第五話 新たな日常
私たちが家族となって、早くも一ヶ月が経過した。
初夜の翌日は、昼まで起き上がることができずに、前夜の余韻に浸りながらぼうっと過ごしていたのだけれど、
「おかあたま、おはようございます」
「お、おはよう。フィーナ」
お昼過ぎになって、ベッドから起き上がれない私の様子を見に、クロエと共に軽食を持ったフィーナがやって来た。
「むふふ……」
「フィ、フィーナ? どうしたの? 何か楽しいことでもあったのかしら?」
「むふ、いえ、ゆうべはおたのしみでモガモガッ」
「え、なんて?」
口元に手を当てて楽しそうなフィーナが何かを言いかけたけれど、目にも止まらぬ速さでクロエがフィーナの口を両手で塞いだ。
「プハッ。いけないいけない……むふふ、フィーはおとうたまとおかあたまがなかよちでうれしいのです!」
「な、仲良し……そ、そうね。ありがとう……?」
曇りなき眼で意味深なことを言われて、つい昨晩のことを思い出して顔が熱くなる。
仲良し……昨晩はそれはもう優しく接してくれて、これまで積み上げてきた想いを重ねあい、夫婦となれた喜びを噛み締め合った。
確かに、仲良し……なのだろうか。
そうだといいなと思う。
まだ、夫婦となったばかりなので、クロヴィス様の支えとなれるように頑張らねばと気持ちが引き締まるのだが……娘にそう言われるのは、なんとも恥ずかしい。
どうも照れ臭くて、鼻の上まで布団を引き上げて顔を隠していると、
「はあ……推しカプ最高」
と、妙な言葉が聞こえた。
「え? 何? 何か言った? おし……?」
随分と大人びた声だった。クロエ……ではないわよね。
もしかして、フィーナ?
そう思って聞き返すも、フィーナは「なんのことれすか?」と満面の笑みで小首を傾げ、目を瞬く私を残してそそくさと部屋を出て行ってしまった。まるで嵐のようだった。
その時だけでなく、フィーナはなんとも大人びた子供だった。
すっかりアンソン家での生活にも慣れてくれたようで、笑顔をよく見せてくれて、たくさん話してくれるようになったのは本当に嬉しい。嬉しいのだけれど……本当に四歳児? と思わされる言動をすることがある。
初夜以降は、極力家族三人で寝たいと話し合ったのだが、週に一度、フィーナはクロエの元で寝ると言い張った。
その言葉通り、週に一度、フィーナは口元にニヤニヤとした笑みを携えながら、スキップをして寝室を出て行ってしまう。
最初は戸惑った私たちだったけれど、確かに夫婦二人だけの時間も大切だ。ということで、そうした日はフィーナとクロエに甘えさせてもらっている。
クロヴィス様は国境警備の仕事が主務で、主に屋敷の執務室で仕事をされている。
けれど、定期的に領地の様子を視察するために朝早くから出かけることも少なくはない。
その時は決まって私とフィーナでお見送りをする。
朝早いから寝ていていいのよ、と諭しても、「フィーも!」と意地でも頷かない。意外と頑固なところもあるのかもしれない。毎日新たな発見ばかりで驚かされる。
「行ってくる」
「行ってらっしゃいませ」
「いってらっちゃい!」
お見送りの際、クロヴィス様はいつも私とフィーナの頬にキスをしてくれる。
流石に子供の前で口づけをするのは憚られる。と、お互いに思っていたのだけれど、
「はあ、おかあたまにはおくちにすればいいのに……」
ある日、ボソッと残念そうにフィーナが呟いたので、二人して小さく飛び上がってしまった。
「えっ、えっ、ええっ!?」
四歳児、ませすぎでは!? と目を剥く私たちに、フィーナがトドメの一言。
「フィーのことは、くうき……いえ、かべだとおもってくだしゃい!」
「ええっ!?」
どういう意味!? と顔を見合わせて困惑する私たちを見て、フィーナはますます楽しそうに笑みを深める。
あまり、クロヴィス様を困らせたくないのだけれど……そう思い、眉を下げた。
「と、とにかく、行ってくる」
「あっ、は、はい」
クロヴィス様はコホンと咳払いをして、ほんのり頬を赤く染めたまま正面扉に身体を向け――サッと振り返ってツカツカと私の前にやって来た。
な、なに!?
と思っている間に、腰をグイッと引き寄せられて、唇に温もりを感じた。
「~~!?」
「……行ってくる」
耳まで真っ赤になったクロヴィス様が急いで出ていく姿を呆然と見送る私。
バタン、と扉がしまった音で我に返ると、へなへなとその場にへたり込んでしまった。
し、心臓に悪いわ……!
遅れてバクバクと騒ぎ立てる心臓。
嬉しいやら、恥ずかしいやらで、わあっと両頬を押さえる私の隣に、フィーナもぐしゃりと崩れ落ちた。
「フィーナ!? どうしたの!? 大丈夫!?」
慌てて様子を確認すると、フィーナの小さな身体はプルプルと震えている。四つん這いになる形で蹲り、片手で口を押さえている。
発作!? 大変だわ!
「クロエ! クロエーッ! すぐに来て!」
私が慌ててクロエを呼んでいる間に、またもや大人びた声音でフィーナが呟いた。
「も、萌え……ああ、壁になりたい」
やっぱり、フィーナは変わった子なのかもしれない。
こうして、平和で穏やかな滑り出しを見せた新婚生活だったけれど、クロヴィス様のお仕事が忙しさを増すにつれて、夫婦としてすれ違うことも増えていった。