車内恋愛
【注意:BL要素の性描写が少しだけ含まれますので、苦手な方、15歳未満の方、義務教育中の方はご遠慮くださいませ】
「あ、あっ……んぅ……」
「歩……気持ちええか?」
荒ぶる喘ぎを抑えながら、もうろうとする頭を縦に何度も振る。
下から揺さぶられる激震に耐え、窓上のアシストグリップを握ると、汗で両手が滑りそうになった。
「ん、っあ……あアァ……い、いいッ、ああ……」
「あいつと、どっちがええんや。あのコウイチって奴と」
助手席のシートの上で余裕の表情を浮かべる男が、指先で鳴砂の唇をなぞりながら意地の悪い質問をする。
エンジン以外の駆動力で車体を揺らすこと半時間以上。既に窓全面を曇らせて、車内をこれ以上なく濃艶な熱い空気で満たしている。
「く、九鬼さん……九鬼さ、んっのが……深く、て……激しく……てっ、い、っ気持ちい……やぁッアあぁ……っあ、ああアァッ!」
口に触れる指を甘噛みしながら言うと、急に腕を引っ張られて両手がグリップから外れ、身体が男の上に深く沈む。
自重で繋がりを増しながら、きつく抱き寄せられてた先で汗を弾く広い背中に両手を回し、男の胸元に頬を寄せる。
大きな乱れを抑制する狭い空間が、余計に発熱を促し興奮を煽る。
抑圧された欲望が、シートを汚した。
濡れた身体を助手席のシートに横たえ、痺れる指先でシャツのボタンをとめる。熱を宿した手先が思い通りに動かず、ボタンひとつがもどかしい。
車内全体がまだ火照っている。
運転席に戻った男が小さな金属音をたててベルトを締め、後部座席に放り投げてあったスーツのジャケットを着込む。あまりにも無駄が無い所作に、こちらが気後れを感じた。
情事の余韻を色濃く残した自分の身体は、まだ上半身が裸に近い。ボタンに触れる指がジンと疼く。
「歩。さっきの話やけどなあ……。
ええねんな? 俺のイロっちゅうことで」
ネクタイを締めながら言う九鬼と、バックミラーの中で目線が合う。
「なんて野暮な事、聞くんです……あんな最中に、いろいろと言わせといて……」
口を尖らせ、シートを起こす。
フロントガラスに、白いスモーク加工が施されている。二人分の激しい息遣いを思い出して、また顔面を焦がした。
「お前は上手いこと言うて、すぐどっかに消えてまいそうやから、はっきりさせとかなあかんねん。
それに、木場とのことはもうええんか……? 別れる時なんかちょっと、しんみりしとったやんけ」
「ええんです、木場さんとの事は。
本気で好きやったけど……。
あの人とは、付き合うとか愛人とか、そんな関係じゃなかった時の方が俺は好きやった。ただ両想いやから近くにいるってだけで満足やったのに。
向こうが離婚して籍を入れるとなったら、許せたことも許せんようになる。例えそれが仕方ない事やと分かっていてもね。
元々合うて無かったんや。そういう相手やったってことです。
物事は未完成のままの方が、ずっと魅力的なこともあるって知りました」
「えらい冷めた事ぬかすんやな」
九鬼がむこうを向いて、曇った窓ガラスを眺める。
「九鬼さんこそ、ええんですか? 俺なんかで」
「ああ」と男は口ごもる。
「俺、わがままですよ?」
「知っとる」
「これでも結構気が多い方やから、ちゃんと捕まえとってくれんとすぐに逃げてしまうかも……」
「心配せんでも夢中にさしたるがな。幸せ過ぎて泣かしたる」
九鬼はせせら笑う。
「ほんなら、今ここで車ごと海に突っ込んで、一緒に死んでくれと言うたらどうします?」
九鬼がゆっくりとこちらを向き、鳴砂の真意を確かめるように目を細めた。
改めて男の顔を見ると、その格好良さに見惚れる。既にこの男を身体に受け入れてしまったことで、そう見えるように脳の設定が切り替わったのだ。
