第十八話 初めてのお茶会 ◆sideフィーナ
「本日は我が家のお茶会にお越しくださり、ありがとうございます。ぜひ楽しんでいってくださいね」
お母様はそう言うと、少し不安げに隣に立っていたお父様を小突いてそそくさと屋敷の中に退散してしまった。
え、待って。何、今の。かわっ……!!!
……じゃなくて! 今日は私が主役なんだから気合い入れて行くわよっ!
「フィーナ・アンソンでしゅ。よろしくおねがいちましゅ!」
音を立てないように気をつけながら立ち上がり、一生懸命練習中のカーテシーを披露すると、温かな拍手が起こった。
今日はフィーナの人生初のお茶会の日。ランディル侯爵家の中庭を借りて緑と花に囲まれた素敵な会にしてもらった。
参加者は私と同年代のご令嬢たち五人。最年少で六歳、一番年上の子も十歳だと聞いている。
さすがは王都に暮らす貴族の娘といったところか。みんなお淑やかで嫋やかな雰囲気を纏っている。
私たちは白い丸テーブルを囲んで等間隔に着席している。
私から右回りに紹介すると、
リリー・サルファ伯爵令嬢、六歳。
ローラ・シェルドゥス侯爵令嬢、八歳。
ケイティ・ワーグラー伯爵令嬢、十歳。
イリス・ウルル伯爵令嬢、七歳。
そして、ミミリィ・カロライン侯爵令嬢、七歳。
まさか、参加者の中にヒロインであるミランダの妹が含まれているとは思わなかったわ。何かいい情報を得ることができたら上出来ってところかしら。
ま、それはついでよ、ついで。今日の目標は、そう! 推しの布教!! どうにか両親カップルの素晴らしさを語って聞かせたい。そしていずれは語り合えるようになりたい。今日は記念すべきその一歩を踏み出す日! オタク友達との交流って何にも変えられない楽しさがあるのよね。
私以外はすでに面識があるようで、お菓子や果実水が準備されている間、思い思いに会話が始まっていた。
こうした場は慣れているようで、みんな言葉も随分としっかりしていて感心する。
私はどこかに布教の隙はないかと差し障りのない返事や質問で会話に入っていく。
「同年代のお友達が増えるのはとても嬉しいことですわ」
「フィーナ様は普段は辺境の地にいらっしゃいますものね……頻繁に会えないのは残念ですが、ぜひ文通で交流をしたいですわ」
「おうとにはみなさまのほかにも、たくさんのごれいじょうがいらっしゃいますの?」
「ええ! 王都に居を構える貴族は多いですので」
「ああ、同年代といえば……第二王子殿下がフィーナ様の少し上の七歳でいらっしゃいますわ」
「だいにおうじ?」
「病弱であまり表に出てこられませんが、艶やかな黒髪と緋色の瞳をお持ちなのだとか」
「まあ、王妃様の黒髪も艶やかですものね! きっと見目麗しゅうございますわ」
「第一王子殿下も十五歳になり、留学から戻り次第立太子されるとも言われておりますわ」
「これでこの国もますます安泰ですわね!」
「いえ、第二王子を持ち上げようとする派閥があるとお父様が話しているのを聞きましたわ」
「まあ、第一王子殿下が無事に立太子されましたら、派閥争いも収束するでしょうか」
「そうなるといいですわね。何やら黒い噂も耳にしますもの」
「やだ。怖いですわ」
え? 同年代の話題、物騒じゃない? 派閥争いとかやっぱり中央に近いと結構耳にするものなの?
辺境ではなかなか耳にしない王族の事情を知り、少し頬がひくひくしてしまう。思ってたのと違う。どんなおやつが好きとか何のお花が好きとか流行りの遊びとか……そういうのほほんとした会話を想像していたんだけど……
少し意識を遠くに飛ばしかけていると、私の隣に座っているミミリィ嬢がチラチラと屋敷と私を交互に見ながらモジモジしていることに気がついた。ヒロインの妹ね。どうかしたのかしら。
「ミミリィさま? いかがなさいまちたの?」
「えっ!? あ、いえ! ええっと……」
気になって話を振ってみると、ミミリィ嬢はカアッと頬を染めて胸の前で指を突き始めた。
他のみんなも気になるのか口を噤んでミミリィ嬢の言葉を待っている。
「はぁ、すみません……実は、フィーナ様のご両親が大変仲睦まじくお見受けしましたので……その、羨ましくて」
ピキーーーーーーーン!!!
布教のチャンスは突然に!!! この絶好の機会、逃さないわ!
目をギラリと輝かせた私は、ズイッと身を乗り出した。その勢いに若干ミミリィ嬢が引いているけど気にしないわ!
「お分かりになりまして!? そうなんです! お父様とお母様はたいっへん仲睦まじく……まるで恋を知り始めた少年少女かのように淡くも情熱的に愛し合っておりますの! 聞いてくださいます? クロエ! 持ってきてちょうだい!」
私は今日この日のために用意したスケッチブックをクロエに持ってきてもらう。
すぐに取り出せるようにクロエに持っていてもらったのよ。抜かりないわ。
「あれは私が二人の義娘になって間もない頃――」
突然スケッチブック片手にマシンガントークを始めた私に、全員が目をまん丸に見開いて口を半開きにしている。
離れた位置に下がったクロエも、額を押さえて首を振っているわ。こうなることは分かっていたでしょうに。推しへの愛は一度走り出したら止まれないのよ!
