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てっちりまでの道のり

 鳴砂はめでたく、ヤクザの恋人の元住まいで一晩を過ごす事に決定した。


 そうと決まれば行動が早いのがヤクザ。

 三人で事務所を出て駐車場へ向かう。どうやらチヒロというタツノの女を仕事場まで迎いに行き、鳴砂が今晩泊まる部屋の鍵を貰うらしい。

 もちろん迎いに行くのは鳴砂のシボレー。運転するのも鳴砂だ。一度タツノが運転手に名乗りを挙げたが、丁重に断った。レクサス以上にボコボコになる。


「おい。なんで高速でぶつけた訳でもないのに、あんなに凹むんや」

 駐車場に止めてある自分の車の哀れな姿を眼にして、九鬼が足を止め唖然とした。

「アホやなあ、叔父貴。暗いからそう見えるだけやん」

 すごいな、こいつ……自分がぶつけた車の持ち主にアホと言いよった――。

 

 鳴砂が愛車にキーを向けてドアロックを解除する。

「ほお、カマロか。若いのに左ハンドルとは、えらいええ車乗ってるやないか。事故車の隣に停めてあるんは嫌味か?」

 九鬼は作り笑いでそう言ってタイヤをひと蹴り、カマロの助手席を開けた。運転席の後ろにタツノが乗り込む。

 鳴砂は深く溜め息を吐いてから運転席のドアを開けた。

 


 工場地帯を抜けて国道に出る。そのまま道なりに二車線の道路を二キロほど走り、街中に入ってからタツノの道案内で高架横のわき道に入った。

 細い裏路地を少し走ってからタツノに言われ、汚い四階建てのビルの裏で車を停める。

「今日は早退するよう俺が言うたと店長に伝えろ」と九鬼。それに頷いてタツノが車を降り、ビルの裏口から中に入って行った。

 ダッシュボードの時計は九時四十五分。予定なら、もうとっくに大阪を脱出している。

 首を伸ばして車の中からビルの表の方を覗くと、細い道沿いに沢山のカラフルなネオンが乱反射していた。風俗街だ。


「ここ……風俗店ですか?」

「ああそうや。うちの組が持ってる店で、俺が経営を任されてる」

 ビルの前にある大きな看板には、遠目に30分、45分と細かい時間と料金、顔写真がクルクルと回っている。 

 タツノの女はソープ嬢か何かか――。

 しばらくすると、また裏口が開いてタツノが女を連れて現れた。――と思ったら、女ではない。確かに女みたいな顔をしているが、あれは……少年だ。背も低く、まだ高校生くらいの若さに見える。

 慌てて表の看板をもう一度首を伸ばして覗き込むと、回っている写真の顔はみんな髪が短い。眼の錯覚か、全部の顔が男に見えてゾッとした。

 少年は鳴砂と眼が合うと、不思議そうな表情で軽く会釈する。


「おぉ、チヒロ。悪いな、仕事中に抜けさせて」

 後部座席に乗り込んだ少年に九鬼が言うと、高い小さな声で「いえ……」と言った。やはりこの少年がチヒロで間違い無いらしい。

 まあ、男にもある名前やもんな――。可哀想に九鬼の姿を見て緊張している。


 またタツノの案内で走り始める。

 チヒロが住んでいたというアパートは、さっきの店から十分ほどで着いた。

 二階建てのアパートで外壁は白一色、チラリと覗くオートロックのエントランスは割りと綺麗だ。

 入り口に『コーポ ホワイトハウス』と笑えん冗談が書いてあるのはご愛嬌。


「ほな、俺とタツノは車で待ってるから、チヒロに鍵もろて案内してもらえ」

 九鬼の言葉に従い、チヒロと二人で車を降りた。


 オートロックの暗証番号と開け方をチヒロに教えてもらい、アパートの中に入る。

「部屋は二階の一番奥です」と、少年は蚊の鳴くような声で言う。

 明るいエントランスの蛍光灯の下で見ると少年の顔は青白く、あまり健康そうには見えない。

 どうしてあんな店で働いているのか、どうしてヤクザと一緒に暮らしているのか。聞きたいことは山ほどあったが、聞いたところで絶対に後味の良い話ではないだろうと判断してやめておいた。好き好んで、そんな生活を選ぶ者はいない。

 

 チヒロに渡された鍵でドアを開けて中に入る。玄関上のブレーカーを上げて電気をつけると、そこは予想以上に綺麗な1LDKだった。部屋に家具や物がほとんど無いからそう見えるのかもしれない。

