変わらぬ日々
「あ――疲れた。背中痛いわあ」
隣のヤクザが助手席のシートで胡坐をかき、地図を丸めてぽかぽかと肩を叩く。意味ありげにこちらを横目で睨みつけてくる。
「何ですか? 俺、別に何も悪いことしてませんけど」
不貞腐れた表情でチラリと目線を送ってから、鳴砂はハンドルをきる。
「よう言うなあ、そんなこと。俺の背中にこんなにぎょうさん爪痕付けてくれたん、誰や思てんねん」
「そ、それは……九鬼さんが……無理矢理あんなこと、してくるからでしょう」
語尾が力無く口内にくぐもった。
「最初に誘ったんはお前や。添え膳は無理してでも頂かな失礼にあたるやろ?」
「添えてません。俺、自分の身体を九鬼さんに添えた覚えありません。添えても無いのに、九鬼さんが間違うて食べたんです」
何で俺がこんなヤクザを誘うねん……誘ったのは高級シャンパンや。はっきりドンペリと言うたやないか――。
「それにこっちは九鬼さんのせいで腰が痛くて、歩くのも辛いんやから」
「やめろや。照れるやんけ」
「褒めてません。どうやったらそんな発想生まれるんか不思議でしゃあないわ、俺」
「何やねん。お前も嫌やと言いながら、途中から俺の身体にしがみ付いてきたやんけ」
「なっ……」
事実だ。
だから九鬼の背中には鳴砂が付けた無数の引っかき傷が残っている。
「気持ち良さそうに喘いで、何回もイってたやないか」
あまりにハッキリと言われて動揺を隠し切れず、ハンドルを持つ手がぶれて車体が安定を崩す。
「なっ、なんてこと……。
どんだけデリカシー無いねん! 信じられへん! ようそんなんで女の人と同棲なんてしてますねえ」
九鬼は組事務所から少し離れたマンションで女と一緒に暮らしている。顔は見た事は無いが、気の強い女らしい。
「九鬼さんも、あんな最中に『好きや』とか『愛してる』とか言うんやめた方がええんと違いますか? 気持ち悪い」
だんだん腹が立ってきて、自分も昨晩の一件について物言いを述べる。
「ああ、悪い悪い。癖やねん。あれで女を勘違いさせて、後々嘘つき呼ばわりされるんやんなぁ。
間違うても、俺に惚れんなよ? 歩」
ベッドの中やこういう時だけ、九鬼は鳴砂を下の名前で呼び捨てる。
ハハと笑う男の表情が、底抜けにあっけらかんとしていて、やはりタツノと血が繋がっているのだと感じさせた。
九鬼に出会ってから三ヶ月程。鳴砂の中でずいぶんとこの男の印象は変化している。
時折見せる無邪気な笑顔と、子供っぽい性格。
タツノや組の連中もそうだが、極道というのは同類の人種の前では弱みを見せられない分、気を許した鳴砂のような堅気には案外素の表情を見せてくれる。それが時たま、九鬼のようにひどく魅力的に感じられたりするのだ。
ダッシュボードのデジタル時計に目をやると、もう夜の八時。
ホテルを出たのは昼の二時過ぎ。
結局昨晩二人が眠りについたのは、明け方の五時半だった。詳しく言えば、それより二時間くらい前から鳴砂の意識は殆んど飛んでいた。全てことが終わり、放心状態のおぼろげな視界の中で、唇に優しくキスする男の背後に映ったベッドパネルのデジタル表示が五時三十分。これが昨日最後の映像だった。
朝の九時過ぎに一度眼を覚ましたが、ヤクザの胸元に頬を擦り寄せて寝ている事に気付き、これは夢だと自分に言い聞かせてもう一度瞼を閉じた。
正午を回ってから起きると、九鬼は極道映画のDVDを一人で見ていた。
重苦しい気分のまま、痛む下半身を引きずって風呂に一時間入り、その後宿泊料金と延長料金を九鬼が自動精算機で払ってホテルを出た。
それからは鳴砂と九鬼の関係は至って普段通り。甘くもならず、気まずくもならない。