「――ということがございまして、はぁ、はぁ、思い出しただけで動悸息切れが……あら、クロエありがとう」
矢継ぎ早に語っていたので喉が渇いたわと思ったタイミングで、クロエが音を立てずに近づいてきて冷えた果実水を手渡してくれた。さすがね。
「お二人は政略結婚とお伺いしておりましたが、きちんと恋愛なさっておいでなのですね……」
私が喉を潤している間に、ほう、と感嘆の声を出したのは最年長のケイティ嬢だった。
「ええ、ええ! そうなんです! 政略結婚といえども、恋をしてはいけないという決まりはありませんもの!」
ふんすふんすと鼻息荒く答えると、みんなそれぞれ顔を見合わせて、恐る恐る質問を投げかけてきた。
「あの……夫婦円満の秘訣はなんでしょう……? 私の両親も政略結婚なのですが、私から見ると、事務的な夫婦に見えてしまって……それも貴族ですから仕方がないと頭では分かっておりますが、やはり両親ですもの。仲良くしてほしいと思ってしまうのです」
そう言うのはミミリィ嬢だ。詳しく話を聞いてみよう。
「そうなのですね。具体的にお伺いしても?」
「え、ええ……私のお母様は気丈な性格をしておりまして……いつも必要以上にお父様にツンツンした態度を取ってしまいますの……私、見ていられなくて……このまま夫婦関係がぎこちなくなるのは嫌なのです」
「まあっ! まあまあ! なんて可愛らしいお母様ですこと!」
「え?」
俯いて暗い顔をしていたミミリィ様は、私の声に弾かれたように顔を上げた。
「お母様はきっと照れ屋さんなのですわ。なかなか素直になれないのですねえ。こういうものは時間を重ねるごとに改善が難しくなってしまいますわ。ですが、きっとまだやり直すことはできます。いいですか? そういうときこそ、子供の無垢さを武器にして――」
私が身振り手振りで実演しながら両親の背中を押す手段をレクチャーしていると、ミミリィ嬢以外のみんなも興味深そうに身を乗り出して頷いている。
「――と、いうように、幼い今こそ、幼さを武器にしてしまえばいいのですわ!」
「わ、私、やってみます!」
ミミリィ嬢は目をキラキラ輝かせてやる気に満ち満ちている。よかった。私の熱意が伝わったようね。
私は充足感に包まれながら、額に滲んだ汗をハンカチで拭いた。
すると今度は、ミミリィ嬢と反対側から熱い視線を感じる。
「リリー様? いかがなさいましたか?」
「えっ!? ええっと……その、さ、先ほど見せていただいたスケッチブックを拝見したく……フィーナ様はとっても絵がお上手なのですね」
「まあっ! いくらでも見てくれて構いませんことよ!」
私のまだまだ拙い絵を褒めてくれたわ! リリー嬢、いい子ね!
私は嬉々としてスケッチブックをリリー嬢に手渡した。
リリー嬢は「ふわあ」と感嘆の息を吐きながら、ゆっくりとページを開いている。ふふふ、私のこれまでの力作がたくさん描かれているんだから。
ふふふん、と得意げに胸を張っていると、他のみんなもチラチラとリリー嬢の手元に視線を投げているようだった。
「ふふっ、よろしければ、皆様で回してご覧になって? あ、お帰りの際にお渡ししようと思っていたのですが、こんなものを用意しておりますの」
私が手を挙げると、またもやクロエがそそくさとそばにやって来て、木製の写真立てに入れた自慢のクロアネイラストを差し出してくれた。きっちり五人分、用意済みなんだから。
「い、いいのですか?」
「ええ! もちろん! ぜひ私の両親の仲睦まじさ、素晴らしさ、尊さを広めてくださいまし」
私は満面の笑みで一人一人に写真立てを手渡していく。みんな満更でもなさそうで、頬を染めながらイラストに見入っている。
各々の両親の仲睦まじいエピソードに花を咲かせているうちに、やがてお開きの時間となった。
お見送りに出て来てくれたお父様とお母様を見るみんなの視線がとても温かく、羨望の色に染まっていたのはきっと気のせいではないだろう。
それぞれの家紋がついた馬車に乗り込んでいくご令嬢方は、胸にしっかと写真立てを抱いていた。みんな口々に「ありがとうございました」「有意義な時間でしたわ」「素敵なお土産をありがとうございます」と言って帰っていった。
ミミリィ嬢が持ち帰った写真立てがヒロインの目に入るか分からないけれど、クロアネに他者が入り込む余地がないことがどこかで耳に入ればいいのだけれど。
そんなこんなで、フィーナ初めてのお茶会――もとい、布教会は大成功を収めたのだった。やったわ。