 シングルのパイプベッドが一つ。布団は無い。テレビも冷蔵庫も無い。床には薄い絨毯が敷かれてあって、学校の教科書らしき本が並ぶ小さなスチールラックだけが唯一の家具として置かれていた。


「チヒロ君は、高校生なんか?」

 数学A数学Ⅰという本のタイトルを見付けて考えた結果、これなら聞いても大丈夫だろうと判断した質問を、さりげなくぶつけてみた。

「あ、いえ……中卒です」

 畜生。ほんなら何で高校の教科書を部屋に置いとんねん――。

 うまくいけば高校生活の話で会話が弾むかと予想したが、あえなく撃沈。少年は余計に気まずそうな顔をする。


「あ、あの……」

 初めてチヒロが鳴砂に話しかけてきた。

「何?」

「あ、やっぱ……いいです」

「なんなん、言いいや。何?」

 せっかく手に入れた会話の糸口を逃すわけにはいかない。 


「あの……歩さんは、あの。タツノさんとは、その、どういう御関係で……」

 恐る恐る喋る言葉に、この少年が標準語を話すのだと初めて気が付いた。

「タツノから聞いてないん?」

 ここぞとばかりに呼び捨てにしてやった。

 チヒロは戸惑いがちに小さく頷く。


 鳴砂は、それから十五分かけてタツノと出会った経緯、ここに住むことになった訳を少年に詳しく説明した。もとい愚痴った。

 フロントに電柱がくい込んだレクサス、無傷のカマロ、修理代の弁償に、明日には東京の社宅にいるはずだった自分。今となっては信号無視をした自分よりも、免停のくせに車を運転していたタツノに非があるように思えて仕方ない。

 チヒロは鳴砂の話を、さっきとは打って変わった明るい表情で面白そうに笑いながら聞いている。

「なあ、ほんま笑い事違うんやで、チヒロ君。俺そのうち、修理代や言うて全財産取られて大阪湾に沈められるねん」

「ご、ごめんなさい。僕、そんなつもりで笑ってたんじゃ……タツノさんがゲーム好きだなんて、初めて知ったから」

「一緒に住んどって、知らんかったんか?」

「はい。タツノさんあんまり家に帰って来ないし。家に居る時も、殆んど喋らないから……」

 チヒロは寂しそうに微笑んだ。

「ふ――ん、そうなんか。意外やな」

 あの調子の良さそうな浮かれヤクザが、家では無口だという。


 すっかり機嫌の良くなった少年と一緒に階段を降りる。チヒロは少しはにかんだ笑い方をするから可愛らしい。もし少年が、本当にあの店で鳴砂が思っているような仕事をしているのなら、さぞかし客付きは良いだろう。

 エントランスに降りると、チヒロが天井の端に意味あり気な視線を流して「あそこに監視カメラがありますから」と言う。九鬼がここに泊まれと言った訳がわかった。

 チヒロによると、ここに住んでいるのは全員が自分と同じ風俗店の従業員だと言う。少年はそれ以上詳しく話さなかったが、何かしらの理由があってあの店で働いている十人ほどの人間が、逃げないようにここで監視されながら暮らしている。理由は……借金返済のため、あたりだろうか。


 外に出ると、愛車の中が煙草の煙で白くもやがかっている。

 勘弁してくれよ。せめて窓は開けてくれ――。と思ったが、車の鍵は鳴砂のポケットだ。鍵がなけれなば窓は開かない。

 あの暗証番号は組長の誕生日なんですと、どうでも良いことを少年は最後に小声で教えてくれた。


「なんやねん二人でこそこそと。やらしいな。デートの約束か?」

 後部座席のドアが開いて、タツノが降りてきた。

「せやねん。二人でタツノ君の暗殺もくろんどってん」

「なんやとこら。もういっぺん言うてみいや」

 からかってみると、案の定タツノは食って掛かって来た。単純な男だ。それを見てチヒロが鈴の音のような声で笑う。

 

「俺とチヒロはここから歩いて帰るわ。マンションすぐそこやし」

 タツノがそう言うと、チヒロはタツノの隣にそっと寄り添い鳴砂に軽く頭を下げた。

「帰るんか?」とヤクザがもう一人、車から降りてきた。


「チヒロ、悪かったな仕事早退させて。これは今日の稼ぎの代わりや、取っとけ。あと、そこのアホに上手い物でも食わせてもらえ。ええな」

 九鬼はワニ革の長財布から万札を三枚抜いて、チヒロの白い手に握らせた。その値段が高いのか安いのか、チヒロが今晩稼ぐはずだった金に見合っているのか、鳴砂には何も分からなかった。

