第四十一話 夫婦の対話 ◆sideクロヴィス
「お父たま! がんばってくだしゃいね!」
「あ、ああ」
カロライン嬢の講義は大変勉強になった。俺は妊娠について本当に何も知らなかったのだと、自分の無知さを痛感した。いや、知ろうと思えば本などで勉強はできたのだ。だが、それを怠ったのは辛そうにしているアネットと向き合う覚悟ができていなかったからだ。
夕食と湯浴みを済ませたあと、いつもより少し早めにアネットの部屋へと向かった。
フィーナの応援を背に受け、部屋の扉を前に深く深呼吸をする。よし。
コンコンコン。
「どうぞ」
「失礼する」
ノックをすると、中からアネットが応えてくれた。
室内に滑り込み、ベッドサイドへと歩み寄る。
「アネット。体調はどうだ?」
「クロヴィス様……ええ、大丈夫です」
アネットはベッドに横になってはいたが起きていたようで顔だけこちらに向けて弱々しく微笑んでくれた。始めこそ無理に起き上がろうとしていたが、寝たままでいいとなんとか宥めてようやく納得してもらったのだ。
ベッドサイドに用意されていた椅子に腰掛け、アネットの手をそっと握りしめる。
すると、アネットの指がぴくりと動いた。安心させるように、優しく包み込む。
「すみません、私……あなたの役に立てなくて」
アネットは、ひどく苦しそうに眉の間に皺を刻みながら重たい空気を吐き出した。少し声が震えていて、彼女がとても思い悩んでいることが容易に想像できた。
どうして今まで彼女の気持ちを察してやれなかったんだと、鈍器で頭を殴られたような衝撃が走る。
遠慮がちながらも、俺の手を握り返してくれるアネット。
一人にして欲しかったんじゃない。アネットはずっと、手を取り支え合い、共に歩んでいきたいと考えていたのだ。
「すまない、アネット。俺はつい昨日まで、君の体調を慮っているつもりが、つわりに苦しむ君から目を背けていたのかもしれない。またフィーナに叱られたよ。情けない父親だ。それに、カロライン嬢がとても勉強熱心なようで、妊娠時の注意点をたくさん教えてくれたんだ。もしかすると、彼女がこの地に来てくれたのも、精霊の導きなのかもしれないな」
アネットに包み隠さず自分の弱さを曝け出す。情けないと、頼りないと思われてもいい。足りないところは互いに補いあってこその夫婦なのだから。
「これからはもっと君のそばにいたい。些細な体調の変化も全て教えてほしい。出来うる限りのことをさせてほしい」
アネットの手を両手で包み込み、そっと唇を寄せる。
恐る恐る彼女の反応を窺うと、アネットは戸惑った様子で目をぱちくり瞬いていた。
「あー、だが、その……鬱陶しく感じたり、一人になりたいと思ったりしたときは遠慮なく言ってほしい。そうでないと、時間が許す限り君のそばから離れないだろうから」
「まあ……ふふっ、嬉しいです。確かに、気持ち悪くて目が回りそうになるほどの時は、気遣われるのも、それに応えるのも苦痛に思う時があります。そうした日は正直にお伝えしますね」
「ああ。頼む」
手に力を込めれば、アネットもキュッと握り返してくれる。彼女の温もりを感じるのも、ずいぶん久しぶりのように感じる。
「早速なのだが……今日から俺もここで眠っていいだろうか? やはり、アネットが隣にいないと眠った気になれなくてな」
「クロヴィス様……ふふ、奇遇ですね。私も同じことを考えていました。一人で眠るのは、寂しいです」
ふわりと微笑むアネットに吸い寄せられるように身を屈める。
そっと前髪を掻き分け、その白く艶やかな額に唇を寄せた。
「アネット、愛している。分からないことや不安なことも多いが、二人で手を取り進んでいこう」
「はい」
笑みを深めるアネットの目尻に、じわりと雫が滲んだ。
俺たちはどうも一人で思い悩む悪癖があるようだ。だが、お互いに気持ちを抱え込んでしまう俺たちの背中を押す……いや、蹴り飛ばす勢いで目を覚ましてくれる存在がいる。
「フィーナに感謝しなくてはな」
「そうですね。いつもあの子は私たちの仲を取り持ってくれますね」
アネットと目が合い、微笑み合う。
「アネット、触れてもいいか?」
「ええ、もちろんです」
遠慮がちに問いかけると、アネットは嬉しそうに笑って俺の手を自身のお腹に導いてくれた。
そっと、割れ物を扱うように、生命の宿る場所に触れる。ここに俺たちの子供がいるなんて、なんと神秘的なことなのだろう。
「この子は幸せ者だな。とても愛らしく頼り甲斐のある姉がいるのだから」
「ふふ、そうですね」
俺たち三人家族に赤ん坊が加わって、我が家はますます幸せに満ち溢れていくのだろう。
この日俺は、アネットと、彼女のお腹を包み込むように抱きしめて穏やかな眠りについた。