一晩のあやまちは忘れて、何も無かったかのように接する大人の関係でいたかったが、この腐れヤクザは事あるごとに昨夜の話を持ち出しては鳴砂の顔を赤くし、面白そうに笑う。なんという性格の悪さ。タツノの話では、こんな男が女によくモテるというのだからこの世は不思議だらけだ。
ホテルを出てから、とりあえず思いつく限りの東京の名所を車で回り、フロントガラス越しに「へぇ――」と間抜け面で首都の風景を眺める事を繰り返していたら、いつの間にか夜になっていた。
東京といえばもんじゃ焼きだろうと、田舎者丸出しの発想で適当にのれんをくぐった店が、これまた美味かった。
「おい。もう一回あの雪菜っちゅう男に電話してみろ」
「俺運転中やから、九鬼さんかけて下さいよ」
昨日の晩に自分の携帯に新規登録された雪菜という顔も知らない男。可哀想に、会社の情報を横流ししたせいで隣に座るヤクザに今からボコボコにされる運命なのだたが、その成り行きを知ってか知らずか、昨日の夜から一向に携帯にもマンションの固定電話にも出ようとしない。
「嫌じゃボケ。俺、口下手やからお前がかけろ」
「初耳ですわあ、九鬼さん口下手やなんて」
アホぬかせ、どの口がそんなことほざくねん――。
「せやねん。俺、昔から無口な方やからなあ」
本気で言っているなら、一度病院で脳波を調べてもらった方がいい。
車を脇道に寄せて止め、携帯を取り出す。
最初に雪菜の携帯にかけてみたが、やはり繋がらない。次は固定電話の呼び出し音を鳴らす。
……、六回、七回、八回。
「やっぱり出ませんねえ」
携帯を閉じた。
「そうか。しゃあない、あいつに聞いてみるか……。よし、今から霞ヶ関や」
九鬼は丸めていたアトラスを広げる。
一時間ほど車で走り、鏡張りのビルが立ち並ぶビジネス街に入った。
九鬼の案内で目的地に近付くと、何故かよくパトカーに出くわす。
「あ、九鬼さんお迎えが……」来ましたよと言う前に、右横からグーが飛んできて二の腕を打つ。同じやり取りを三度繰り返した。
広い敷地の平面駐車場に車を停める。
二人で車を降りて駐車場を出ると、入り口の門に「警視庁第一駐車場」とある。
「どないしたんです。警視庁って……自首でもしはるんですか?」
本気で聞きながら駆け寄ると、車内ではないのをいい事に、自由な身体を活かしてヤクザは鳴砂の痛む腰に蹴りを入れてきた。
少し歩いて警視庁の本館であろう墓石のような灰色のビルの敷地内に入り、正面玄関を通り過ぎて職員用の地下駐車場へと九鬼は歩いていく。
しばらくキョロキョロと何かを探していた九鬼が「あったあった、これや」と一台の車に駆け寄り、窓から中を覗き込む。
黒のBMWだ。
BMWの黒光りしたボンネットに座って、九鬼は携帯をかけ出した。
「おう、マサトかあ? 俺や、タカヒコや。今――あっ……」と言って顔から携帯を離す。
「あいつ、切りやがった」
「嫌われとるんと違うんですか、九鬼さん。そのマサトいう人に……」
内心笑いが止まらない。
「アホ言え。こいつは俺の従兄弟で、ガキの頃からの付き合いなんや」
一時間程待つと、男が一人駐車場へ降りて来た。それを見て九鬼がニヤリと笑い、ボンネットから腰を上げる。
「よお」
九鬼の呼びかけで鳴砂達の存在に気が付いたマサトと呼ばれる男。足を止めてから吸っていた煙草をその場に落として踏みねじり、明らかに嫌そうな表情で目を細める。
やっぱり嫌われてるやんけ。まあこんな男を野放しにしとく警察が悪いんや――。
体格の良い、見るからに女受けしそうな男前。どことなく顔の形や骨格、雰囲気が九鬼と似通っているが、圧倒的に向うの方が品があって落ち着いた良い男だ。
