プロローグ もしくは誰かの独り言
信長が末期に舞ったとされる敦盛における人生は五十年。
いや、何が言いたいのかというと、百年時代。
人生も長くなったモノである。
そんな時の中で。
人は何回、こう思うのだろうか?
なんでそうなった? と。
○ー ○ー ○ー
名探偵、警部、等々。
推理を得意とする人物が宿泊すると、決まってその宿で事件が起こるのは小説や漫画の出来事だ。
いや、わかる。
推理物なのだから。
事件が起きなければ、それはただの旅行記だ。
ちなみに探偵以外にも、必ず事件に遭遇する存在はいるのだが、それは読み進めて頂ければわかるだろう。
嵐、豪雪、つり橋の崩落。
外界とのつながりは、総じて切られてしまっている。
いや、わかる。
犯人が自由に移動できてしまえば、何もわざわざ施設に予約やら宿帳に記録を残したり、現場に止まる必要はない。
被害者は死亡、意識不明、もしくは犯人を見ていない。
いや、わかる。
むっくりと起き上がって「誰々に襲われましたー!」などと叫ばれれば、推理なんぞの挟まる隙はなくなる。
とはいえ。
名? 探偵とやらが推理結果を披露する場に居合わせるのは稀有な体験だろう。
「犯人はあなたですね!」と。
自信満々で指を突きつけられた相手が冤罪だとわかるのも、だ。
あれ? えーと?
・・・何がどうして、そうなった?
いや、わかる。
犯人が冤罪だと一番信じられるのは肉親でも結婚相手でもない、ということは。
「違います! 私じゃありません!」
・・・だろうね。
「ほとんどの犯人はそう言うんですよ!」
・・・だろうね。
いきなり真横で始まった小芝居は納得できることばかりだ。
「そもそもあなたなんなんですか?」
それは、自分も気になっていた。
「私立探偵ですよ! 探偵!」
「はぁあ?! 探偵に何の捜査権があるんですか!」
いや、それを言っちゃあおしまいだろう。
なぜなら、探偵を始めるのに特別な資格や技能は必要無く、警部や刑事が職業的に有している権利を実績によって代行させるのが職業名に文字通り“名”を冠する条件だからだ。
宿泊客の集められた広間に、なんとも言えない沈黙が満ちる。
具体的に言うと犯人とされた人物から距離をとろうとする空気が半分、元々距離があるしな、と動く必要の無い空気が半分。
どちらの空気にも共通するのは、事件が一回で終わればいいけど、という未知なる未来に対する漠然とした不安だ。
「なら、犯人じゃありませんって証拠を出してくださいよ!」
「悪魔の証明じゃ無いですか!」
悪魔の証明。それは根拠の希薄さを実在しない悪魔に例えた言葉だ。
今の場合、殺害時刻に明確なアリバイが無いという理由で犯人とされている隣の人が、それを覆すのは難しいだろう。
「なら、真犯人を見つけてくださいよ? どうせ無理でしょうけど!」
「はぁあ?!」
どう考えても無茶ぶりである。
自称、迷? 探偵ならともかく、犯人扱いされた隣の人がそんなことをする必要は微塵もない。
「どうせ、文句だけ言って何もしないんでしょう?」
いや、ムカつく。こいつムカつく。
人を見下すような顔は、自分が他人より頭がいいという自信の裏側か。
語尾をあげるような話し方とあいまって、そのムカつき具合は、依頼無しでも殺れそうなレベルだ。
「・・・、!」
プロである自分がそうなのだから、言われた本人の様子はお察し。
伏した顔の表情はわからないが、漫画なら背景にゴゴゴと地鳴りのオノマトペが書き込まれているだろう。
「わかりました」
わかっちゃったかー。
この後は当然、自称探偵の言葉に乗せられた隣人が犯人捜しをするのだろう。
凶器の隠蔽、アリバイ工作、等々。
素知らぬ顔で確認していた場合ではなかった。
キョロキョロ。
空気は二つに別れていた。
隣人を疑う者と、疑っていない者。
後者は一見、味方のようだが犯人と確定しているので前者よりたちが悪い。
そして思い出して欲しい。
この場に隣人を欠片も疑っていない人物がいることを。
「あなた」
・・・Meですか?
「協力してもらえますよね?」
それは質問の形を取っただけの断言だった。
「いや。はい。自分で良ければ」
なんで、こうなった?
長い人生。
そんな疑問を抱く時も、ある。