再推理 もしくは誰かの暇つぶし
「それでは、ええと? 何でこの人が犯人になる、いや、何が起こったんでしたっけ?」
我ながらバカ丸出しのセリフだと思うが、推理ショーの間ずっと考え事をしていて、肝心な部分どころかすべてを見逃した身としては、最初から確認するしかない。
「はぁ? あんた俺の話を聞いてなかったのか?」
案の定、自称名探偵が心底呆れたという風に、両手を広げて、頭を振った。
「ええ。・・・いきなりこんな時間に叩き起こされましたからね。回らない頭で何で? とか延々考えてましたよ」
考えていたのは他の事なのだが、ここで正直に言うのは憚られる内容だ。推理ショーに興味を示さなかったからといって、すぐに疑われたりはしないだろうが、誤魔化しも含め、少々、言葉にトゲを生やしてみた。
最近、とんと見なくなったスマホの圏外。その下に表示されている時刻は、ちょうど一時を過ぎたあたり。
団体客なら宴会からカラオケ、そして部屋飲みなんて流れで起きててもおかしくないが、携帯の電波の届かない宿でゆっくりとしている、という設定でいくなら寝ているのがあたりまえの時間である。
「あ、ああ。それはすまんかった」
チクりと。見え見えのトゲに良心を刺された探偵がこちらに頭を下げてくる。
謎解き役が警察関係者なら犯人探しは給料の内だろうが、探偵はどうなのだろう?
わざわざ呼ばれたなら謝礼は出るかもしれないが、基本居合わせただけの事件の犯人を無償で探しだす役柄だけあって、根は善良らしい。
自分とは大違いだ。
探偵として一世一代に何度もない舞台であるだろうに、同じショーを再演するのも遠慮してくれたようで、かいつまんだ状況説明が始まった。
「こちらの皆さんは社員旅行でいらしているんだが、その社長さんが死体で発見されたんだ」
うん、それはわかってる。
「それで? なぜ彼女が犯人に?」
これは本当にわからない。
・・・まさか紅一点だからとかいわんよな?
「その人はこちらの方々の元同僚で」
おう。
「社長の男尊女卑系のパワハラで退社に追い込まれ」
おおう。
「私だけアリバイが無いからですって!」
おおっ! ・・・びっくりした。
最後、探偵から奪った御株を投げ捨てるように叫んだのは隣の彼女だった。
なるほど。
どおりで男ばかりなわけだ。
この宿の関係者に女性がいないのは偶然だろうが、団体客が男性ばかりなのには理由があるというわけか。
見損ねた推理ショーでは、たぶんそのパワハラ部分を詳しく説明されたのだろう。
仲の良かった同性の同僚を自殺に追い込まれ、自身も退社せざるを得なかった彼女はさぞかし怒り心頭で、練りに練った殺人計画を実行に、というわけだ。
とはいえ。
「アリバイが無いのが理由なら、ボクも容疑者になりませんか?」
ここにきてからというもの、宿の従業員以外と接触したおぼえが無い。
自ら、注目されるのは嫌だし、答えがわかってる質問をするのもバカっぽいが、かといって、指摘しないのも不自然だろう。
「あんた、失礼。あなたには動機が無いだろう?」
ですよねー。予想した通りの答えだ。
ハードボイルドを気取っているのか、乱暴にこちらを呼びかけた探偵をひとにらみ。
呼び方は直ったが、推理とやらのサイズはどうやらガバガバである。
「そうですね」
ここで論破するべく頑張っても意味が無い。
いや、隣の人の疑いは晴れるのだろうが。
「そうなると、この宿の関係者も容疑者から外れますね?」
「・・・」
当たり前の事を言ったはずなのに、かえってきたのは有難い沈黙だった。
あー。うん。
・・・殺された社長とやらは、相当恨みの売買が上手な人物だったようだ。
今日、初めて会ったはずのこの宿の従業員からも、すでに恨まれているぐらいには。
まあ、知ってたけど。
「探偵さんはなぜこの宿へ?」
思いがけず訪れた気まずい沈黙を打ち破るべく、質問を変えてみる。
「・・・呼ばれたんだよ。身の危険を感じるってな」
「なるほど」
おっと。そうだったのか。
今回はちょっと手こずったからなぁ。
それでいて、犯行の瞬間を見逃したのは、彼としても、あまり庇護欲のわかない相手だったからか。
まあ、ハゲでデブな容姿はそれだけで嫌悪の対象にはできないが、横柄な態度はそれを補って余りあったのだろう。
「貴女は?」
「たまたまです。・・・一人になれる隠れ家的お宿って紹介されてて。信じてもらえないかも知れませんが偶然です」
まさか出くわすなんてとか、知ってたら絶対とかぶつぶつ呟くのを聞く限り、本当に偶然だったのだろう。
彼女にとっても、自分にとっても不幸な出来事だった。
さて、材料はそろった。
あとは形にするだけである。
○ー ○ー ○ー
「なるほど、わかりました。犯人はこの中にいる!」
・・・こういうセリフは、ぼそっと呟くようにいっても決まらない。
ピカッ!
ちょうど時期外れの嵐が連れてきた稲光が窓から差し込み───
「とは、限りませんね」という
───次のセリフを言いづらくした。
「そもそも何で男湯で倒れて死んでいる社長が殺された事になるんですか?」
おっと。ミスった。
とはいえ、なんとでも誤魔化せる範囲だ。
ここは勢いで乗りきろう。
「そ、そりゃあ。この人が合気道の有段者だから・・・」
ええと。そうだったのか。
チラッと隣に視線を送るが、別段否定する素振りは見せない。
ここで下手にうろたえれば、犯人っぽくなってしまうのだが、犯人では無い彼女には、慌てる理由もまた無い。
さて、新たに出てきた部材をどこに入れようか?
「それは、誰に聞いた話ですかね?」
自分に問われた探偵が、はっ! と団体客の一人に視線を送った。
狼狽え、狼狽、・・・字が同じ。
「アリバイを気にしてらしたようですが、それは貴方自身で確認したのでしょうか?」
またしても探偵の目から鱗が落ちた。
・・・大きく見開いた目から落ちたのはコンタクトレンズかもしれないが。
探偵の仕事は文字通り探り偵う事である。
部屋にじっとしていてそれが可能かと問えば答えは否だろう。
つまりは、口裏合わせをにじませた時点で、自分の役目は終わったといっていいだろう。
「社長は浴室で足を滑らせて頭を打った。夜間の入浴は従業員の手が回らないから禁止されてて発見が遅れた。これが真相で、・・・どうです?」
もはや、この場に顔を伏せていない人はいなかった。
・・・自分と隣の人を除いて。
真相、と言ってはみたものの、結局、今晩、幾つの思惑がこの宿に渦巻いていたか正確にわかる人はいないだろう。
それこそ名探偵でもなければ、このぐちゃぐちゃに絡んだ糸はほどけないだろう。
・・・別にほどく必要もない。
多少いびつな形であっても、使えるならそれでいいのだ。