「大阪のヤクザは、わざわざ警視庁まで自首しに来るのか。見上げた根性だな」
「久し振りやのお、マサト。ちょっと聞きたい事があってな」
男は溜め息をつき、車にキーを向けドアロックを解除する。
「あっ、せや。
姉貴に東京でお前に会うかもしれんと言うたら、551の肉まんと堂島ロールを土産にと渡されたけどなあ。腹減った時に、こいつと二人で車の中で食うた。どっちも美味かったから、今度大阪に来た時に食うたらええ」
男は呆れ顔で九鬼を睨む。その視線がそのまま鳴砂にも流れた来た。
「あっ……すみません。あの、すごく美味しかったです。ご馳走様でした」
上からの威圧的な視線にひるみ、頭を下げる。
なんやねん。黙ってたらバレへんと言うから一口もらっただけやのに、何で俺が謝らなあかんねん――。
「そういや、タツノはあれからどうなった。元気にしてるか?」
男が思い出したように言う。
「おぉ、おかげさんでな。もうムショから出てきよる。口利きしてもろて悪かったなあ。まあ善良な一般市民を守るのも警察の仕事やろ?」
「そういう事は、税金払ってから言うんだな」
九鬼の従兄弟ということは、この男はタツノとは……又従兄弟? よく分からない。
「ほんで聞きたい話っちゅうんはな、マサト。山並興業という会社のことやけどなあ――」
男の表情が固まる。
「お前……その件に噛んでるのか?」男が低く言う。
「いや、噛んでる言うわけや無いけど――」
それから十分ほど、一般市民の鳴砂には聞かない方がいいと思われる情報のやり取りが行われた。
「なんやねん。ほんなら山崎も雪菜も、もう引っ張ったんかい」
「ああ、昨日の晩にな」
「畜生、入れ違いか……。ほんならもう追いかけてもしゃあないなあ」
よくは理解できないが、もう雪菜という男を追う意味が無くなったらしい。心の中で顔も知らない雪菜の安泰を祝った。
携帯が鳴る。
男は携帯をつかんで一二歩下がり、こちらに背を向けて話し出す。最近の携帯は地下でも電波が届くらしい。
「なんだ……。
いちいちそんな事で電話するな。女なら追い返しとけ」
なんや……見た目に似合わず遊び人かい――。
「刺された? 誰にだ」
男の声と周りの空気が急冷されて、凍っていく。
さすがに警視庁で働く人間ともなると血生臭い事件が日常茶飯事なのだろう。気の毒だ。
男は携帯を閉じると、こちらを見向きもせず車に乗り込みエンジンをかけた。
タイヤから甲高い摩擦音をあげて、黒のBMWが急発進して消えていく。
「なんやねんアイツ。せわしない男やなあ」
二人で駐車場出て地上に上がり、警視庁を出た。
「あいつはなあ、根っからの変わり者なんや。ガキん時は俺よりもずっと悪やったくせに、いきなり警察になったり、組長の娘と結婚したと思うたら離婚したり……まあその相手っちゅうのが京子言うて、俺も小さい時から知ってる胆の据わったええ女でな。どうせ離婚するんやったら、最初から俺が口説いといたらよかった」
「九鬼さんて気強い女が好きなんですね。何がええんです?」
「なんや、妬いてるんか?」
「すごい妄想癖やな……」
「想像力豊かと言え。
とにかくマサトは変人やねん。一回マサトと一緒に組事務所にカチ込んだ事あってなあ、あいつ切り付けられて出血多量で意識不明の重体になって死にかけよったけど、地獄に入場拒否されて生き返ってきよったわ」
九鬼が親戚との思い出話をして笑う。
「九鬼さんも死んだら、行けるんは三途の川の前辺りまで違いますか? 絶対入国審査で鬼が判子つきませんわ」
ブン唸ってと飛んできた腕を、寸でのところで一歩下がってかわす。
「ボケかす。俺はマサトに振り回されとったんやぞ?
