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サリナ登場


「九鬼さん。本部事務所から電話です」

 

 電話番の菅野が、受話器を押さえながら九鬼へ渡す。


 九鬼は一つ息を付き、受話器を受け取る。


「俺や、どうした。

 ……ああ、ちょっとした手違いがあってな。それは向うの勘違いや。

 島田組には俺から説明して納まりつけとくから、この事は上には報告すんな。何かあったら俺に直接連絡せえ。ええな」


 電話を切ると九鬼は回転椅子に腰を落とし、天井を仰いで息を吐いた。

 

「まずいな……」


「何かあったんですか?」

 鳴砂が恐々と聞く。


「おう。若頭のイロを、うちの組員が連れ去ったと言うて島田組が本部に連絡してきよった」  


 うちの組員……タツノのことだ。

 そして若頭のイロは、チヒロにそっくりの少年。

 きっとタツノはこの事務所を出て直接定時制高校へ行き、そこにいたチヒロにそっくりの少年を車で連れ去ったのだ。

 なんてアホなことを――。


 鳴砂は九鬼が事務所に帰ってきてすぐに、チヒロにそっくりな少年の存在、その少年を追ってタツノが姿を消した事と伝えた。

 九鬼はその少年がチヒロかもしれないという意見を他人のそら似と取り合わなかったが、問題はそこではなかった。その少年がチヒロであろうとなかろうと、組織幹部のイロ、すなわち若頭の愛人に手を出すことが問題だったのだ。

 島田組と墨元会は同じ枝の組筋なので、向うはタツノの顔も知っている。

 タツノが若頭の愛人である少年を連れ去ったと知れば、当然墨元の本部に島田組からどういうつもりなのかと連絡が入る。

 それが今まさに現実となって訪れたのだ。


 携帯の着信音――。

 鳴砂は携帯を開き、表示を見てハッとした。


「タツノやっ!」

 九鬼の顔にも緊張が走る。

 すぐさま通話ボタンを押した。


「もしもし?」

『歩か? 俺や』


「タツノ……!?

 お前、何してんねん! 何回も電話したのに。今どこや!?」

『悪い。運転中で出れへんかった。

 場所は……ちょっと言えやん。俺、しばらくそっちには帰らへんから、叔父貴にそう伝えてくれ』


「帰らへんって……。今、あの……言うてた子と一緒なんか? チヒロ君にそっくりな子……」

『そっくりな子と違う。こいつはチヒロや、間違いない。今隣におる。

 確かに店で働いてた時の事とか俺の事とか、記憶は無くしてるけど、どう見てもチヒロや。体付きも、髪の毛も、肌も……全部。俺がやった時計もちゃんとしてる』

 タツノの声がやけに落ち着いていて怖い。

 

「タツノ……。俺らの話し聞いてたやろ? その子は今島田組の幹部の愛人やねん。そんな子無理矢理連れ去って――」

『無理矢理と違う。

 ちゃんとチヒロに土下座して一緒に来てくれと言うた。チヒロも納得して俺に付いて来てくれてるんや』

 そらヤクザに土下座されたら、誰でも付いて行くがな――。変に物で釣るよりたちの悪い誘拐だ。


「あのなあ……そういう問題と違うやろ? さっき本部事務所から電話があって、島田組がどういうつもりやと連絡してきた言うてた。お前……これがどんなけ大変な事か分かってるんか?」

『何やねん。組員みたいな事言うて……。歩は俺の友達なんやろ? ほんなら俺の味方と違うんかい』

「そら……もちろん、タツノの味方やけど……」


 あかん。何ぼ言うても無理や――。それにこの時間まで運転をしていたとなると、もうかなり遠くまで行っている。

 九鬼に目配せして首を横に振ると、九鬼は舌打ちをして顔を歪めた。  


『俺のことは絶縁なり破門なり好きにせえと、叔父貴に伝えてくれ。ほんならな』

「おいっ……!」

 無情にも回線は途絶えた。

 

