第四話 最重要ミッション ◆sideフィーナ
「さいっっこうの結婚式だったわ……ズビ」
「フィーナお嬢様、泣きすぎです」
前世の記憶が戻って初対面した両親は、それはもう眩しくて目が潰れるかと思った。
だって、ただでさえ美形なのに結婚式仕様でウエディングドレスとタキシード姿だったのよ!?
鼻血を吹いて倒れなかっただけ褒めてほしい。危うく真っ白なドレスとタキシードが血に染まるところだったわ。
ああ、カメラが欲しい。切実に。同人誌作成で培った画力でフレッシュな記憶を描きとめておくしかないわ。
「クロエ、後で紙とペンを持ってきてちょうだい」
「はあ……お嬢様、随分と流暢に話されるようになりましたね」
「あっ。うふ」
思わず素で話してしまった。四歳児がこんなこと言わないよね、普通。
取り繕ってみたけど、多分無駄な足掻きね。常に四歳児らしく振る舞うのも疲れるし、クロエの前では素でいこうかしら。どうせすぐにボロが出るでしょうし。
秒で開き直った私を前に、クロエは怪訝な顔をしているけど、深く追及するつもりはないらしい。むしろ、どこか嬉しそうにも見える。
「どうかした?」
「いえ……お嬢様が前を向いていらっしゃることが嬉しいのです。ここ数日、塞ぎ込んでいらっしゃいましたので……お嬢様の笑顔が見られることが、クロエの幸せでございます」
「クロエ……!!」
なんていい人なのかしら……!
フィーナの側にクロエがいてくれて本当に良かったわ。
さて、原作通りなら、ウブ過ぎる二人がそろそろ私を呼びに来る頃合いね。
と考えていたちょうどその時、控えめに扉がノックされた。
クロエが出ると、戸惑った様子の侍女が声を落として何かを話している。
来たわね。お呼び出しよ。
断りを入れてから、クロエは早足で出て行った。
そしてすぐに戻ってきたかと思うと、何とも形容し難い表情をしていた。
視線を私に向けてはそらし、言いにくそうに口をモゴモゴまごつかせている。
「お父様とお母様が私と一緒に寝ると言っているのね? いいわ、行きましょう」
まだ何も言っていないのに、と驚いた様子のクロエの手を引いて、私は戦場へ向かう戦士の心持ちで広い廊下を進んでいく。
原作のフィーナは両親を失った悲しみに暮れていて、温もりを強く欲していた。だから、大事な初夜に二人と一緒に寝ようと誘われて、心から喜んで一緒に寝たのよね。
うん、普通はそうだと思う。初夜の重要性を知っている四歳児なんていないもの。でも私は違うわ!
「いい、クロエ。絶対に初夜の邪魔はしてはいけないの。私は今夜クロエと寝るわ」
「お嬢様……ええ、分かりました」
私の固い意志を前に、クロエも神妙に頷いてくれる。理解が早くて助かるわ。
そしてすぐに両親の寝室に到着した。
たのもー! と心の中で叫びつつ両親の寝室の扉を両手でバンッと開ける。
薄暗い部屋の中、微妙な距離感を保ったままベッドサイドに棒立ちしている二人。
アネットお母様は高級感のある上品なネグリジェを、クロヴィスお父様はバスローブを身に纏っている。
くっっっっっ!!! なんっって破壊力なの……!!!
思わず崩れ落ちそうになったけど、何とか両足を踏み締めて踏ん張った。
ダメよ、フィーナ。まだ倒れるわけにはいかないわ!!
「フィーナ、私たちは今日から正式に家族になるのだから、今日は三人で一緒に寝ましょう? 家族としての始まりの夜だもの」
薄紫色の綺麗な髪を耳にかけ、私に手を差し伸べる聖母もといアネットお母様。
その手に飛びつきたい衝動をグッと抑えて、私は四歳児モードに切り替える。
「ダメですわっ! しょやは! きょうかぎり! ダメダメ! ぜったいしょやのほうがたいせつですから! フィーはクロエのへやでねますの! ですのでごゆっっっくりしょやをおすごしくださいませ」
私の言葉に、ギョッと目を見開くお父様とお母様。その驚いた顔もたまりませんね!
「フィ、フィーナ? いいのよ、気を遣わなくても。私たちはあなたと早く本当の親子になりたいの。だから、ね? 一緒に寝ましょう?」
「いやでしゅ! フィーはクロエとねましゅ!」
「あっ、待って……!」
なおも食い下がるアネットお母様にくるりと背を向けて、私はクロエの腕に絡みついてグイグイと扉に向かっていく。
クロエも屋敷の主人夫婦を前に躊躇いが見えるものの、二人の初夜を邪魔したくないという気持ちは同じはず。覚悟を決めた様子で私に同行してくれる。
「では、おやすみなさいませ~! あちたのちょうしょくも、やしきのみんなとたべます。おきになさらず、ゆっくりからだをやすめてくださいね、おかあたま」
「え、ええ……」
呆けたお顔もまた麗しい。私は二人を置いてさっさと部屋を出た。
「フィーナお嬢様……」
「しっ! 静かに!」
部屋に二人きりにすることには成功した。
けれど、このままうまくいくとは限らない。二人のことだもの、何もせずに添い寝しかねないわ!
だから、少し様子を見守らなければならないの。
いいえ、決して覗き見だなんて悪趣味なことは致しませんし下心なんてございませんとも。ええ、ええ!
扉を閉め切らずに、中の音が聞こえる程度に少しだけ開けておき、耳をそば立てる。
うーん、何やら会話をしているようだけど、よく聞こえないなあ。
小声でクロエに窘められつつ、扉のギリギリまで顔を寄せる。
「ひゃ、旦那様!?」
「アネット。愛している。今宵は君と夫婦になれた喜びを噛み締めさせてほしい」
エ、エンダァァァァァァ!!!!!
やったわ! よくやったわクロヴィスお父様!
これで白い結婚は免れたわ!
辛うじて聞き取れた二人の言葉と、ベッドの軋む音。
二人が無事に初夜を迎えられそうだと確認してグッと両手の拳を握りしめる。
そして静かに扉を閉めて立ち上がった。
「もう大丈夫よ。さあ、私たちも戻って休みましょう」
「え、ええ……」
未だ戸惑いが隠せないといった様子のクロエの手を引いて、私はスキップで自室へと戻った。
ミッションコンプリートよ!!!
私はこれからもフィーナとして、子供の特権を存分に活かしながら二人の仲を取り持つのよ!バッドエンドを回避して、幸せ家族になるんだから!!
こうして、私の推しカプ仲良し計画が始まったのだった。キリッ。