリュークの手に自分の手を重ねた。リュークってば案外紳士なのね。さすがは王子様。ニコリと笑みを返せば、リュークは耳を赤くしながらプイッと前を向いてしまった。照れ屋さんなんだから。
「……ウッ」
「クロエ? 大丈夫? 疲れちゃった?」
私の後ろを歩いていたクロエが不意に呻いたので振り返ると、胸を押さえて眉間にキュッと皺を寄せていた。
「いえ……先ほどから供給過多で少し消化不良なだけです」
「お昼食べすぎた?」
あ、一瞬でスンとした顔になったわ。違ったみたい。
とにかく、精霊を見失わないように追いかけなくっちゃ。
さっきかくれんぼをした辺りから、随分森の奥へと入り込んでしまっている。流石に国境を越えることはないでしょうけど、護衛の騎士たちがザワザワし始めているわ。
リュークは木の枝や葉っぱが私の肌を傷つけないように、さりげなく手で払ったり押さえたりしてくれている。紳士だわ。
道なき道をしばらく進み、ようやく茂みを抜けて視界が開けた。
「うわあ……!」
『ようこそ! 僕らの憩いの場へ〜』
『一緒に遊んでくれたから、特別だよお』
精霊たちが得意げに両手を広げてひらりひらりと私たちの周りを舞っている。
そこは、美しい泉を中心に色とりどりの花が咲き乱れる場所だった。泉の水は透明度が高く、日の光を反射してキラキラと幻想的に光っている。
森の中にポカリと開いたその場所は、精霊たちが憩いの場と言うに相応しく、たくさんの精霊たちが思い思いに飛んだり泳いだりしている。
そして、泉の向こうに一際大きな木が生えている。
不思議なことに、この場所に足を踏み入れるまで視界に捉えることができなかった。これだけ大きかったら遠くからでも視認できそうなのに。精霊の力で見えないようにしているのかしら。それにこの場所だって、きっと彼らの導きなしには入ることができない特別な場所なんだわ。
『この実が欲しいんでしょう?』
『持っていっていいよ〜』
あまりに美しい光景に圧倒されていると、精霊たちは大樹に向かって飛んでいき、無数に実った果実をいくつか採ってきてくれた。それはまさしく、お父様に描画を見せてもらったソナスの実だった。
「あ、ありがとうっ! 実は、私のお母様に赤ちゃんができたんだけど、つわりが酷くて食事もままならないの。この実を食べたらきっと元気になるわ」
『うんうん、元気になるよお!』
『生まれてくる赤ちゃんもきっと、とっても元気な子になるよお!』
「本当? とっても素敵ね! ありがたく頂戴するわ」
精霊たちは私たちが持参していた籠いっぱいにソナスの実を集めてきてくれる。みんなどこかご機嫌で、鼻歌まで歌って楽しそう。
『そうだ、君、名前は?』
「私? フィーナよ。よろしくね」
『フィーナ、いい名前だね。じゃあフィーナ、あーんして』
「? あー……んむっ⁉︎」
おもむろに近づいてきた精霊に言われるがまま、あーんと大きく口を開けると、ムギュッとソナスの実を皮ごと口の中に突っ込まれた。ちょっと⁉︎ 五歳児には大きすぎるから!
慌てて両手でソナスの実を支え、ムシャッと口に含んだ。
「美味しいっ!」
ぱつんと張った表面の皮を歯で破ると、そこからジュワッと甘い果汁が溢れてくる。すごいわ、とっても甘いけど、くどくない。味も濃厚だけど、いくらでも食べられそう。
私が目をキラキラ輝かせて一生懸命齧り付いているからか、リュークやミランダ、それにクロエと騎士たちまでごくりと生唾を飲み込んでいる。
『ふふっ、君たちはフィーナのお友達でしょう? 一つずつ食べてもいいよお』
『喉が渇いているなら、特別に泉の水も飲んでいいよお』
「あ、ありがとう!」
ご機嫌な精霊たちはソナスの実を全員に配ってくれた。随分と太っ腹ね。
「ここではマナーも何もないわよ。ガブッといっちゃいなさい」
ハンカチで口元を拭いながら促すと、リュークたちは戸惑いがちにソナスの実に歯を立てた。
「う、うまい……!」
「おいひい〜! 何これ!」
「……とても美味しいですね」
騎士たちも「うまい!」「うまい!」と夢中で齧り付いている。
ソナスの実には種がなくて、全部丸っと果肉が詰まっていた。増えることを目的としていないからかしらね。
精霊たちが案内してくれた木のベンチに腰掛けて、いくつか話を聞かせてもらった。
どうやらソナスの実が実るかどうかは精霊たち、そして精霊王と呼ばれる存在のの気まぐれらしい。この場所を除いては、実る場所は精霊たちの気分次第。そりゃ発見が難しいし、実をつける時期もまばらなはずだわ。
『最近はねえ、あんまり外では実らせてないねえ』
「あら、どうして?」
しんみりした様子で小さく落とされた言葉を拾い上げる。
『ん〜……何だか嫌〜な感じの人間がいるから』
「嫌な感じの人間?」
どういうことかしら? ソナスの実を独り占めしようと乱獲する人がいるとか?
言葉の真意を探ろうと精霊をジッと見つめるも、すでに精霊の興味は別のことに移ったようで、結局それ以上のことは教えてくれなかった。
◇
『じゃあ、気をつけてね〜』
「ええ! こんなにたくさん、本当にありがとう!」
『いえいえ〜』
『どういたしましてえ』
私たちは十分休憩してから森から出ることにした。
どれだけここにいたのかは分からないけれど、すでに日は傾き始めている。急がないと夜の森は危険だわ。
『君たちの村の近くまで案内するよ』
「助かるわ! ありがとう」
帰り道も精霊たちに案内してもらい、それほど時間をかけずに森を抜けることができた。
『じゃあ、またかくれんぼしようねえ』
『君のお母さんが元気になるといいねえ』
「ええ、次に会えたらまたかくれんぼをしましょうね」
精霊たちは森を抜ける直前でひらりと身を翻し、別れの言葉を残して瞬きの間に姿を眩ませてしまった。
「ウォルと精霊たちのおかげで、スムーズにソナスの実をゲットできたわね!」
「そうね。今晩は旅の疲れをしっかり癒しましょう。明日もまた馬に乗らないとだし」
そう言うミランダの顔には疲労の色が見える。
確かに、馬で八時間走った後、少し休憩を挟んですぐに森に入ったものね。精霊たちとかくれんぼもしたし、憩いの場までもそこそこ歩いたものね。
「じゃあ宿に戻りましょ……ん?」
村長に場所を確認済みなので、みんなで宿に向かおうと足を踏み出しかけて、ピタリと止めた。
「フィーナ? どうかしたのか?」
リュークが怪訝な顔をしている。
「んー……なんか視線を感じた気がしたんだけど、精霊たちかな? 気のせいだったかも」
気配を感じたのは森の方からだから、精霊たちが隠れて私たちの様子を見守ってくれているのかも。
「足を止めてごめんなさい。さ、気を取り直して宿に向かいましょう」
私たちは今度こそ、宿へと足を進めた。