「絶縁なり破門なり好きにしてくれと言うてました」

 携帯を閉じてデスクの前に座る九鬼に言う。

「あかん……。俺、忘れとったわあ。自分の甥っ子が、死んでも治らんアホやという事を……」

 そう言って内ポケットから煙草を取り出す。


「連れ去った少年は、絶対チヒロ君で間違いないって言うてたけど……」

「どうせチヒロの事がショックで、正常な判断が出来てへんだけやろ。アイツのメンタルは豆腐くらい崩れやすいからな」


「でも……俺は何か、ほんまにチヒロ君が生きてるような気がしてきた」

 鳴砂が独り言のように呟くと、九鬼がゆっくりと振り向いた。


「俺が借りてるチヒロ君の部屋に、高校の教科書が置いてあるんです。中にはギッシリ書き込みがしてあって、いかにも勉強した形跡があった。

 チヒロ君、中卒やと言うてたけど、きっと高校行きたかったんと違うかなあ……。

 だから定時制の高校いうのが、どうしてもチヒロ君に重なるんです。

 九鬼さん。チヒロ君が死んだと言うた警察官は信用出来るんですか? 結局遺体だって誰も確認してへんし、あるのは着てた服と遺留品だけでしょ?」


「その事やけどなあ……。

 少し前に調べさしたら、その警官、木村というたか、タツノがボコボコにして病院送りにした警察官の元同僚やったんや」

「それってっ……!」

「おかしいとは思おたけど、遺体の写真も持ってたしなあ。警察は信用できんけど、つかませた金は信用できる。まあ渡した金が多かったか少なかったかは判断つかんけどな」

 

 なんやねん。おかしいと思おてたなら先に何とかせえよ――。

 結局、一番の元凶はやっぱりこの男だと判明した。甥、叔父共に頭のネジが一二本外れて、回路が狂って電気信号に無駄な抵抗がかかりまくっている。

「ほんならやっぱり、チヒロ君生きてるんと違いますか? でも何で島田組の幹部の愛人なんかに……」

「タツノが病院送りにした警察官。ああいう不良警官はな、だいたいどっかの極道と繋がりがあるもんや。お互い持ちつ持たれつで良い生活しとんねん」


 これで何となく繋がった。

「九鬼さん。これあくまで俺の想像やけど。

 やっぱりチヒロ君は生きてると思う。

 あの日、チヒロ君は薬をやったと言うてたけど、もしかしたら薬を貰った相手は、その木村という警察官違いますか? タツノがボコボコにした木村の元同僚だって薬でチヒロ君を釣ったんやから、充分考えられます。あんなに薬の売人をあたって調べたのに情報が何も無かったのも納得できる。

 もし薬を渡した相手が警官やなくても、チヒロ君は何かのショックで記憶喪失になってる。もしかしたら何処からか飛び降りたのはホンマかもしれん。それで病院に送られたら病院は当然警察に連絡するから、やっぱり最終的にはどうやってもチヒロ君は警察につながる。

 木村が何かの理由で、親しくしている島田組にチヒロ君を貢いだとしたら……全部説明がつくやないですか」


「まあ……そう言われたらそうやけど。そんなサスペンスドラマみたいなことあるかあ? 記憶喪失て……」

「俺の伯父さんが東京で精神科のメンタルクリニックしてるんやけど。伯父さんは、記憶障害言うんかなあ……そういうのは精神的なショックでも起こると言うてた。詳しくは分からんけど、あの日チヒロ君に何かあったんは確かでしょ……?

