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第十三話 精霊の祝福 ◆sideフィーナ


「ねえ、クロエ」


「なんでしょうか、お嬢様」



 狼の介抱をした日から数日。私の生活はなんら変わりなく、日々の推し活に余念がない。



「ほら、あそこにお父様とお母様がいるでしょう?」


「ええ、そうですね。仲睦まじげにお話しされておりますね」



 私とクロエがいるのは廊下の一角。お父様の執務室がある場所に程近いところの角で息を潜めている。


 え? なぜそんなことをしているのかって?



「あの距離感、もどかしくない?」


「激しく同意いたします」



 そう。今私たちの目線の先には、お父様とお母様がいる。時折笑い声が聞こえてくるので、良好な関係性が窺えて思わず涎が……じゃなくて。微笑ましい気持ちになる。


 だがしかし。

 廊下という共用の場所だからか、二人は一人分の隙間を開けて向かい合って話をしている。


 いや、夫婦なんだからゼロ距離でくっついてしまいなさいよ!!

 っていうか、なんで廊下にいるわけ? 執務室の方が人目を気にせずイチャイ……ごほん、会話できると思うけど。


 ともあれ、私はすでにターゲットロックオン状態なわけよ。



「いい? 私の計画はこうよ。『おかあたま~』と愛らしく駆け寄ってお母様に飛びつく。するとその衝撃でよろめいたお母様がお父様の胸に飛び込むって寸法よ。フフ、フフフ、フハハ!」


「お嬢様、悪役ムーブが過ぎますよ」


「あら、あなたも色んな言葉を覚えてきたわね」


「お陰様で」



 呆れ顔をしつつも、クロエは私を窘めることはしない。つまり、そういうこと。


 そうと決まれば作戦決行よ!

 フィーナちゃん、行きます!



「おかあたま~!」


「あら、フィー……なっ!? きゃっ」



 満面の笑みを携え、右手を振りながら勢いをつけてお母様にタックル……ではなく、抱きついた。


 私に不意を突かれ、お母様はバランスを崩してよろめいた。



「アネット!」



 そして私の計画通り、お母様はしっかりとお父様の腕に抱き止められた。



「大丈夫か? フィーナも、危ないだろう。廊下は走ってはいけない」


「おとうたま、ごめんなさい……うれしくてつい」


「う……そ、そうか。まあ、次から気をつけなさい」


「はい!」



 お父様にやんわりと注意を受け、一歩後ろに下がった。くっついたままだと二人の様子が確認できませんからね!



「クロヴィス様、ごめんなさ……」


「いや、気にする……な」



 ハッと我に返ったお母様が慌てて顔を上げると、心配そうにお母様を覗き込んでいたお父様とバッチリ目が合ったみたい。しかもお父様が顔を寄せていたから、それはもう吐息がかかるほどの至近距離で――



「ぐっ……!」



 眩しい……! 眩しいわ! お互いに照れて頬を赤くしているのに、お互いの視線に絡め取られたかのように動けなくなっている。鼻が掠めそうな距離で見つめ合い、二人だけの世界を展開している。



「はぁ、はぁ、ヤバッ、神席すぎる。うっ、推しが尊い」


『おし? なにそれ、美味しいの?』


「美味しいといえば美味しいわよね。食事をしての美味しいとは意味が違うけれど……ん?」



 特等席で二人の様子を窺っていた私の耳に届いた言葉。頭に直接語りかけてくるような奇妙な感覚がした。

 辺りを見回すも、両親とクロエ以外の人影はない。

 ん? と首を傾げていると、淡い光を放つ小さなものがポンッと目の前に現れた。



「え、精霊……?」



 キラキラと輝く羽を羽ばたかせ、クリクリの大きな目と金色に輝く髪をもつ小さく儚い存在。

 これまでハッキリと姿を見せなかった精霊が、確かに目の前にいる。


 見た目は妖精って感じね……神秘的だわ……


 呆気に取られていると、精霊はヒラヒラと私の周りを飛び始めた。精霊が通った場所には光の軌跡が残っている。



『この間は、僕たちの仲間を助けてくれてありがとう』


「仲間?」



 なんのことだろう、と首を傾げる。



『うん、仲間。精霊王様の眷属であり、風の精霊』



 もしかして、と心当たりを頭に思い描いたと同時に、ぶわりと突風が吹いた。――窓が閉まっているのに。



「きゃあっ!?」


「なんだ!?」



 お父様とお母様も突然のことに驚いている。


 ハッ! お父様ったらしっかりお母様を守るように抱き寄せているじゃない! グッジョブよ! 随分と成長したじゃない!


 なんてズレたことを考えていると、やがて風が収まって、目の前には――



『アオーン!』


「あらっ! やっぱりあなただったのね」



 つい先日、一晩介抱した狼が凛々しい顔をして現れた。



「なっ、狼!?」


「フィーナ、危ないわっ!」



 さすがお父様とお母様。精霊の祝福を受けた二人にはこの狼の姿が見えるらしい。咄嗟にお父様に抱き上げられたものの、この狼に害意はなさそう。



『だいじょうぶだよ。今日は君に祝福を与えにきたんだ』


「しゅくふく?」



 最初に現れた精霊がサラリととんでもないことを宣った。え? 祝福? 私に?


 お父様と顔を見合わせ、そっと下ろしてもらった。

 精霊が得意げに胸を反らせて私の目の前にいる。



『そう。実はね、この子はずっと精霊界にいてこちらの世界に来て間もなかったんだよ。身体を巡るマナの調整がうまくできなくて、すっかり憔悴しきっていたところに君が現れた。おかげでこの子も落ち着きを取り戻してこの世界に順応することができたんだよ』


「はあ……」



 話の間も狼は尻尾を振りながら私の足元をぐるぐる回っている。



『それでね、この子が君のそばに居たいっていうんだ。だから君に精霊の祝福を授ける。どうかこの世界の素晴らしさを教えてあげてほしい』



 私は突然の展開に呆然とする。無言を了承と解釈したのか、精霊はにっこりと微笑むと、私にヒラヒラと近づいてきて――ちゅっと額にキスをした。


 ポウッと光が灯り、暖かなものが全身を駆け巡るような感覚が走る。



『これでよし! ふふ、君のことは前々から面白い子だとは思っていたんだよ。君の行動は予想ができないし、その行動の裏には純粋な愛がある』


「まあ」



 私は思わず両手で頬を押さえた。


 この精霊さん、よく分かっていらっしゃるわ。私の行動原理は基本的には両親萌えだもの。



『それじゃあ、僕たちは君の成長を見守っているよ。その子のこと、よろしくね』



 そう言い残して、精霊は私たち家族の周りを何周か飛んでから、ポンッと一瞬のうちに姿を消した。



「ええっと……フィーナ? とにかく事情を説明してもらってもいいかしら?」



 みんなが呆気に取られて立ち尽くす中、一番最初に正気に戻ったお母様が眉を下げてそう言った。

 狼は依然としてグルグルと楽しそうに私の周りを回っていた。

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୨୧┈┈┈┈┈┈ 6月10日頃発売┈┈┈┈┈┈୨୧

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