第十六話 夜会に向けて ◆sideフィーナ
「とうとう夜会が始まるのね!」
クロエと共に自室に戻った私は、机にバンと両手を着いて闘志を燃やしている。
王都での夜会。
運命の分かれ道と言っても過言ではないわ。
原作ではお父様が一人で参加してヒロインと出会い、すべての歯車が狂い始める。ヒロインに唆され、疑心暗鬼になったお父様はますますお母様とすれ違ってしまう。
つまり、夜会での出会いが離婚の足掛かりとなる。
「ふっふっふ……ここでようやくヒロインの顔を拝めるってわけね!」
原作ではお父様を誘惑し、離婚の元凶でもある泥棒猫。確か、宰相の娘だったはず。
「ええっと、確か名前は――」
ミランダ・カロライン侯爵令嬢。
髪は桃色のセミロング。瞳の色は翡翠色。目は丸くて鼻は小さい。まるで小動物のように庇護欲をそそるキャラクターとして描かれていた。
ま、私はお母様みたいな淑やかで洗練された美しさを持つ控えめで儚げな美女の方がタイプですけどね!
宰相の娘だからって、お父様は他のご令嬢のようにミランダを無碍にはできなかったのよ。キィッ!
「ミランダとの出会いを断固阻止したいところだけど、そもそもお母様を連れて行く時点で原作の展開は回避できているのかしら……? いえ、油断は大敵よね。万が一夜会の場でお父様が一人になることがあったら……きっとミランダは近づいてくるわ。ミランダと仲睦まじく話しているところをお母様が見てしまったら……あああ! これこそ要らぬ誤解を生むわ!! やっぱり私が行かなくっちゃ!!」
兎にも角にも、ヒロインの情報を整理しておかなくっちゃ。
私は引き出しから一冊のノートを取り出してパラリとページを捲った。余すところなく文字が書き連ねられたそれは、思い出した原作の展開の記録帳兼推しカプ観察日記だ。ちなみに五冊目よ。
私はサラサラとペンを走らせて、ヒロインの名前や特徴を書き記していく。
お母様が夜会にいれば原作シナリオを回避できるのか否か、不確定要素が多すぎる状況でお父様を夜会で一人にしてはいけないわ。きっとミランダを始めとした女たちが女豹のごとくお父様に近づく隙を狙っているはず。
「お母様には絶対にお父様から離れないように伝えないとね……私が同席できるなら絶対にお父様に近づく隙は与えないんだけど。幼女がこっそり夜会に忍び込めるのかしら? 王城だものね、難しそうだわ」
いや、もしかしたら、両親同伴なら同席しても許されるのでは?
うん、そうよ! それしかない! とにかく、王都に着いたらそれとなくおねだりしてみましょう。
「よし! 頭の整理完了!」
「ウォルルル」
「あら、ウォル。起きたの? ふふっ、くすぐったいわ」
トントン、とノートを閉じたタイミングで、部屋の隅の専用ベッドでお昼寝をしていたウォルが足元に擦り寄ってきた。
私は椅子から降りてウォルの首元にギュウっと抱きつく。
「もっふもふ~ウォル最高よ、あなた」
「ウォルッ!」
ウォルの身体はお日様の匂いがして、温かくて、とっても気持ちがいい。毎日念入りにブラッシングしているから、ふわっふわよ。
私はもふもふしながら、満足いくまでウォルを吸う。ウォル吸いはもはや私の日課となっている。
「ねえ、ウォルも王都に着いてきてくれる? あ、辺境伯領から出ても大丈夫かしら……」
辺境伯領と比べると、王都に緑は少ない。自然豊かなところを好むウォルにとっては辛いことかもしれない。
でも、ウォルを置いて行くとなると一ヶ月以上離れることになる。そんなの耐えられないわ。
それに、他の精霊たちがいるとはいえ、ウォルを一人寂しく待たせたくない。
「ウォルッ!!」
「え? 大丈夫だって? ふふっ、じゃあ私とクロエとウォル、みんなで王都に行きましょう!」
「アオーン!」
ウォルは景気良く返事をすると、ハッハッと舌を出しながらブンブン尻尾を振る。
「わっ、ちょ、落ち着いて……!」
ウォルは風の精霊の眷属だから、ちょっと尻尾を振っただけで旋風が起きてしまう。慌てて尻尾にしがみついて大惨事を回避することに成功した。ふう。油断も隙もないわね。
ウォルと暮らし始めてすぐ、室内に起きた突風で自慢のクロアネスケッチが飛び回ってしまったのよ。机の上に出したままにしていた私が悪いんだけど。
それ以来、しっかりとしまい込むようにしているんだけど、とはいえね。
ちなみに、私が描く両親のスケッチは、セバスチャンを皮切りに欲しいと言ってくれる使用人が後を絶たず、出来上がったそばから貰い手が見つかっていく。みんなほんのり頬を赤くして喜んでくれるの。ふふふ、着実に広がっているわ。クロアネの輪が!!!
「あ、そうだわ」
もしかしたら王都でも布教活動のチャンスがあるかもしれないわ。
何枚か描きかけのスケッチがあるから、出発までに仕上げをしてしまいましょう。ふ、忙しくなるわね。
「クロエ、王都に持っていく服を決めましょうよ! あれ、クロエ? どうかした?」
部屋の入り口に控えていたクロエに声をかけると、クロエは少し上を向いて合掌していた。何に拝んでいるの?
「いえ……お嬢様とウォルの戯れる様子が、眩しくて……」
「あら」
クロエもすっかりこちら側の人間になってしまったわね。とても好ましいことだわ。
幼女ともふもふの組み合わせは鉄板だものね! 私がクロエの立場でも拝むわ。仕方ない。これは自然の摂理と同義。
さて、私の幸せ推し活ライフを守るためにも、ここからが正念場よ!
「えい、えい、おー!」
突然拳を振り上げた私を怪訝な顔で見るクロエ。切り替え早くない?
冷たい眼差しに耐えながら、私は両親を守る決意を新たにした。
いつもありがとうございます!
さて、ここで第一章は終わりとなり、次話からは王都篇となります。
フィーナ初めてのお茶会や、王城での夜会、そして原作ヒロインの登場が控えております。
引き続きよろしくお願いします。