 ねえ、九鬼さん。チヒロ君は元々この組の店の従業員なんやから、島田組にそう言うたらええやないですか。むしろ、勝手に連れて行ったんはそっちの方やと」

「無理やな。だいたい本人もおれへんのに、どうやってそのガキがチヒロやと証明するねん」

「そら……その通りです。

 タツノ君の行きそうな所、心当たり無いんですか?」

「無くは、無い。

 ただなあ。島田組の若頭の木場には確か愛人がおったはずやねん。サリナっちゅう名前のな。男が好きやなんて噂聞いたことないけどなあ」

 鳴砂は溜め息をついて、力なくデスクに頬をつけた。


 九鬼が紫煙を吐く。

「どいつもこいつも……アホばっかやのお」と天井を見上げる。


「しゃあない。……行くか。島田の事務所へ」





 閑静な住宅街の中ほど。日本家屋を改築した造りの事務所に到着したのが夜の十時過ぎだった。

 木の表札には堂々と『島田組』と掲げられている。


「お前は車で待ってろ。俺ひとりで行く。

 三十分経っても俺が帰ってけえへんかったら、チャンスや思て逃げたらええ」

「逃げたらええって……そんな」

「東京でも何処でも、好きな所に行きさらせ」

 九鬼は鼻で笑った。


「レクサスの修理費はどないなるんです?」

「おお。一応お前のカラカラ鳴っとる脳ミソでも俺の愛車を覚えとってくれたか」

 忘れてたんやない。修理から返って来るのがあまりにも遅いから、かかった値段が怖くて聞けんかったんや――。


「レクサスは廃車や。修理代がソロバンに合わん」

「マジ……ですか?」

「そんな不安そな顔するな。お前みたいな退職金と少ない収入だけで食ってる定年後のジジイみたいな奴に、新車を買えとは言わんわ。新しい住所だけ後で連絡せえ、優しい優しい九鬼さんがお前の働きぶりを考慮に入れた、ありがたい見積もりを送ったるやないけ」


「でも、何かそんなん……俺だけ良い思いしても……」

 鳴砂が口ごもる。

 確かに修理費が安くつくのは助かる。遠くに行けるのも嬉い。

 でもそれは、何かが違う。

 九鬼が島田組に話し合いに行けば、タツノとチヒロは追われずに済むかもしれない。

 でも同時に九鬼もタダでは済まないのだ。 


「お前そんなん言うてたら、いつまでたっても今のままやぞ? みんなの願いはいっぺんには叶わんのや。せっかくのチャンスやねんからモノにせえよ。帰って来てまだおったら、もう二度と俺から逃げられへんかもしれへんぞ?」

 男は笑った。

 数ヶ月前にも一度チャンスは訪れた。それを奪ったのが他でもない、このヤクザだ。


 九鬼が助手席のドアを開ける。

「九鬼さん……死なんとって、下さい……」

 切実な思いで男を見つめると、男は眉を寄せた。

「いや、勝手に人を殺すな。まあ何されても文句言えん立場やけどな……。死にはせんやろ……なんぼなんでも」

「九鬼さん……ちゃんと俺、お盆とお彼岸にはお参りに寄せてもらいますから」

 頭を下げる鳴砂をひと睨みして、九鬼は車を降りて行った。



 長い三十分だった。

 暇を持て余す訳でも無く、ジッとダッシュボードのデジタル時計を見つめていた。

 何も起こらないまま三十分が過ぎ、九鬼はやはり帰って来なかった。


 鳴砂はシートにもたれかかって目を閉じる。

 さて。どうしたものか――。

 今ここで鳴砂が逃げればどうなる。

 新しい町。新しい部屋。新しい仕事。

 少ない見積もりを払って、余った金で愛車のシートをグレードアップする。

 ずっと夢見ていたことなのに、何かが違う。そう思わせる理由を探すと、頭に浮かぶ男の顔。

 数が月前まで胸をときめかせて見ていた夢を、今ではつまらないと感じさせる強引な存在。


 一度死んだはずの少年。

 姿を消した親友。

 自分に逃げろと言った男。

 全ての原因が自分だと感じられる。


 しゃあないか――。


 鳴砂はドアロックを解除した。





 車から降りて事務所の引き戸を開けると、同時に部屋で煙草を吸っていた強面二人が立ち上がる。

 驚いた表情の男二人の間をすり抜け、鳴砂は奥の応接室に向かった。


 ドアの前に立つと、中から話し声は聞こえない。

 思い切ってドアノブを回して押すと、中には予想通りの顔が二つ。


 上座に座る男が鳴砂に気付き顔を上げた。

 手前のソファーに座っていた九鬼も振り向く。

「お前……車で待ってろと――」

 

 上座の男が顎に手をやり、目を細めた。


「久し振りやな。サリナ」 


 鳴砂は笑った。


「コウイチさん。また下っ端の組員いじめてんのん? やめてあげえや。可哀想に」


 今日は都合上、二話続けて更新です┏○ペコ

 次話へどうぞ( 。・_・。)っ

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