これから毎日この男を見るたびに、うら若い乙女のように胸をときめかせるのだと知り、やっかいな事になったと鳴砂は思う。
「嘘っ。俺、死ぬときは人に迷惑いっぱいかけて、もっと派手に死にます。
でも……ふうぅん。九鬼さん、そんなに俺の事好きなんやあ」
「やかましい。さっさと服着ろや」
九鬼は鍵を回してエンジンをかける。エアコンをかけて、フロントガラスの曇りを取っていく。
「俺のどういうところが好きなんです? 可愛いところ? 甘え上手なところ? 謙虚で奥ゆかしいところとか? あっ……もしかして全部?」
「しばくぞコラ。どの口が謙虚とほざくんじゃい」
「なあ、タカヒコぉ――。チューしてえ」
「うるさい。死んでまえ」
「ほんまに死んだら泣くくせに」
「誰が泣くか。生ゴミとして燃えるゴミの日に出したるわ。お前なんか」
からかえばからかう程、九鬼が強がる小学生のようで面白い。
二人の息で曇ったガラスが、徐々に外の暗闇に染まっていく。
九鬼がハンドブレーキを外し、アクセルを踏み込む。凹んだ車体が動き出す。
「そういえば、お前。木場に向かって俺の事を下っ端の組員と言うてたな……」
そういう無駄な事だけはよく覚えているのだと感心する。
「怖いわあ九鬼さん。それ幻聴ちゃいます?」
「まあええ。後ろの紙袋の中、見てみろや」
言われて上半身をひねり、後部座席を覗き込む。シートの下にうずくまっている紙袋を見つけた。
手を伸ばして中を見ると、帯付きの札束がいくつも入っている。
鳴砂は目を見開いた。
「えっ……! これ……」
「千五百万や。残りの金の中からもらっといた」
正面を見たままニヤリとする。
「なっ! あんた何考えてんねん! この期に及んで組の金を盗むやなんて」
「今、あんたと言うたな……?」
「信じられへん! どんだけ捨て身な人生送るつもりやねん」
「お前にだけは言われとうないわ」
「まあ、落ち着け」と伸びてきた手に殴られるのかと思いきや、大きな掌は鳴砂の頭をひと撫でして前髪をかすめて引っ込んでいった。
な、なんやねん――。思いながらも、少し嬉しくなるところが症状の悪さだ。
「五千万は取りすぎや。木場も上に報告せん訳にはいかんようになる。でも千五百やったら、あいつの定期預金ひとつ潰したら片つくやろ」
「そんなことして、あの人が黙ってるはずないやないですか」
「あの時も言うたやろ? こっちは向うの弱みにぎっとんねん。無茶なことはしてこうへんわ。二三週間どっかに身隠したらしまいや」
「むちゃくちゃやな……」
「お前。ほんなら俺の新車どうないしてくれるねん!」
ヤクザが開き直った。
「自分の金で買おたらええでしょう。欲張りな人やなあ」
「誰がレクサス廃車にした思とんじゃ!」とまた腕が伸びてきた。行き先を目で追うと、今回は肩を殴られた。
「次はベンツのSクラスにでもするかあ」
「左ハンドルは嫌言うてましたやん」
「お前が運転するから関係ない」
これからもずっとこの関係が続くことを暗示しているようで嬉しかった。
「ほんならカーナビ付けて下さいよ?」
「当然じゃボケ。ベンツの助手席で俺にアトラス持たす気か。
カーナビだけやのうて、スモークも全面に貼ったる。何してても外から見えへんようにな」
「あ、それセクハラや。はい。一万円下さい」と運転席に手を差し出すと、「変な制度作るな」と思いっきり掌を叩かれた。
どこに向かっているのかと思っていたら、しばらくすると九鬼のマンションの駐車場に着いた。
しばらくどこかに身を隠すために部屋に荷物を取りに行くらしい。
後部座席下の紙袋に身体を伸ばし、札束をいくつか取り出して、九鬼は車を降りていった。
鳴砂も降りて愛車の前に回りこむ。
改めて見ると、ひどい凹みようだ。
溜め息をついてから近くのコンビニに歩き、適当に買い物をした。
