第十九話 三人でお出かけ
「アネット、明日の予定は?」
王都滞在四日目の夜。
侯爵家での食事会とフィーナのお茶会を無事に終え、ようやく一息つけた頃合いのこと。
湯浴みを終えたクロヴィス様がベッドに潜り込んでくるや否や明日の予定を問うてきた。
私は王都滞在中のスケジュールを頭で反芻しながら、間違いのないように答える。
「明日は特に決まった予定はございません。夜会のドレスも最後の微調整を終えましたし、三日後の夜会に向けて来場者の確認をするぐらいでしょうか」
「そうか、ならば明日、俺とフィーナに王都の街を案内してくれないか?」
「え……は、はい! もちろんです!」
思いがけない提案に、私の心は踊った。
クロヴィス様はいつも短期間しか王都に滞在できないため、ろくに街を見て回った経験がないのだと言う。
それに、フィーナも今回が初めての訪問だ。私が生まれ育った街を好きになってもらいたい。そのためにはクロヴィス様の提案はとても魅力的だった。
「どこか行きたいところはありますか? 流行りの観劇に行きますか? ああ、でもチケットが……あるいは、美味しいケーキ屋さん? 噴水広場はぜひフィーナに見せたいわ! それに、王都にしかまだ流通していない絵本なんかもあるかもしれないし、本屋にも寄りましょう。ええっと、それから……」
「ふっ」
行き先の候補を指折り挙げていると、隣でクロヴィス様の籠った笑みが漏れた。
いけない。つい嬉しくて、楽しくて、年甲斐もなくはしゃぎすぎてしまったわ。
途端に恥ずかしくなって頬がじんわりと熱くなってくる。
「いや、すまない。可愛くてな」
「へっ」
まさかの返答に、じわじわ熱くなっていた頬に一気に熱が集中した。
「観劇はまたの機会にしよう。アネットが王都でよく食べていたものが食べたいな。噴水広場に本屋も行こう。君を形成した一部に触れることができる喜びを噛み締めよう」
「クロヴィス様……はい、案内は任せてくださいね」
「ああ、楽しみにしている」
クロヴィス様はそう言うと、腕を伸ばしてベッドサイドのランプを消した。
「おやすみ、アネット。いい夢を」
「おやすみなさい、クロヴィス様」
色々と出歩くのならば、明日の朝も早い。疲れを残さないよう、私とクロヴィス様は身を寄せ合い、互いの温もりに包まれながら眠りについた。
◇◇◇
「おでかけー!!!」
「ふふっ、フィーナったら。そんなにおでかけが嬉しいの?」
「もちろんでしゅ!」
翌朝、クロエとウォルと共に別室で寝ていたフィーナが私たちの寝室に朝の挨拶をしに来た際に、今日の予定を伝えた。まだトロンと眠そうだった目は一瞬で輝き、ぴょんぴょんと室内を飛び跳ねて喜びの舞を踊っている。
「さあ、朝食を済ませてお着替えしましょうね」
「はいっ!」
むふふっと両手を口に当てたフィーナは、美味しそうに朝食を平らげた後、準備のためにクロエと共に寝室を出て行った。
私とクロヴィス様もそれぞれ準備を整えて、私たちは王都の街へと繰り出した。
フィーナを挟んで三人で手を繋いで歩く道は、これまで何度も目にしたはずなのにキラキラと輝いて見えた。
きっと、フィーナとクロヴィス様と一緒にいるからね。
そう思うと胸がポカポカと温かくなった。
「あっ! あのおみせかわいい!」
「え? ああ、懐かしいわね。あそこのケーキがとても美味しいのよ。せっかくだし入りましょうか」
「はいっ!」
フィーナが指差したのは、私が王都にいた頃によく通っていたカフェだった。
さすが私の娘。目の付け所が違うわね。
御伽話に出てくるような木造のカフェで、植物がたくさん飾られたあたたかみのある建物となっている。
フィーナと好みが一緒だと思うと素直に嬉しい。
今日の目的の一つは、私が王都にいた頃によく行ったお店を案内することなので、早速それが叶うとあってついつい浮き足立ってしまう。
「きゃっ!」
「あっ、ごめんなさい!」
ニコニコ嬉しそうなフィーナに視線が釘付けになっていて、カフェからちょうど出てきた人と軽く肩がぶつかってしまった。
慌てて謝ったけれど、「こちらこそごめんなさい」と言って、相手はこちらを見ることなくすぐに去ってしまった。
あまり気にしていない様子だったけれど、こちらの不注意で失礼なことをしてしまったわ。
桃色でふわふわの髪がとても印象的な女性だった。
どこかで見たような気もするけれど、誰だったかしら……すぐには思い出せそうにない。
「アネット、大丈夫か? 店内に入ろう」
クロヴィス様が気遣うように私の腰を引いて、重厚感のある木の扉を引いた。カランコロンと耳に心地よいドアベルの音が響き、甘い香りが漂う店内に足を踏み入れる。
店の奥に進もうとして、フィーナと繋いだままの手がクンッと引かれたために視線を落とす。すると、フィーナはドアの前で立ち止まって通りをジッと見ていた。何か気になるものでもあったのだろうか?
「フィーナ? どうかした?」
声をかけると、フィーナはハッとした様子で駆け寄ってきて私の足にギュッと抱きついてきた。
「あらあら、どうしたの?」
「なんでもないです。はやくケーキが食べたいです!」
フィーナはニコリといつもの笑顔で答えてくれた。気になる店があったかもしれないし、ケーキを食べて外に出たらそれとなく聞いてみよう。
私たちは店員に案内された席に腰掛けると、本日のおすすめのケーキを注文した。
間も無く運ばれて来たのは、ふわふわのスポンジ生地にたっぷりの生クリームとイチゴがあしらわれたショートケーキだった。
「甘そうだな……」
私とフィーナほど甘味が得意ではないクロヴィス様が若干引いている。
「安心してください! ここのケーキは見た目ほど重くないのです。クリームも口の中でふわりととろけて幾つでも食べれるんですよ?」
私はそう言うと、フォークを手に取りケーキに差し込んだ。しっかりとスポンジとクリームの海に沈み込んだフォークでケーキを一口サイズに切り取って口の中に運ぶ。
ふわりとした口溶け。程よい甘味。口の中に幸せが広がっていく。
「~~~~~っ!」
懐かしい味に感動を覚えつつ、声にならない感嘆の声をあげてしまう。
頬に手を当てて、ほうっと蕩けていると、顔を見合わせたフィーナとクロヴィス様もパクリとケーキを口にした。
「~~~~~っ!」
「~~~~~っ!」
二人ともパアッと目を輝かせて無言で感動を噛み締めている。あまりに同じ反応すぎて、思わず吹き出してしまった。
血は繋がっていなくとも、本物の親子のよう。そう実感することができて、ますます幸せを感じてしまう。
私たちはその後も声にならない声をあげながら、ペロリとケーキを平らげたのだった。