俺あいつとおったら、決まってややこしい事件に巻き込まれたりして、絶対ええ事無いねん」
「へえ――」と鳴砂が気の無い返事を返しながら平面駐車場に入ると、カマロの周りに黒い影が三つ。こちらの気配に気付いてガサリと動いた。
男三人。一人は鉄パイプを引きずっている。
「な? 言うたやろ?」
九鬼が呆れ顔で笑う。
「よお、遅かったな」
「なんやお前ら。わざわざ警視庁の駐車場までお出迎えとは気合入っとるのお。どこの組のもんや。自首するん付いて行ったろか?」
「そっちこそ、大阪からわざわざ何しに来た。昨日は社宅、今日は警視庁。ずいぶん変わった東京観光じゃねえか」
運転席のドアにもたれかかっていた男がこちらに歩み寄る。
「こいつら……昨日付けて来た奴等や」
鳴砂が小声で言って一歩後ずさると、駐車場の端に黒のレガシィが停まっている。
「なんやお前ら、ストーカーか。東京の極道は女々しいのお」
「なんだと……」
鉄パイプが高音を響かせてアスファルトを擦る。
街頭の下、金髪の男が姿をあらわにし、九鬼の数十センチ前まで来て挑発的に睨み上げる。
「ほお、威勢がええがな。ゴロまくんやったら相手になったるけど、こいつはやめといたってくれ。堅気や」
金髪の鋭い視線が鳴砂に向いた。――瞬間、金髪の身体が浮き、後ろに投げ飛んだ。倒れた込んだ金髪の顔と腹に九鬼の革靴がめり込む。
「おい!」と慌てる後ろの男二人。
動かなくなった金髪の肩を蹴って仰向かせ、九鬼はポケットに手を突っ込みニヤリと笑って静かに言う。
「来いや」
黒スーツの男が勢いづけて殴りかかる。
九鬼は半身を引いてかわし、男の腕を跳ね上げた。
鈍い音。
九鬼の右手が黒スーツの顎を突き上げたのだ。
グラリと揺らいだ男の身体が半分に折れて、地面に崩れる。そこを正面から九鬼が蹴る。
四つん這いの男の顔に九鬼の膝が入り、そのまま力無く倒れて動かなくなった。
時間にして約二分半。
大の男二人の残骸がアスファルトの上に転がっている。ピクリともしない塊を見て、最後の一人は後ずさった。
「違う……違うんだ。俺たちは喧嘩しにきたんじゃない。あんた達から情報を聞き出そうと思って……」
「そうなんか、そら悪かったなあ」と笑う九鬼。
「山並興業の件やったら、もう片はついとんぞ? 山崎も雪菜も警察に引っ張られた。今更何しても遅い。そうお前の上司に伝えんかい」
「そ、そうなのか……」
九鬼がシボレーに近付くと、男はさらに後ろへ下がる。
助手席に手をかけてヤクザが怒鳴る。「行くぞ、鳴砂。何突っ立ってるんじゃ。はよ鍵あけろや」
「おい、そいつらちゃんと片付けえよ。邪魔じゃ」
おびえた顔で立ちすくむ男に九鬼は捨て台詞を吐き、鳴砂と共に車に乗り込む。
「すごいですねえ……九鬼さん。あんなに強いとは知らんかった。俺びっくりしたわ」
バックミラーから黒のレガシィが見えなくなったのを確認して、鳴砂は助手席に話しかけた。
「当然やろ。墨元会の九鬼言うたら、ちょっとは名が通ってるんや。東京くんだりまで来て、あんなチンピラにやられるかい」
「むっちゃ格好良かった」
「惚れ直したやろ?」
「俺、女やったら落ちてますわ」
「女やなくても落ちたらんかい。いつでも抱いたんで?」
九鬼がニヤリとする。
「よう言うわ」
そう言って鳴砂も笑う。
百年に一度の大失恋から三ヶ月。
恋に落ちていた時よりも、笑う回数が多くなったように思う。
東京まで運転させられて、ホテルで押し倒されて、警視庁まで来てチンピラに襲われて、何の収穫も無いまま大阪に帰る。
人としては一歩たりとも成長せず、ただせわしなく過ぎていく日常。変わらない日々。
いつも隣にいる、一度身体を繋げても変わらない関係のヤクザ。ゲームだらけの自分の部屋。シボレーの愛車に獄中の親友。
そういや、タツノの奴。今朝は食パンに向かってちゃんと呪文を三回唱えたやろか――。
こんな、くだらなくて面白いだけの日がずっと続けばいいと鳴砂は思う。
いくら望んでも地球の自転は止まらない。そう知っていても、変わらぬ日々を一人願った。
三ヶ月ぶりに刑務所の門をくぐり外へ出た。