 チヒロはとんでもないと首を振ったが、タツノが「もらっとけ」と笑ったので仕方無さそうにポケットに紙幣をつっこむ。


「チヒロ君ありがとうな、部屋貸してくれて。助かるわ」

 二人のヤクザに比べれば、最も自分の立場に近いであろう少年に礼を言い、後姿を見送った。 



 鳴砂が運転席に乗り込むと、当然のように九鬼が助手席に乗り込む。

 今からあの事務所に一度帰って、九鬼を家まで送り届けなければいけない。それに生活用品一式を詰め込んだ大切なスーツケースも、トランクに入らなかったために、人質のように事務所に置いて来てしまった。

 

「おい。この車、禁煙か」

 エンジンをかけて軽快に走り始めたところで、九鬼が聞く。

「禁煙や言うたら。吸うんやめてもらるんですか?」

 すでにダッシュボード下の灰皿には二本吸殻が刺さっている。

 九鬼は、煙草を口から離してハハと笑った。

「堅気のくせして案外偉そうな口ききよるの。お前、なかなか肝が据わっとるやないか」     

「さあ。自分では分かりませんけど」


「その灰皿、使つこおてよかったんか? なんか知らん、指輪放り込んであったけど。お前のか? もう上から灰かぶせてもうたけどなあ」


 九鬼が煙草を吸いつけながら顎でくいっと灰皿を指す。

 鳴砂はギクリとして、ハンドルを握りしめたまま背中を丸めた。

 指輪のことをすっかり忘れていた。いや、忘れようとして灰皿に入れたのだから、それでいいと言えば良い。

「ああ……俺のです。もう着ける事も無いから、ええんです」

 それを聞いて九鬼は、獲物を見つけたかのようにニヤリと笑った。


「なんやお前。さては、失恋でもしくさったな?」

「悪いですか? 九鬼さんには関係ないでしょ」

「どんな女と付きおうとったんや? 長かったんか?」

 お前はOLかっちゅうねん――。

「……。年上の女です。期間は……一年半くらい、ですかね……」

 何が楽しいて、ヤクザに恋愛相談せなあかんのや――。

「ほお。そら結構長なごお付きおうたんやな。何で別れてん。モテそうな顔してんのになあ。なんやお前、変態か何かか?」

「ばれました? 俺、変態ですねん。九鬼さんみたいな人が好みです」

 へへと適当に笑って誤魔化す。

「お前。俺をおちょっくっとるやろ? どつくぞコラ」

 九鬼が不機嫌に煙を吐く。

 一二発なら、どつかれてもいい。そのまま嫌ってくれたらもっといい。何とか早くこの腐れ縁から解放される方法はないだろうか。

 ひと息置いてから、また不適に笑って九鬼が話し出す。


「何で別れた理由言いたないんか、俺が当てたろか?

 お前……まだその女のこと引きずってるんやろ。

 その女忘れるために仕事辞めて、東京出て一から新しい生活始めよ思たんと違うか?

 事務所で言うてた転勤うんぬん、あれは全部嘘や。そんな月初めでも無い日に社員入れ替える企業がどこにあんねん。

 俺のレクサスあんなにしといて、涼しい顔で言い値で弁償するなんて言えるんは退職金で懐が暖かいからやろ? 違うか?」


「……」

 

「なあ、鳴砂君よ。俺はこう見えて、人の弱みに付け込んで飯食う商売しとんねん。お前みたいなんは、ぎょうさん見てきた。

 そんなしょうもない嘘で俺等から逃げるつもりやったんかもしれんけど、極道なめとったらそのうち痛い目みるぞ?」 


 低く威圧感のある声と冷気を宿した細い視線が鳴砂の右頬にあたる。九鬼が本性を現した。

 鳴砂は一つ間を置き、浅い息を吐いて観念したように微笑む。


「別れた理由は……性格の不一致です。

 あとは、まあ。九鬼さんの言う通りですわ。

 これでも結構相手に尽くしたつもりやったんです……、百年に一度の恋や思たのにな……」


「気持ち悪いことを一人でぬかすな、どあほ。

 結局お前は、ただの失恋で宿無し仕事無しになったヘタレやないけ」

「そうですよ。どうせ俺は恋に敗れて一人旅に出る、スナフキンのような悲しい男です」

「ええ風に言うな」

「だから放っといて下さい。金は退職金から払います。俺、どうしても明日には東京に向かいたいんです」

「お前退職金っていくらあんねん」

「二億六千万」

「うるさい、死ね。

 ほんまに修理代全額払えるんやろうな。その歳やと入社して数年で退職やろ? そんな奴に今時退職金払う方が珍しいわ」

「仕事は歩合制の営業やったんです。だから普通よりは多くもらってると思います。有能な営業マンやったから、俺。高級車といえども国産車のレクサスくらいなら何とか直せます」

