第三十八話 不安な気持ち
「うーん……気持ち悪い」
なんとも形容し難い気持ち悪さがずっしりと身体にまとわりついている感覚。
お腹の奥がぐるぐるして落ち着かない。妊娠十六週に入るまでは安静にと言われているけれど、ここ数日はほとんどベッドの上で過ごしている。
辺境伯夫人としての仕事も何もできていない。屋敷の管理もセバスチャンに任せきりだわ。
「う……」
身体をゆっくりと起こして、ベッドサイドに置かれた水差しで水を飲む。それから、その横に置かれたトレイに手を伸ばす。そこには果物を煮て作ってくれた飴がいくつかコロリと転がされている。そのうちの一つを手に取り口に含む。
お腹が空く前に何か口にしないと、空腹を感じた時には気持ち悪さが大波のように襲いかかってくる。少し間隔が掴めてきたのでこうして予防に努めることができているけれど、不意に気分が悪くなることもあるため油断できない。
食事だって、あまり匂いの強いものは受け付けなくなってしまった。
いつもの倍以上時間がかかるし、クロヴィス様とフィーナにはきっと心配をかけてしまうから、つわりが始まってからはずっと料理は私の部屋まで運んでもらっている。
これまでいつも家族で食卓を囲んでいたため、一人きりの食事はとても寂しい。余計に食事をする手が重くなってしまうけれど、元の生活を取り戻すためにも食事はしっかりと取らなければならない。
日によって受け付けるものが違うので、いつも数種の品が小鉢に盛られている。下げたトレイから、どんな食事なら食べることができるのかと料理人たちが日々試行錯誤を繰り返してくれている。彼らにまで迷惑をかけていることが申し訳ないが、正直とても助かっている。体調が戻ったら厨房に顔を出して直接お礼を言いたいと思う。
自室に篭りきりの日々の癒しは、毎日訪ねに来てくれるフィーナに今日の話を聞くこと。コロコロ変わる表情を見ていると、沈みがちな気持ちがふわりと浮上する。フィーナは本当に太陽のような子だわ。
夜寝る前にクロヴィス様も私が起きていれば少し話をしてくれる。私たちの部屋は夫婦の寝室を挟むように配置されている。わざわざ廊下に出なくても、夫婦の部屋は扉で通じている。私のベッドも二人で寝るには十分な広さがあるため、これまで通り一緒に寝ることはできる。けれど、夜中も何度か起きてしまうことがあるので、クロヴィス様を起こしたくない思いで一人で眠らせてもらうことにしている。
お仕事で忙しいんだもの。夜はぐっすり眠ってほしい。
別々で寝ていることがバレてしまったら、フィーナはきっと心配する。だから彼女にはこのことは内緒にしている。
それに、クロヴィス様はどういうわけか夫婦の部屋の扉を使わずに、いつも廊下に面した扉から私を訪ねにやってくる。確かに隣の部屋の物音は廊下よりもよく聞こえるため、私を極力起こさないようにとのクロヴィス様の気遣いかもしれない。
本当に、屋敷のみんなはもちろん、特にクロヴィス様にはとても迷惑をかけてしまっている。
妻として支えるどころか、負担になってしまっている。
「はあ、ダメね。なんだか思考が後ろ向きになってしまうわ」
まるで結婚した当初のよう。これではまたフィーナに喝を入れられてしまうわね。
「……早く元気にならなくっちゃ」
誰もいない部屋に私の言葉が静かに溶けていく。
モゾモゾと楽な体勢を取りつつ、そっと下腹部に手を添え、ゆっくりと撫でる。
不思議なもので、ここに小さな命が宿っているかと思うと、お腹の奥から母性が湧き上がってくるような気がする。愛おしさが込み上げ、この小さく儚きものを守らなくてはと強く思う。
「お腹の赤ちゃんのためにも、みんなのためにも、しっかり食べて眠らなくっちゃ」
布団をしっかりと被って再び目を閉じる。
そっと手を伸ばして触れたシーツはひどく冷たい。隣にクロヴィス様の熱がないことがどうしようもなく寂しく思える。
また二人で眠れるように、早く元気にならなくっちゃ。
そう思いながら猛烈な睡魔に身を委ねた。