しばらく身を隠すと言っても、特に部屋に取りに帰るほどの物は無い。それに逃げるなら早い方がいいに決まっている。もう島田組の追っ手が動き出しているかもしれない。
鳴砂はペットボトルの烏龍茶と弁当を二つずつと、携帯の充電器を買った。服と下着はまたどこかで買えばいい。
車に戻ると、既に九鬼が助手席に乗って待っていた。
運転席に乗り込む。
「九鬼さん、一応お茶と弁当だけ……」言いかけて、目線を止める。
「それ……ユウコさんですか?」
男の左目の下。頬骨の辺りに赤黒い打撲痕が這っている。
「おぉ。別れてくれと言うたら、やられた。まあ金渡したら機嫌よお納得してくれたけどな」
目線を合わさず九鬼が言う。
「……。
安心して下さい。俺の時は殴らんと、お金だけもらいますから」
「殴られたんと違う。蹴られたんや……踵落とし。あいつ空手の有段者やねん」
光景を想像するだけで笑いが込上げる。
「べつに別れてくれんでもよかったのに。俺そういうのには、こだわらへんし」
「放っといてくれ。俺はお前ほど器用と違うんや」
鼻で笑って顔を背ける男が何とも愛おしく思えた。
「まあ……そういうところも、好きやけど……」
そう呟き、エンジンをかけた。
九鬼が驚いた表情で鳴砂を睨みつける。その耳が真っ赤だ。
「なんですか? 好きなもん好きやと言うただけですけど」
男はまた失笑して顔を背ける。首筋まで赤い。
大きな国道に出てダッシュボードを見ると、時計は真夜中の三時半を表示していた。
車は少ない。
「どこに逃げます?」
「せやなあ。どこでもええけど、お前どっか行きたい所あるか?」
数ヶ月前なら間違えなく東京と答えていた。
そう答えさせないところが、この男に惚れている証拠でもある。
「別にないです。九鬼さんと一緒やったらどこでもいい」
「お前さっきからちょいちょいそういう事言うけど、こっちが恥ずかしなるからやめろ」
「ええやないですかあ。
大好きです。愛してる。アイラブユー。ウォーアイニー。サランヘヨ。ジュテーム。イッヒリーベディッヒ。クレイグブラゼル」
「おい。最後のん、阪神の内野手ちゃうんか」
「エジプト語です」
「嘘やろ」
「嘘です。……痛っ――」
右の二の腕をさすりながら、道路標示にしたがって高速の入り口に向かう。
「とりあえず、どこかパッと明るい所がええのお」
「ええですねえ。行っちゃいます? パッと明るい所……」
そう言って鳴砂が笑顔で隣を振り向くと、九鬼も笑っている。
何故か楽しくてしかたない。
高速の入り口横の脇道でUターンをする。
華々しい人生の門出から数ヶ月。
大切な愛車のバンパーは凹み、金も東京行きの計画も失った。
浮かれヤクザの運転手、兼恋人。
今までとはあまり変わらないはずの境遇が、何故かこれまでに無く愛しいと気付く。
百年に一度の大恋愛より楽しい日常。
フロントが潰れたカマロが、軽快にエンジンの唸りを一段上げる。
道の先が僅かに白む夜明け前。
あ――あ。もうせんと決めてたのになあ――。
そう思いながら、ここ五年で三度目。また百年に一度の恋に落ちていく。
ε-d(-∀-` )フィ~ 今日はぬるぬるな内容でしたね。 ついに明日完結です。 明日も恐らく前書きに同じ警告を載せます(´-∀-`;)
あっ!そういえば、リニューアルしてから登録しないとコメントが入れれない設定に変わっているとか……。以前ここからブログの方に飛んでコメント残して下さった方に教えて頂きました。なかなかBL書きには厳しい時代になったもんです(-´ω`-)シュン 作者にコメント等ありましたら、拍手のコメント機能でも使ってやって下さいませ、中傷以外なら大歓迎です┏○ペコ 今更ですけどね。
では明日ヴァ──ヾ(´ー`)ノ──イ!!