 嫌味たっぷりに言うと「お前、何かいちいちしゃくに障るのお」と怒られた。これ以上は殴られそうだ。


「まあええわ。金足りんかったら、さっきの店でチヒロと一緒に働けや。お前の顔やったら客もすぐ付くやろ」

「チヒロ君。やっぱりそういう仕事してるんですか?」

「まあな。最近は女より男が好きやという変態がようけおるねん。男でも身体売って金になるんやから、得や思わなあかんやろ」

「親の借金とか、ですか?」

 九鬼はせせら笑った。

「お前はドラマの見すぎじゃ。チヒロはな。あいつはシャブや」

「嘘や……。 シャブって、覚せい剤でしょ? チヒロ君が?」

「おい、運転は前見てせえよ。

 あいつはなあ、ああ見えて薬物ジャンキーや。シンナー、安定剤、何でもありのな。最近は合法の覚せい剤みたいなんも出回ってるけど、どれも安くは無い。

 ようある話で、薬買うために借金して、それ返すためにチヒロはあの店で働いてるんや。

 あいつ、働き出した頃はアパートからよう脱走してな。その度に半殺しにしててんけど、ちょっとしたきっかけでタツノと一緒に住まわしたら、えらい素直に言う事聞くようになったから、それ以来タツノの家に置いてるんや。まあこっちとしても店の売れっ子手放す訳にいかんから、監視するためにもちょうどええ」

「まさか……あの子が。何か、信じられへん……」

 一番自分に近いと思ってたチヒロが、実は一番遠かった。

「そうか? 俺は初対面の時からラリった顔しか見た事なかったから今の方が違和感あるがな。

 この前もタツノの風邪薬に手出してボコボコにどつき回されとったわ。たまに顔に青あざ作って眼帯して出勤しよるからびっくりするけど、それはそれで、またそういうのが好きやいう変態の客が来よんねん。気色悪い」 