深呼吸一つ。身体を伸ばす。
何も変わっていない。
三ヶ月前に歩いて来た道を同じ服装、同じ重さの荷物を持ち、逆方向へ歩く。
道の脇に溜まった落ち葉だけが季節の移ろいを感じさせた。
大きな道に出てタクシーを拾い、見慣れたマンションまで一時間。
エレベーターで六階まで上がって廊下を歩き、部屋のドアの前で郵便受けに目をやるが、特に郵便物がたまっている様子は無い。タツノのような下っ端の極道にはダイレクトメールも届かないのだ。
鍵を開けて中に入ると、廊下の電気がついたままだ。
誰も居ないはずの部屋に上がり、リビングへ行って電気をつける。
何も変わらない部屋の風景。
ただ、ローテーブルに山積みになった札束までもが、変わらないままそこにあった。
顔をしかめて札束に歩み寄る。タツノが三ヶ月前に投げ置いたまま、二三枚だけ床に散らばって指一本触れられた形跡が無い。
チヒロは金を持たずに出て行ったのかと思った刹那、懐かしいシチューの匂いにハッとする。
台所を見るとチヒロがよく使っていた寸胴の鍋がコンロの上に置かれている。
ビーフシチューは、週に一度は食卓に並ぶチヒロの得意料理だった。美味しいと言ってやったことは無かったが、素朴な味わいが口に合い、タツノの好物でもあった。
足早に台所へ向かい寸胴の蓋を開けると、やはり鍋いっぱいビーフシチューが作ってある。
タツノの鼓動が早くなる。
嫌な予感。
まさかと思いながら寝室へ急ぐ。
ドアを開ける。
やっぱり――。
三ヶ月前と同じように、ダブルベッドの脇、薄い絨毯の上で毛布にくるまった小さな塊が緩やかに上下していた。
近付いて上から顔を覗きこむと、幼い顔がキュッと眉をひそめて悲しそうな表情で眠っている。
「おい……」
足先で小さな頭を小突くと、チヒロはうっすらと目を開け、ぼんやりとタツノを見上げた。
虚ろな瞳が二三度まばたきした後大きく見開かれ、少年は驚いたように飛び起きる。
何も言わずに立ち上がり、チヒロはおどおどとした素振りでタツノの横を通り抜け寝室から走って出て行く。
パタパタとスリッパが駆ける懐かしい音。
しばらくして浴室から水音が聞こえだす。
タツノがリビングへ戻ると、チヒロは台所に立って落ち着かない様子でビーフシチューをかき混ぜていた。その細い手首には、三ヶ月前にタツノが巻いた二十五万のクロノグラフが、サイズの合わないまま巻き付いている。
「おっ、おかえりなさい。すぐに夕飯の準備しますから……」
久し振りに聞く少年の小さな高い声。
タツノはソファーに座り、開いた膝に腕を置いて重たい息を吐き出す。
何がいけなかったのだろう。
何故変わらないのだろう。
金も、出て行くきっかけも、自由も、全て与えてやったのに、少年はまだあの店で毎晩男の相手をして、ヤクザ相手に夕飯を作っている。
今頃はどこかで新しい生活を送って、幸せに暮らしていて欲しかった。そうしてくれているだろうと考える事が、あの暗い檻の中でタツノにとって唯一の救いだった。
自分は少年一人の人生すら変えてやれない。
どうすればいい。
どうすれば変わる。変えられる。
足掻いても足掻いても変わらぬ日々。
絶望感と無力感。
少年の白い肌にかかったクロノグラフの秒針だけが、変えられない時を刻んでいく。
長い上に、視点が一度変わりましたが……スミマセン。
相変わらず見直しが不十分ですので、ちょこちょこ誤字脱字も……(汗)
前回の第五話ですが、刺青に関する事をすっかり書き忘れていたので、後ほど二三文だけ追加させて頂きます。
また雑談ですが、仕事復帰後のブログ管理&執筆にそなえて安いネットブックPCでも購入しようかと考えています。それがあれば、旦那の前でもちょこちょこ執筆できんじゃねえの?なんて思ってみるんですが、上手くいくかどうか(。-`ω´-)ンー
旦那の前でもBL書いちゃうという方がいらっしゃいましたら、上手く隠すコツを教えて頂きたいです。あと、子供が文章読めるくらいまで成長しちゃったらどうすんの?って話ですよねえ。ント・・σ( ・´_`・ )。oO(悩)
ではでは♪