 九鬼の顔が歪む。

 青信号を確認してから、交差点を直進した。


「二人は……その、恋愛関係なんですか?」

「二人って、タツノとチヒロか? 知らん。興味無いから深く聞いたこと無い。

 まあ、チヒロがタツノをしたっとるんは確かや。

 タツノも。あれも恋人や言うて、たまに男連れて来たりしよるからな。よう分からん」

「タツノが!?」

 ついに呼び捨てた。

「せやねん。聞いてくれるか。

 あいつはほんまに一回頭をかち割って、脳ミソに味噌汁の味噌を加えてかき混ぜなあかん。

 恋人や言うて男連れて来たり、そうかと思えば事務所の二階でゲームしながら独り言ずっと言うてるし、たまに喧嘩でむちゃくちゃしよる。あのアホさ加減にゾッとするわ。

 俺あいつと血繋がってると思うだけで、ゲエ出そうになる」

「血、繋がってるんですか?」

 こんなヤクザ二人と親戚だなんて、身内の苦労を考えるだけでこちらがゾッとする。

「タツノは俺の姉貴の子でな。俺からしたら甥や。つまり、あいつにとっては公私共に俺は叔父貴いう訳やな」 

 笑いそうになった。そういえばどことなく、タツノと九鬼はむちゃくちゃなところが似ている。

「おいこら。何がおもろいねん」

「いえ何も。ちょっとそこの一方通行の道路標識がおもしろ見えましてん」

「お前も一回、脳ミソ出してレンジでチンせえ。わいとる虫が死んで、ちょっとはマシになるやろがい」

「ええですね、それ。気持ち良さそうや」

 舌打ちして、九鬼は窓の外に顔を向けた。


 道路標示を右折して国道に入った。夜の十時を過ぎても連休前の道路は車が多い。

 レストラン、カラオケボックス、回転すし。道路沿いの店に出入りする車が停まる度に、二車線が実質一車線になって渋滞する。

 また前の車が赤信号でもないのに減速して停まった。視界に見える同じ車線の車は皆停まっている。結構長い渋滞だ。


「なあ、鳴砂君よお。ものは相談なんやけどなあ。

 連休明けから三ヶ月ほど、タツノの見舞い係頼まれてくれへんか?」

 停まった車の静けさの中で、九鬼は外を見たまま溜め息混じりに言う。その声音に戸惑いが混じっていた。

 三ヶ月……。さすがにここで東京で仕事があると言ったら殴られる。

「見舞い係? なんですか、それ」

「見舞い係言うたら、見舞いするんやないかい。タツノの」

 声に張りが無い。

「タツノ君、入院でもするんですか?」

「ああ、実を言うとな。

 まあ聞くも涙、語るも涙やから、あんまり詳しいは言いたないけど……。ちょうど三ヶ月間、あいつは世間から隔離されて、静養せなあかんねや」

「そんな悪い病気なんですか……? 三ヶ月てまた」

「これでも、だいぶ無理通して短くなった方なんやで? まあ、三ヶ月で治るかは向こうも分からん言うとる。はっきり言うて予後は……良うない」

 窓を向く横顔が、悔しそうに奥歯を噛締めるのが分かった。


「タツノはお前のことを友達やと言うたやろ? 

 あいつはああ見えて人見知りでな。小さい頃から友達を連れて来たところを俺は見た事が無い。

 お前を嘘でも友達やと言うて連れてきた時、アホみたいな恋人連れて来よるよりずっと親心に響いたわ」

 あの時、俺を殺しそうな眼で睨んでたのに、ほんまは喜んどったんか……。おっさん全然感情見えへんな。

 それにしても、タツノが入院――。

「でも見舞いやったら、チヒロ君がおるやないですか」

「ほんまにアホやな、お前は。

 チヒロにはこの事は言うてへん。あんなにしたとる男がいなくなると分かったら、またシャブに走るかもしれへんやろ? それに、そんな可哀想なこと、余命宣告するみたいで俺チヒロによう言わんわ」

「九鬼さんは、見舞いには行かんのですか?」

「そら、たまには行くけど俺も忙しいからな。毎日は無理や。

 下の者は再来月まで奉公から帰って来んし、上の者はあれでなかなか薄情や。縁起が悪い言うて、元々見舞いになんか行く気あらへん。

 だからこうして、宿無し仕事無しの暇人のボケに頭を下げてるんやないけ」

 断じて頭は下げていないが、このむちゃくちゃなヤクザが一般人の鳴砂に頼み事をするのだから、よっぽどの事なのだろう。

 寂しそうなチヒロの顔と、どこか憎めないあっけらかんとした男の笑顔を思い出した。


「……わかりました」

「引き受けてくれるか?」

「はい。俺でよければ」

「助かるわ! 給料とまではいかんけど、生活費ぐらいなら世話したる」

 初めて九鬼という男の笑顔を見た。普段の強面よりも、ずっと若くて男前に思える。


「くれぐれもチヒロには内緒や。良き時にタツノ本人が話すやろ。あいつら二人の話やから、俺等は口はさんだらあかん。ええな? 

 それからタツノの前でも、この話は出来るだけ出さんとったってくれ。案外メンタル弱いねや、あのアホは。暗なってしゃあない」

 神妙な面持ちのヤクザに、鳴砂はコクリと首を縦に振った。


「よっしゃ! ほんなら今から何か上手いモンでも食いに行こ。パッと派手にてっちりでも行くか」

 嬉しそうにポンポンと鳴砂の肩を叩く。また九鬼の晴れた表情に視線が吸われそうになったと思ったら、車の列がのろのろと動き始める。少し何かが勿体無いような気分で隣の男から眼を離し、前を向いた。 


 素晴しい人生の門出。第一日目。夜。

 宿泊先はヤクザを慕う少年の元住み家。

 上京計画は大きく振りかぶってカーブ。選手交代、東京行きはベンチに控え。

 連休明けから晴れてヤクザの見舞い係に抜擢ばってきされた。 

 

 長い文章を読んで頂きありがとうございました┏○ペコ

 なんと八千文字!!Σ(゜Д゜ノ)ノオオォッ 

 もう一万字以内なら公開に踏み切っていいんじゃないの? なんていう自分ルールが出来つつあります。

 明日はちょっと視点が変わりまして、タツノ視点になりそうです。今回は実験的に視点をチョコチョコ変えたりします……読み辛くてスミマセン。

 

 あ、ちなみに「てっちり」とは「フグちり」のことです。

 フグ……あいつらほんまに美味しい……淡白で……海で会ったらそのまま食らいついたる……もう毒も含めて愛せる自信があります(ヾノ・∀・`)カエッテコイ♪ 今からが旬でございますので、大阪にお越しの際はぜひ一度ご賞味あれ~♪♪


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